第14話~魔物討伐の依頼~
「どれくらい減らせばよいのか。難しい質問ですな」
「あの、わかりやすく言ってもらっていいですか?」
「おや、失礼しました。ではこうしましょう。3日間、街の警備隊に臨時で所属していただくというのは。魔物討伐に同行いただき、遭遇した魔物を倒していただきます。いかがでしょうか?」
数を数えるように、時計の針の音が部屋に響く。
3日間。世界を旅するための準備を整えるためには、どちらにしても必要になるであろう期間。この街で全ての準備は整えられないだろうが、少なくとも滞在することにはなったであろう期間。
(悪い話じゃ、ないのかな)
3日間だけであれば、ファニー達の負担は大きくない。魔物退治は確実に人助けになることを考えても、断る理由はほとんどない。
「その、魔物討伐の報酬ってもらえるんですよね?」
「もちろんですとも。これは依頼なのですよ?タダ働きなどありえません」
アスチルベが小さく寝息を立て始めた。幸せそうに寝ている微笑ましい姿。
代表はあくまでも依頼という体を崩す気はないようで、具体的な計画も提示してきた。討伐に向かう警備隊の人数、討伐する魔物の予定数、報酬の予定金額。
(これだけお金があれば、しばらく問題なさそう)
この街で稼ぐ目標だった金額にかなり近く、狩りをして肉を売るよりも効率よく稼げる提案だった。魔物の予定数についても、ルイスとティーブは問題ないと考えている。
「いかがでしょうか?」
「良い、と思います」
光の加減のせいか、代表の表情は暗くて見えない。
断るどころか、人助けをしながら必要なお金を稼げる魅力的な話だった。だからこそ、ファニーの中の疑念が膨らんでしまう。
(どうして?私とルイスのこと、気付いているはずなのに)
街の役所の代表にすぎないと本人は言っているが、それでも国に所属していることに変わりはない。本来であれば報告しなければいけないはずだった。
「何か気になることでも?」
「その、もし、もしですよ。もし国の令嬢を連れ去った賢者を見つけたとしたら、報告しなきゃとは思わないんですか?」
代表が姿勢を変える。光の加減で見えなかった表情は、わるだくみしているかのように口元が歪みきっていた。
「まぁ、報告すべきなんでしょうね」
「じゃぁ、どうしてしないんですか?」
「妙なことを聞きますね。賢者のことは知っていますが王宮から正式に連絡は来ていませんので、ただの噂に過ぎないんですよ。現時点ではね。それに報告したところで、私に何の得があるのですか?」
これみよがしに金貨を取り出す代表。
頼まれてもいない、お金にもならないことなどしないということなのだろうか。少なくとも、魔物討伐をしてもらった方が得だと考えているのは間違いなかった。
「それにね」
「それに?」
「私は、王族だの貴族だのが大嫌いなんですよ。こちらの苦労も知らずに、いつも注文ばかり。今回の魔物討伐の件もね、何度も陳情しているんですよ?近衛兵の一部だけでも派遣して欲しいってね」
座ったまま身を乗り出す代表。その鋭い目がファニーを捉え逃がそうとしない。
「あ、あの」
「もし、もしですよ。目の前にこんな獲物を狩ることができる貴族の令嬢がいたとして、ちょっとは責任を感じて欲しいものです」
「す、すみません」
毛皮を指差しながら話す代表と、その気迫に思わず謝ってしまったファニー。空気を変えるようにルイスが1つ咳払いをした。
「あぁ、失礼いたしました。国の問題を1人の令嬢に押し付けるのは酷でしたね」
「い、いえ。大丈夫です」
「ふふふ。では了承いただけたということで、明日からお願いしますね。詳しくはこちらに」
代表は1枚の紙を差し出した。行く予定の森の大まかな見取り図に、予定している行路、明日の集合時間まで詳細な情報が書き込まれていた。
「そうそう。そちらの妖精ですが、お引き取りいただけるのですか?」
「えっ?あぁ、多分、一緒に旅することになると思いますけど」
「なるほどなるほど」
まだ眠ってしまっているアスチルベを、ファニーは優しく両手に抱える。置いていくわけもなく、他の荷物はティーブに持ってもらいながら立ち上がった。
「大変ありがとうございます。これで悩みの種が1つ減りました」
「は、はぁ。そんなにだったんですか?」
「それはもう。話せばキリがないほどですよ。ファニー様もお気をつけください」
寝ぼけているのかアスチルベはファニーの指にしっかりとしがみついている。弓を壊されてしまったことを思い出しながら、悪気はないんだと思いを寄せる。
「き、気をつけます。私からも最後にいいですか?」
「ええ、もちろん。何でもどうぞ」
「これも、もしもの話なんですけど。賢者に連れ去られた令嬢がいたとして、どうしてバレちゃったんだと思いますか?やっぱり魔法を人前で使っちゃったからですかね」
全員立ち上がり、部屋の扉の前に来たところだった。ファニーは喉の奥に突き刺さった小骨のような疑問を代表に投げかける。手の中にいる妖精と初めて出会った時に、もっと危険な存在だと思いルイスが鏡の魔法を使ってしまったことを伝えた。
「なるほど。魔法も賢者もおとぎ話でしかありませんので、多少使っても問題ないでしょう。実際、私の耳にもそんな話は届いていませんし、むしろ危険を前にして全力を出すのは正しい判断かと」
「そ、そうですか?じゃぁどうして」
「ガーダンですよ」
賢者が誕生したのは遠い遠い過去の話。おとぎ話でしか伝えられていない。魔法を見たと言ったとして、それが本物の賢者の魔法だったとして、信じてもらえるようなものではない。余程派手なことをしない限り、冗談にしか聞こえないだろうとのことだった。
(ガーダンって、ティーブでバレちゃったてこと?)
この世界において、ガーダンは賢者よりも身近だ。少なくともおとぎ話の中だけの存在ではない。要人警護として活躍していることまで知る人は多くないが、裏で話がつながって代表に報告されるのは起こりうる。
「いやはや。まるでどこかの令嬢のように世間知らずですな」
「それは、その」
「気をつけることです。少なくとも、角は隠した方が良いでしょうな」
「は、はい」
ファニーにとってティーブは、幼い頃からずっと一緒にいた身近な人だ。隣にいるのが当たり前すぎて、世間では珍しいということがよくわかっていなかった。
(角か、どうやって隠そう)
最後に代表に挨拶をし、部屋を出ていくティーブの角を後ろから見ながら、ファニーはどうしたら良いのか考えていた。