第13話~正体がバレた?~
「えっと」
「突然失礼いたします。ファニー様が捕らえた獲物を、是非とも買い取らせていただきたいと主人が申しておりまして」
「は、はぁ」
その後、誰も口を開こうとしない。アスチルベがモグモグと料理したものを食べ続ける音だけが聞こえる。
(それはいいんだけど、この人は誰?)
獲物を買い取りたい。その申し出自体は自然なものであったが、ファニーはこの街に人脈を持っているわけではない。見るからに有力者の使いの者にしか見えない執事が、わざわざ厨房に来てまで申し出ることに違和感しか感じない。
「その」
「あぁ、これは失礼いたしました」
ファニーの頬に汗が滴り落ちる。やっと執事は自己紹介を始め、この街の役所の代表が依頼人とのことだった。
(そんな人がどうして?)
ルイスとティーブは何も言わずに見守っていた。アスチルベだけは全く興味が無いようでモグモグをやめようとしない。
「どうしてそんな人が?」
「申し訳ありません。詳しい話は屋敷でさせていただけたらと」
「そ、そうですか?」
心臓の音に、水が落ちる音。ファニーは立ったまま、良い答えが見つからない。
(もしかして、バレちゃった?でもどうして)
仮に令嬢であったことや、黒の賢者と同行していることがバレてしまっていたのなら、いきなり街の代表が声をかけてきたことに納得はできる。
だがそれは、王城から逃げ出したように、この街から逃げ出さなければならないことを意味しているのかもしれない。
「ファニー、行ってみよう」
「えっ、でも」
「少なくともこの人は、選択肢を与えてくれている。別に捕まえに来たわけじゃないみたいだ」
執事が一礼する。本当に捕まえる気ならば、わざわざ挨拶などせずに頃合いを見計らって捕まえればいい。そうしないのには、何かしらの理由があるのだろうとファニーも思い直した。
「わかった。連れて行ってくれますか?」
「ありがとうございます。こちらでございます」
執事の案内で厨房を出る。毛皮と牙を持ち、骨は部屋に持っていき、肉と火を通した内臓は冷暗所に一時的に置かせてもらう。
(調子に乗りすぎちゃったかな。ちょっとくらい大丈夫だと思ったんだけど)
アスチルベを捕まえるために、鏡の盾の魔法をルイスが使ってしまったのが良くなかったとファニーは考えていた。あの時は妖精ではない危険なものかもしれなかったので致し方なかったが、それでも後悔はしてしまう。
「こちらでございます」
いつの間にか人がいなくなっていた宿から出て、街中をずっと進み、中心地に建っている大きな建物に案内される。
執務室まで案内され、白髪交じりの中年男性。
「旦那様。お連れいたしました」
「あぁ、ありがとう。突然お呼び出ししてしまい申し訳ありません。さぁさ、こちらへ」
執務室は客間も兼ねているようで、大きめのソファも用意されていた。思い思いの場所に全員座ると、代表が話し出した。
「いやぁ。大変立派なものを狩ってきたとか。是非とも買い取らせていただければと」
「あの、そういうのは大丈夫なので。私のこと知っているんですよね?」
「ファニー様のことですか?はて」
あからさまにとぼけた態度の代表。両手を組みながら座り直し、面白い世間話でもするかのように語り始める。
「この国の傲慢な王族がね。令嬢を連れ去られました〜なんて恥を晒すようなことを広めるわけないでしょ。私みたいな一介の役人の耳になんて入りませんよ」
「は、はぁ。ならどうしてわざわざ?」
「こんな大きな獲物を狩ることができる方などそうはいません。買い取りに加えて、1つ依頼させていただきたいことがあります」
代表は毛皮を指差しながら話す。明らかにファニーが令嬢であることを知っている口ぶりだが、何故かハッキリとは言わない。
(もしかして、見逃す代わりに依頼を受けろってこと?ならそう言って欲しいと言うか、この人苦手かも)
令嬢時代に何度も経験した、遠回しに要求や交換条件を突きつけてくる王侯貴族特有のコミュニケーションをファニーは思い出していた。嫌な思い出ばかりを思い出してしまう。
「その依頼というのは?」
隣に座っていたルイスが聞き返す。代表の目の奥がキラリと光った気がした。
「最近、魔物の被害が深刻でして、皆様の腕を見込んでいくらか減らしていただけたらと」
「なるほど」
満足気な顔の代表と、表情を変えないルイス。ファニー達が狩りをしていた場所とは違う森で、魔物の数が増えてきてしまっているとのことだった。
(まぁ、みんな困っているみたいだし、それは良いんだけど)
令嬢という立場ではなくなたとはいえ、同じ国に暮らしていることに変わりはない。魔物に襲われていると聞かされれば、助けてあげたいと思うファニーであったがルイスの顔色が気になってしまう。
世界のふもとへ行くという、旅を始めた理由とはかけ離れてしまっているからだ。
「ルイス、いいの?」
「ん?まぁ、俺には時間はいくらでもあるから。好きにするといいよ」
「そ、そう?じゃぁ、魔物ってどれくらい減らせば良いんですか?」
口元を歪ませた代表に、意地悪な人という印象をファニーは抱いていた。
アスチルベが退屈そうにあくびをしてから膝の上で眠ってしまう。起こさないように気をつけながら、代表と依頼について話すことになった。