第12話~料理の時間~
※限りなく遠回しに表現しておりますが、
「食事中」にはふさわしくない表現が含まれております。
「こりゃまた」
「どう?すごいでしょ」
「あ、あぁ」
宿の前には横たわった獲物の死体。一目見ようと集まった群衆が周囲を大きく取り囲む。
(すっごい数だけど、あぁアーちゃんを嫌がっているんだ)
もっと近くに来て話しかけそうなものの、何があってもいつでも逃げられるような絶妙な距離感だった。きっと嬉しそうに飛び回っている妖精と関わりたくないんだろうとファニーは察した。
「しかしこれは、食えるのか?」
「どうだろう。食べてみない?急いで持ってきたから、内臓も大丈夫だよ?」
「な、内臓?」
街中で解体を始めるわけにもいかず、宿の厨房を借りられないか交渉する。肉の一部を譲るという条件付きで了承してもらえた。
(ルイスって内臓食べたことないのかな。美味しいのに)
内臓は新鮮な間しか食べられず、狩人だけが食べられる特典のようなものだ。厨房に死体を運びながら、ファニーはルイスの顔を覗き込む。
「もしかして、解体とか見るの初めて?」
「ん?まぁ、そうだな」
「やっぱり。外で待ってる?初めてだと辛いよ」
厨房にあった大きな調理机の上に獲物を乗せる。肉の解体は、グロテスクなシーンがどうしても多くなってしまう。初めてなら避けた方が良いというファニーの心遣い。
(それに、こんな大きい獲物なんてほとんどないだろうし。せっかく美味しい内臓を食べられないのはもったいないもんね)
ファニーは解体で汚れてもいいように服の上から作業着を着る。解体用のナイフは鋭く研がれており準備は万全だ。
「まぁ、解体は大丈夫だと思うけど」
「そう?気分悪くなったら勝手に出てっていいからね。さっ、ティーブ、お願い」
獲物はトラ型であり、肉以外にも売れそうな部分が多い。立派な毛皮に、鋭い牙、丈夫な骨。ティーブの手助けもあり解体は順調に進む。アスチルベは下半身部分がどうしても気になるようで、中を確認しようと躍起だった。
「アーちゃん。そこは最後ね」
「ん~?」
「あ~、わかったから。ちょっと待って」
勝手をされると中にある汚いものが飛び出してしまう。先に処理をすませて横に置き、好き勝手に遊ばせることにした。
そして黙々と解体作業は進んでいく。
「終わった~」
「お疲れ」
「あっ、ありがとう。大丈夫だった?」
「まぁ、こういうのには慣れているから」
最後まで見守ってくれたルイスがタオルを差し出す。ちょくちょく解体した肉や骨を運んでくれていて、気分が悪くなった様子は全くない。
「そうなんだ」
「お、おう。ところでそれ、本当に食べるのか?」
「え?」
売る予定のものは選り分けており、手元に残しているのは内臓だけ。心なしかルイスは一歩下がっているようにも見える。
(そ、そんなに変かな。何か勘違いされているのかも)
意気揚々と内臓の下処理を進めていたファニー。血だらけの調理机の上に雑多に置かれている。
「あっ、違うよ。このまま食べたりしないから」
「ん?いや、そりゃそうだろうけど」
「そういうことじゃないんだ」
「ど、どういうことだ?」
では何がいけないのか。考えてもわからないファニーは調理器具を用意し、内臓を食べやすい大きさに切り分ける。
(とりあえず食べてもらおう)
あれこれ説明するよりも、実際に食べてもらった方が早い。美味しいことを知れば、もっと食べたくなるはず。そう考えながらファニーは内臓に火を通す。
「さっ、どうぞ」
焼いた内臓をルイスに差し出す。口にしてよいものか警戒しているようで、なかなか食べようとしてくれない。
「どうぞ」
「ど~ぞ~。ファニーちゃんが作ってくれたのに食べられないの~?」
アスチルベの援護射撃と一緒にファニーは笑顔を振りまく。時が止まったかのように厨房は静かだ。
そしておもむろにルイスは内臓を一口で口に入れる。
「な、なんだこれ」
「美味しいでしょ?」
「あ、あぁ」
あっという間に全て食べてしまったルイス。気に入ってくれたようで、今度は自分から見よう見まねで内臓の下処理を進めていく。
(良かった。まぁ美味しいもんね)
大きい獲物だったので、内臓も大量にある。ダメにならないうちに食べてしまおうと手早く調理していく。
「おいしいね~」
「あっ、ちょっと。つまみ食いはダメだってば」
まるで長年連れ添って来たかのように息を合わせて料理するルイスとファニー。作ってすぐに消えてしまうことをファニーは見逃さない。
(まぁ、どうせ余っちゃうだろうから良いんだけど)
とてもではないが3人で食べきれる量ではない。捨てるのはもったいないので、宿の人に贈ろうかとファニーが考えていると、毛皮や骨の処理をしていたティーブが歩いてくる。
「あれ?どうかした?」
「ファニー様、お客様です」
いつの間にか厨房に入ってきていたのは、執事姿をしている初対面の初老の男性だった。