第11話~狩りへ~
※限りなく遠回しに表現しておりますが、
「食事中」にはふさわしくない表現が含まれております。
「じゃぁ、行ってくるよ」
「うん。よろしく」
それはまるで、どこの家庭にもある光景のように。
おじいさんは鍛冶工房の修理へ、おばあさんは森へ狩猟へ。そんな一風変わった日常風景。
(って何を想像しているの?)
想像を膨らませていたファニーは、その想像を振り払う。ヴィンダーの工房の修復に向かうルイスを見送り、本来の予定を思い起こした。
「さっ、ティーブ。私達は狩りに行こっ。お金稼がないと」
「かしこまりました」
「わたしも、わたしも~」
新しい弓を大事に握りしめながら、思わずスキップしそうになっているファニー。ティーブは相変わらず淡々としているが、アスチルベは両手を広げながら空を飛びながら本当にスキップしている。
(だ、大丈夫かなぁ?)
少しだけ手伝ってもらうつもりが、ヴィンダーの工房を木っ端みじんにしてしまった。一緒に狩りになど行ってしまえば、どれだけ暴れるのか見当もつかない。
「う~ん。どうしようかな」
「え~!?いきたいいきたいいきたいいきたい~。わたしもお手伝いするの~」
宿の前で暴れだすアスチルベと、遠巻きに警戒する周囲の人々。置いていくということは、残された妖精を制御できないということ。
「わ、わかったよ。一緒に来て。あっ、だけど魔法はダメだからね」
「は~い」
元気に返事をするアスチルベと、おもむろに森へと歩きだしたティーブを伴い狩場へ向かう。新しい弓矢を持ち、狩り用の服に身を包み、近くにある森に向かって走る。
「いけいけ〜。わ〜〜い」
街中から門へ、門から街道へ、街道から森へ。あっという間に景色が移り変わっていく。
(そんなところに乗られると走りにくいんだけどなぁ)
アスチルベはファニーの頭の上に乗って騒いでいた。ティーブは寡黙に、いつも通り後ろを走っている。
到着した森はファニーが昔狩りをしていた森とどことなく雰囲気が似ている場所。生えている木や、住んでいる生き物は見慣れたものが多い。
(なんだか懐かしいなぁ)
森の澄み切った空気をファニーは全身に感じていた。令嬢時代にしていた憂さ晴らしの狩りとは異なり、世界を旅するための準備として気持ちのいい狩り。
「ねぇねぇ、ファニーちゃん。どれにするの?」
「そうだなぁ」
「せっかくだからさ、この森で一番大きなのを倒しちゃおうよ」
大きい獲物。森といってもそれほど広くはなく、一番の獲物を探せなくはない。
(良いアイデアかも)
ルイスが決してファニーのことをバカにしているわけではないことを理解はしていた。それでもどこか、守らなければならない存在として見られている気がしていた。
(ビックリさせちゃおう)
ヴィンダーの工房を直して帰った時に、すごく大きな獲物を狩ったファニーを見て驚く姿を思い浮かべた。
「ティーブ、一番大きいのを探すよ」
「かしこまりました」
「いっくぞ〜」
街からはそれほど離れていない森の中。定期的に人が入っている形跡はあるが、魔物と戦ったような痕跡は存在しない。
(油断しなければ大丈夫だよね。山頂の村は、夜襲だったから)
本来であれば、仮に魔物と遭遇してしまったとしても逃げ切れるだけの実力をファニー達は持っていた。山頂の村で不覚をとったのは、あくまで夜襲という不測の事態だったから。
ドンドン森の中に入り、獣道を辿り、手掛かりを探す。どこにでもいるような獲物の手掛かりはいくらでもあるが、一番大きい獲物のものはなかなか見つからない。
「ファニーちゃ~ん。見て見て、この大きいの」
「あ~!ダメダメ、そんな汚いの捨てなさい」
アスチルベは直接触ってはいけないものを見つけて空中に掲げている。ファニーは近づかないようにしながら、早く手放すように言い続ける。
(こんな時にルイスがいてくれれば。って、何を考えているんだろう)
思うように言うことを聞いてくれないアスチルベに、ファニーは思わずいない人間のことを考えてしまっていた。
「ファニー様」
「ん、なに?」
まるでピクニックでもしているかのような光景。考え事をしていたファニーにティーブが話しかける。
(あれ?珍しいな)
普段は話しかけた時しか口を開かないティーブ。なにか危険が存在する時くらいしか起きないことではあったが、特に危ないものは見当たらない。
「一番かはわかりませんが、そちらの主で十分でないでしょうか」
「あぁ」
未だにアスチルベと宙に浮かんでいるそれは、かなり大きい獲物のもの。よくよく周囲を注意深く観察すると、足跡もしっかり残っている。
「追いかけましょ。ア~ちゃん、行くよ。あっ!、それは捨ててってば」
「ん~?は~い」
やっと言うことを聞いてくれたアスチルベの手を洗いながら、ファニーは急ぎ足跡を追いかける。早く見つけられれば今日中に狩れるかもしれないと、そんな期待を抱きながら。
追いかけた先にいたのは、一際大きな獣。トラのように見えるが、それにしては大きすぎる。普通の3倍はあるほどだ。
「ティーブ、あれって狩っても大丈夫なのかな?」
「はい。狩ってはいけない動物ではありません」
「じゃぁアイツを倒して帰りましょ」
狩りといっても、なんでも自由にしていいわけではない。狩ってはいけないと指定されている動物が多くあり、逆に言えばそれ以外は狩っても問題ない。ティーブはその情報を全て把握しており、ファニーはいつも頼りにしていた。
(手強そう)
木々が生い茂る森の中。自由に動けないという点において満足に戦える場所ではない。一方で獲物としては申し分ない。
「ねぇねぇ」
「どうしたの?」
「またドッカーンってやるの?」
目を輝かせているアスチルベ。両手の拳を上下にフリフリしながら、魔法を使いたくて仕方がないかのようにウズウズしていた。
(あの魔法は、ちょっと強すぎるかな)
確実に獲物を殺すことは出来ても、毛皮や肉など手に入れたいものまで黒焦げになってしまう。それどころか森を焼き尽くして怒られるところをファニーは想像してしまっていた。
「あれは、今はいいかな」
「え~?なんで~?」
「ん~っと、あれはね、とっておきだから。ピンチの時に使いたいの」
「ぶ~」
ふてくされてしまうアスチルベ。再び頭の上に乗り寝転がっているようだ。
(良かった。ちゃんと言うこと聞いてくれそう)
ルイスには妖精は自由から逃れられないと言われていた。どんなにお願いしても魔法を使ってしまうことをファニーは心配していたが、問題なさそうであった。
「ごめんね」
「いいもん。じゃましないんだもん」
「良い子良い子」
頭の上で大人しくなってしまったアスチルベ。様子を直接見れないことに、ファニーはわずらわしさを感じていた。
(今度、ポケットでも用意しようかな?)
胸ポケットに入ってもらうことはできるが、それでは弓矢を使うときに邪魔になってしまう。そんなことを思い浮かべながら、ファニーは獲物と対峙した。
「ティーブ、準備は出来てる?」
「いつでも問題ありません」
「じゃぁ、私が始めるね」
弓矢を握るファニーの手が、わずかに震えていた。もしルイスが居れば、戦いの火ぶたを切るのは彼であり、先頭で盾になるのも彼である。
出会ってまだ間もないのに、当たり前になってしまった戦い方。それだけ頼ってしまっていたことにファニーは驚きながら、目を閉じて深呼吸した。
「ファニーちゃん?」
「えっ?あっ、大丈夫」
新しい弓での初陣。慎重に考えるのであれば、もっと練習してから狩りを始めるべきかもしれない。それでもファニーは狩りを止められなかった。新しい弓に、旅の始まり、初めて体感する世界。
令嬢として立ち止まってしまった人生。あの日夢見た世界のふもとへ動き出した人生。
獲物にはまだ気付かれておらず、外すわけもない。狙いを定めた矢は吸い込まれるように獲物へと飛ぶ。
グォオオオオ。
うめき声を発しながら、俊敏に動く獲物。一射で仕留められるわけもないが、それにしても当たりどころが悪かった。しかもファニー達の位置に既に気付いているようで、次の矢に急ぎ手をかける。
隠れることに意味はない。仕留めるためには近づかなければならない。ティーブが剣を抜き払い前を走る。
後ろを追いかけながらファニーも矢を番える。獲物も勢いよく駆けて来る。一度立ち止まり、先を行くティーブの先の獲物を狙い、また矢を射かける。一射目はただのオトリ。次の矢をすぐに番え、避けた先に向けて第二射。矢は命中し、獲物の動きが少しだけ遅くなる。
ティーブが突進しながら剣を突き出した。喉元を真っ直ぐに狙った剣は獲物の前足で弾かれる。逆にバランスを崩され地面に倒されたティーブにその牙が襲いかかる。
単調な動きは読みやすい。獲物の片目を狙い第三射。今にも噛みつこうとしていた獲物の片目をえぐり、もう一方の目がファニーを捉える。
ファニーは一歩も引かない。ティーブが倒れたままのはずがないから。
倒れていたティーブが獲物を蹴り上げる。上半身が宙に浮き、ティーブは後転しながら立ち上がり剣を構える。獲物は再びティーブに襲いかかろうと前足を振り上げたけど、手の平を矢でうちぬいてそれをさせない。
あとはティーブがトドメを刺すだけ。喉元へ突きつけられた剣は、今度こそ獲物を貫いて命を奪う。音を立てて倒れた獲物の死体と、剣を引き抜くティーブ。終わりを見計らったアスチルベが、獲物の後ろから近づく。
「大っきいね〜。さっきのもこっから出たのかな〜」
「う、うん、そうだね。そういうこと言わなくていいからね〜」
変なこと想像してしまったファニー。余計なことをしないようにアスチルベを捕まえておく。
(でも本当に大きいなぁ。これならビックリさせられそう)
そのサイズを再確認していた。戦った感触としてもそこそこ強く、ルイスを驚かせるには十分だと感じていた。
「ティーブ、これ運べるかな?」
「このままでは難しいかと」
あまりに大きすぎ、持ち上げるだけでも苦労するほどだ。
(このまま見せて驚かせたかったんだけど)
ここで解体してバラバラに持っていくしかないかもしれない。そんなことをファニーが考えていると、アスチルベが元気一杯に手を挙げる。
「はいは~い。わたしがやる。ほらっ」
獲物の巨体が宙に浮かぶ。アスチルベが魔法で浮かべてくれているようだ。
「あ、ありがと~。えらいね。ティーブ、早く帰ろ」
「かしこまりました」
死体を狙って、別の動物が来るかもしれない。手早く血抜きをすませ、横取りされるのは嫌だとファニー達は急いで街に戻る。アスチルベの機嫌をとるのを忘れないようにしながら。