地獄耳
〈蛇苺柄のパンティ妹かはい 涙次〉
【ⅰ】
野代ミイを事務所の晩餐に招かう、と云ふ事になつて、悦美は日頃牧野に教はつた料理の腕前を、遺憾なく發揮した。
ミイは折角* 鱈腹キャットフードが食べられるやうになつたのに、皮肉なもんだにやあ、と思ひつゝも、招待される儘に、カンテラ事務所の門を潜つた。** でゞこ贔屓で諍つてゐた過去を、悦美が恥ぢた、と云ふ經緯である。
* 当該シリーズ第180話參照。
** 当該シリーズ第154話參照。
【ⅱ】
が、「とつても美味しいにや~ん」ミイは正直驚いた。悦美は、テオら動物たちの世話に日々奔走してゐる牧野の影響を受けて、猫にも美味しく食せる料理、工夫してゐたのである。
「それは良かつたわ、ミイちやん、過去の事は水に流して、また遊びに來てね」と、悦美も優しい。(いゝ関係ではないか)カンテラもさう思つた。食の國・中國から來た遷姫も舌鼓を打つてゐる...
だが、一味一堂一つ腑に落ちない事があつた。同じ料理を食べて、これも滿足げな白虎を、ミイは「お兄ちやん」と呼ぶのである。だうやら前世で兄妹だつたらしいのだ、兩者は。
白虎も「があお」(テオの通譯に拠れば、久し振りだな、會ひたかつたよ、と云つてゐるらしい...)と答へる。縁とは異なるものである。
【ⅲ】
白虎と云へば、これも不思議な出來事が、先日あつた。少女が一人、事務所門前で、タロウに吠え立てられて難儀してゐる。じろさん、【魔】かな、と思ひつゝも、彼の権限で少女を所内へ通した。(何か事情があるに違ひない)と思つた譯である。(結界の効果は、その時點では、彼女に異變を引き起こしてゐなかつた。)
すると、白虎が彼女の膝下にごろんと寢轉がり、咽喉をごろごろ云はせてゐる。少女も彼の脊を優しく撫でる。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈仇敵のごとマーガリン塗りたくりトーストに掌を合はせる皮肉 平手みき〉
【ⅳ】
「さあ、そろそろをぢさんに、事情を話してくれないかな?」‐「あなた方は父の仇なのです。私は* 平凡の娘」。じろさん、あついけね、と思つた。それで白虎が馴れてゐたのか。
「本來ならこゝで、父の仇! とあなたに襲ひ掛かつてもいゝのですが、結界のせゐで、だうせ負けてしまふ。たゞ白虎にだけは、好きな日に會はせて慾しい、と思ひまして」
「だうぞだうぞ。お好きな時に」親を斬つても、子には関係ないのである。
* 当該シリーズ第173話參照。
【ⅴ】
ミイにその話をした。「一度、會つてみたいにや~。お兄ちやんと関係深い人なら」‐「それはよしといた方が良いよ」とテオ。「いつ仇敵の感覺を取り戻すかも知れない。その時ミイがゐたら、大事になるだらう?」‐「惜しいにや~」
たゞその話は、カンテラの耳には入れなかつた。折りしも「相談室」に來客があり、カンテラはその場にゐ合はせなかつたのだ。じろさんとしては、これ以上無益な殺生をカンテラにさせたくない一心で、さうしたのである。平凡は憎かつたが、娘には何の怨みもない。だうやら、【魔】と人間とのハーフだつた平が、更に人間と関係して、出來た子供が彼女らしい。所謂クオーターで、【魔】の血は四分の一しか入つてゐない。それで結界の効き目が薄かつたのだ。とまれ、カンテラに、それをしも斬る、と云つて慾しくはなかつた、のである。
【ⅵ】
だが或る日、カンテラはじろさんに云つた。「じろさん、余計な氣、廻させて濟まんね」‐「えつ!?」人に想ひはあれど、カンテラに隠し事は、通用しないのだ。所謂地獄耳。
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〈仄ぐもりちつとも見えぬ皐月富士 涙次〉
然し、それつきり、カンテラはその事に触れなかつた。友情、とはさう云ふものである。じろさん、約束を守れなくて濟まんが、と云ひ、平の娘は二度と事務所に入れなかつた、と云ふ。責任は全て俺にある。
勿論、これはヤマ未滿の話。
活劇なしで終はるのもだうかと思ふ(何せ『斬魔屋!!』である)が、今回はこゝ迄。次回派手に暴れて貰ひます。そんぢやま。また。