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死神喫茶~黄泉比良坂でいただきます~  作者: 如月明治
聖水よりも一杯の味噌汁を
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第5話 死神さんと取り立て屋


「うーん! 美味いじゃない、小娘! アンタこんな洒落乙なのもいけるのねぇ」


 大蔵家一階、モダンなリビング。モルテはフォークを片手に、喜びの唸りを上げていた。チェック柄のテーブルマットの上には朝食が二人分用意されている。シーザードレッシングで彩られたレタス、オニオン、豆腐のサラダ。きつね色のトーストに、大蔵家秘伝のイチゴジャムのヨーグルト。プラスとして、ゆで卵である。


 モルテはコーヒーを片手に食事を楽しみ、藍里は膨れっ面でフォークにレタスを幾枚も突き刺していた。無理もない。突然始まった死神との共同生活である。この調子では、彼は延々と藍里に纏わりつくに違いない。しかし命を握られている以上、藍里が神に歯向かう権利などない。それに、こうやって誰かと食事を囲むのは悪い気はしなかった。まだ家族が揃っていた、“あの日”を思い出す。


 長い付き合いになるなら、せめて彼についてよく知っておかねば。藍里は意を決すると、レタスを飲み込み、声をかけた。


「なんだい?」


 モルテはフォークを置いて、藍里を見つめた。


「死神さん、というか死神ってどんな生態なんですか? 生まれや暮らしは? 人間じゃないんですもんね」


「ふーむ、好奇心旺盛なお嬢ちゃん。いいわ、パートナーに免じて教えてやりますわよ」


 モルテはからからと笑うと、皿の端にあるゆで卵を半分に割った。中身からは、とろんと黄身があふれ出してきた。モルテは鋭利な小指で、白身を指さした。


「いい? ここがアンタらが住む現世。んで」


 次に彼は、あふれ出す黄身を指した。


「こっちがアタシらの住む黄泉よ。アタシたちはここで生まれて、ただ上でふんぞり返ってる神に命令されて永久に仕事を任されるの。黄泉の住人は死ぬことも、老いることもない」


「永遠に?」


「そう」


 モルテは藍里にウィンクをすると、次にはゆで卵を口に放り込んでいた。


「この卵のように、世界の理が崩れない限り、黄泉の住人達は現世の人間を迎え続けるの」


「それって、なんだか残酷。ずっと仕事ばっかりじゃつまんないですよ! いつかフランスみたいにストライキの嵐になっちゃいますよ!」


「だから、皆こうやって暇つぶしを見つけて息抜きしてるの」


 モルテはそう言うと、フォークで藍里を指した。それに対して、藍里は息を飲んだ。いまの彼は、神話上の神のように自分とは程遠い存在だと感じたからだ。言い換えれば、恐ろしいくらいの余裕。藍里はそれに腹立たしくなって、向けられたフォークをそっと下げてやった。


「ふん、私は暇つぶしですか! いいですよ、それじゃあ死神さんの無限の人生のなかで一番の玩具になってやります! 大蔵劇場に手を叩いて、笑い死んでください!」


「おや、威勢のいい。生憎死ねないけど、アンタを存分に楽しませてもらうわ、小娘」


「小娘じゃないです。藍里、ですよ、“モルさん”」


 そのときモルテはほう、と藍里を見た。藍里は椅子に行儀よく座り、モルテに好戦的な眼差しを向けていた。


「馴れ馴れしく私の名を呼びやがって、気に入ったわ、“藍里”」


 モルテは得意気に鼻を鳴らすと、空になったコーヒーカップを掲げた。


「さ、かわいいビジネスパートナーの藍里、コーヒーをもう一杯__。」


「おりゃぁぁぁぁぁ、邪魔するでぇぇ!」


 そのとき、汚い怒声が大蔵邸に響き渡った。藍里とモルテは、呆然としてその方向を向いた。見れば、数人のギラついたスーツやジャージ姿の男達が土足でリビングに入り込んできたのだ。どいつもこいつもサングラスをかけ、無理をした悪人顔をしている。


 モルテは気を取り直すと、頬杖をついた。


「おや、D・Q・Nってやつ?藍里、こんな野蛮人たちをモーニングに招いたの?」


「……そんなチンピラってレベルじゃないです! 彼らヤのつく人たちです! あぁ、また借金の取り立てに……」


「借金?」


 モルテは眉をひそめた。藍里は動揺した様子で彼に耳打ちした。


「実は家出した私の父が、ひっどいギャンブル好きで……。お店や地元のヤクザたちのお金に手をつけてたんです。そのせいで黄泉平坂の茶処は赤字経営が進んで、借金の取り立てが来るようになったんです……」


「絵にかいたようなクソ親父ね」


 瞳をうるうるさせる藍里に、モルテは流石に同情の視線をやった。しかし、ヤクザの一人が壁を殴って、声を荒げた。


「おい! こっち無視してんじゃねぇよ! 嬢ちゃんたちよぉ!」


「分かってんだろぉ! テメエの親父が借りた444万円返せってんだよ!」


 恐らく下級構成員と見られる男達はぐいぐいと藍里に近づいてきた。藍里はわなわなと首を振って後退りするしかないのだった。



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