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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

百合短編

春の陽光の下で

作者: 転生新語
掲載日:2025/02/28

 鏡面(きょうめん)空間(くうかん)、というらしい。私は城(しろ)の中(なか)にいて、豪奢(ごうしゃ)なシャンデリアが頭上(ずじょう)にあるダンスホールで、屍者(グール)の頭部(とうぶ)を切(き)り飛(と)ばす。次々(つぎつぎ)と迫(せま)りくる屍者(ししゃ)の群(む)れを搔(か)い潜(くぐ)って、階段(かいだん)を駆(か)け上(あ)がる。廊下(ろうか)の先(さき)に見(み)つけたドアを開(ひら)き、私は室内(しつない)へと飛(と)び込(こ)んだ。


 敵(てき)の大群(たいぐん)が、私の背後(はいご)で空間(くうかん)ごと、ガラスのように音(おと)を立(た)てて砕(くだ)け散(ち)る。背後(はいご)のドアは消(き)えて、目(め)の前(まえ)には異様(いよう)に長(なが)い廊下(ろうか)が続(つづ)いていた。ドアからドアへ移動(いどう)するたびに、広大(こうだい)な城(しろ)の部(へ)屋(や)や廊下(ろうか)へで(・)た(・)ら(・)め(・)に繋(つな)がっていくのが、私が封(ふう)じ込(こ)められている鏡面(きょうめん)空間(くうかん)の特徴(とくちょう)である。


 別(べつ)の空間(くうかん)へ移動(いどう)するたび、私が戦(たたか)いで負(お)ったダメージもリセットされる。そういう仕様(しよう)だ。ここは地上(ちじょう)の世界(せかい)や時間(じかん)からは切(き)り離(はな)されていて、留(とど)まれば永遠(えいえん)に生(い)き続(つづ)けることさえ可能(かのう)らしい。留(とど)まらずに屍者(グール)と戦(たたか)い続(つづ)ける私は、死(し)ねば蘇生(そせい)もできずに終(お)わりである。


 覚悟(かくご)の上(うえ)だ。ここに留(とど)まるつもりはない。あ(・)の(・)女(・)を殺(ころ)す。それが唯一(ゆいいつ)、私が地上(ちじょう)へ戻(もど)る手段(しゅだん)である。




 鏡面(きょうめん)空間(くうかん)の中(なか)で、主観的(しゅかんてき)な時間(じかん)は流(なが)れる。ドアからドアへ、空間(くうかん)から空間(くうかん)への移動(いどう)を繰(く)り返(かえ)し、そのたびに一(ひと)つずつ空間(くうかん)は砕(くだ)け散(ち)った。彼女(かのじょ)が作(つく)った鏡面(きょうめん)空間(くうかん)も無限(むげん)に続(つづ)く訳(わけ)ではない。破壊(はかい)を繰(く)り返(かえ)せば、いつかは空間(くうかん)の創造(そうぞう)主(しゅ)へと辿(たど)り着(つ)くはずだった。


 破壊(はかい)した空間(くうかん)の数(かず)が十二万(じゅうにまん)と七千(ななせん)を越(こ)えた頃(ころ)、ついに私は標的(ひょうてき)のいる部屋(へや)へと到達(とうたつ)した。ここは、寝室(しんしつ)だ。


「ようこそ、ようこそ。まさか本当(ほんとう)に、ここまで来(く)るなんてね。年(ねん)単位(たんい)の時間(じかん)を体感(たいかん)してまで、貴女(あなた)は私に会(あ)いたかったのかしら。光栄(こうえい)だわ」


 ベッドから降(お)りて、ネグリジェ姿(すがた)の彼女(かのじょ)が絨毯(じゅうたん)の上(うえ)に素足(すあし)で立(た)った。年齢(ねんれい)十才(じゅっさい)の少女(しょうじょ)の姿(すがた)。十年前(じゅうねんまえ)と全(まった)く変(か)わっていない。吸血鬼(ヴァンパイア)になるというのは、人(ひと)の摂理(せつり)から外(はず)れるということであった。


「貴女(あなた)を殺(ころ)さないと、ここから出(で)られないのでね。決着(けっちゃく)をつけましょう」


「それは順序(じゅんじょ)が逆(ぎゃく)だわ。私が鏡面(きょうめん)空間(くうかん)に入(はい)ったのは貴女(あなた)から逃(のが)れるためよ。その私を貴女(あなた)は追(お)って、ここまで来(き)た。……私のことなんか忘(わす)れて、地上(ちじょう)世界(せかい)で過(す)ごす選択肢(せんたくし)だってあったのに」


「殺(ころ)される理由(りゆう)が欲(ほ)しいの? 貴女(あなた)が殺(ころ)した人間(にんげん)の数(かず)は死刑(しけい)でも償(つぐな)えないわ。貴女(あなた)は吸血鬼(ヴァンパイア)、私は狩人(ハンター)。付(つ)け加(くわ)えれば、私を半(ハ)吸血鬼(ーフ)にしたのも貴女(あなた)よ。復讐(ふくしゅう)の理由(りゆう)には足(た)りるでしょう」


「そうね。貴女(あなた)は私が、初(はじ)めて血(ち)を吸(す)った女性(じょせい)で……そして唯一(ゆいいつ)、殺(ころ)さなかった人間(にんげん)だわ。躊躇(ためら)っちゃったのよね。その失策(しっさく)で、貴女(あなた)は半(ハ)吸血鬼(ーフ)として力(ちから)を得(え)た。鎧(よろい)もない、そんな軽装(けいそう)で私を殺(ころ)しに来(く)るくらいに」


 そうだ。彼女は十才(じゅっさい)の頃(ころ)、森(もり)で吸血鬼(ヴァンパイア)に襲(おそ)われ、同族(どうぞく)となった。その彼女(かのじょ)に、最初(さいしょ)に襲(おそ)われたのが私である。まともな生活(せいかつ)を送(おく)れなくなった私は成長(せいちょう)した後(のち)に男装(だんそう)をして、吸血鬼(ヴァンパイア)を殺(ころ)す仕事(しごと)に就(つ)いた。全(すべ)ては、彼女(かのじょ)を殺(ころ)すために。


「大人(おとな)しく殺(ころ)される気(き)はなくてね。抵抗(ていこう)させてもらうわ」


 無駄(むだ)な足掻(あが)きだった。もう彼女(かのじょ)を守(まも)る屍者(グール)はいない。吸血鬼(ヴァンパイア)の特殊(とくしゅ)能力(のうりょく)も私には通用(つうよう)しないのだ。湧(わ)き上(あ)がる憐憫(れんびん)の情(じょう)を私は抑(おさ)え込(こ)んだ。


 獣(けもの)の速度(そくど)で、口(くち)を開(あ)けて牙(きば)を突(つ)き立(た)てようと彼女(かのじょ)が走(はし)る。私は二刀(にとう)を抜(ぬ)き放(はな)った。幼(おさな)い身体(からだ)の胸(むね)を刃(やいば)が十字(じゅうじ)に切(き)り開(ひら)く。現(あらわ)れた心臓(しんぞう)を双剣(そうけん)で突(つ)き刺(さ)すと、瞬時(しゅんじ)に彼女(かのじょ)の姿(すがた)は灰(はい)となった。




『……これで、……私を、許(ゆる)してくれる?』


 テレパシーだろうか。舞(ま)い散(ち)る灰(はい)から彼女(かのじょ)の声(こえ)が聞(き)こえた。私は目(め)を閉(と)じる。どうせ開(あ)けていても、ろくに前(まえ)は見(み)えないのだ。


『嫌(いや)だな……、泣(な)かないでよ。十年(じゅうねん)経(た)っても変(か)わらないわね、そういうところ』


「私は、貴女(あなた)と、陽(ひ)の下(した)で生(い)きたかった」


『私は可能(かのう)なら、闇(やみ)の中(なか)で、永遠(とわ)に貴女(あなた)と揺蕩(たゆた)いたかった……。じきに、この空間(くうかん)も私も消(き)えるわ。地上(ちじょう)で幸(しあわ)せになりなさい。それが最後(さいご)の、私の願(ねが)いよ』


「嫌(いや)だよ……、もっと私と話(はな)してよ……」


『わかってるわ。貴女(あなた)は私が安(やす)らかに眠(ねむ)れるよう、呪(のろ)われた生(せい)から解放(かいほう)したかったのよね。復讐(ふくしゅう)なんて、優(やさ)しい貴女(あなた)には似合(にあ)わないもの』


 そうだ。弱(よわ)い私は、気持(きも)ちを強(つよ)く持(も)たないと前(まえ)へ進(すす)めなかったのだ。こうするしかないと、わかっていた。それでも、殺(ころ)したくなんかなかった。


『先(さき)にお別(わか)れを言(い)わせてもらうわね。さようなら、ゆっくり後(あと)から来(き)なさい。元気(げんき)でね、愛(あい)してるわ』




 目(め)を開(あ)ける。気(き)が付(つ)けば村(むら)の近(ちか)くで立(た)ち尽(つ)くしていた。春(はる)の陽光(ようこう)を感(かん)じる。誰(だれ)も見(み)ていないことを確認(かくにん)してから、声(こえ)をあげて私は泣(な)いた。


「さようなら……お姉(ねえ)ちゃん。愛(あい)してる。さようなら、さようならぁ……」


 私の中(なか)には、姉(あね)から与(あた)えられた能力(のうりょく)と呪(のろ)いが残(のこ)っている。それでいい。この世(よ)の吸血鬼(ヴァンパイア)を狩(か)り続(つづ)ける。それが遺(のこ)された、私の使命(しめい)だ。


『仕方(しかた)ないわね。しばらく傍(そば)にいてあげるわ』


 春風(はるかぜ)が囁(ささや)いた気(き)がした。きっと幻聴(げんちょう)だろうが構(かま)わない。私の中(なか)には姉(あね)がいる。私たち姉妹(しまい)は永遠(えいえん)に、ずっと一緒(いっしょ)だ。

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