告白のち告白
初めまして。アナログ、デジタル問わず正真正銘の処女作、中の人的には童て⋯なんでもないです。すみません。
基本小さなネタとかを考える方が得意なので、思いついたままに書いてます。なので後で読み返したら自分でも結構校正できそうな拙文ですが、お付き合いいただける方はよろしくお願いします。
「⋯⋯別れてください。」
言われた言葉の意味が理解できずどっぷり五秒、最初に僕ー則之内央翔の口から出た言葉はただ一言だった。
「えっ?」
そして言われた意味を理解した僕の口からは
「うぇうぉぉぉいうぇぇぇ?!?」
という自分でもよく分からない、全くもって意味を成していない言葉が迸り⋯それは聖なる夜に吸い込まれていったのだった。
「う、嘘だ、人生で初めてできた彼女だったのに⋯なんの間違いもなくやってきたつもりだったのに。」
聖なる日の夜にこんな仕打ちを受けたのだから、人目を憚る事なく慟哭したって、聖人君子たるイエス様は許してくれるはずだ。
「あっ、あの⋯えっと⋯ね?」
泣き喚く僕を見て彼女ー斉院ノ木清夜が急にあたふたしている。
「ち、違うの!」
少し声のトーンを上げた彼女の声が耳に届く。
「違う?何が違うのさ?」
「まさかこんなに泣くだなんて思ってなくて、もし良ければ続きを聞いて欲しいんだけど。」
「別れ話を切り出されたのだから、その続きは僕がそれに答えるんじゃないの?」
最も、分かりました別れましょう。なんて言う気は更々なかったけど⋯。
「その、えっと、ね。」
やがて意を決したように背筋を伸ばす彼女につられてこちらも背筋が伸びる。
そして静かに彼女の口が開いた。
「その⋯私と⋯付き合ってください!」
そうして言い終えるが早いか、セミロングの黒い髪を振り回さん勢いで頭を下げてきた。
「えっ?」
混乱する頭では全くもって理解不能だった。
いや、仮に冷静な状態で居たとしても理解できなかった自信がある!
「ーーーーー!?!」
言葉にならない僕の叫びが再び聖なる夜に吸い込まれていったのだった。
驚かせてごめんなさい。と謝る彼女に僕は少し冷静さを取り戻した。
「それで、一体どういう事なの?」
「その、連休明けに告白してくれた時、すごく嬉しかったんだけど⋯。」
僕は続きの言葉を待つ。
「私から告白したかったな〜って。返事を待つ間のドキドキ?ワクワク?みたいなものを感じてみたかったな〜って。」
「それでこんな事を?」
「う、うん。」
少し顔を赤らめつつ正直に白状する彼女を怒る気にはならなかったけど、目を通して無駄に失った水分の仇くらいは取らせてもらわないと割に合わない。
だから僕は⋯
「それで、その告白の返事なんだけど⋯。」
「うん!」
あまりに純真な笑顔に一瞬決意が揺らぐけど、やると決めたらやり通すんだ、僕!
「貴女のような無茶苦茶な人とは付き合えない⋯ゴメン。」
「えっ?」
一言それだけを言った彼女の目から雫が零れ出した。
おそらくノーと言われるとは思っていなかったんだろう。
「そっか⋯そうだよね、自分の都合で振り回して人前であんな醜態晒させた相手なんて嫌だよね?ごめんね?」
うん、できればさっきの事は一刻も早く記憶から抹消したい。
⋯思い返すだけでも、いくらなんでもあれは恥ずかし過ぎる⋯。
と彼女が少し落ち着くのを見計らって、僕は告げる。
「えっと⋯さっきの返事は冗談だよ、僕ももっと斉院ノ木と一緒に居たい。」
「則之内くん⋯⋯うわあぁぁぁん!」
なんかさっき冗談でした返事の時より、泣いてない?
もはや号泣レベルで泣いてない?
というか人前で女の子がしていい顔じゃないよ、これは⋯。
いや、そうさせた本人が言うのもなんだけどさ。
とりあえず涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった⋯とても他人には見せられない顔を隠してあげたのだった。
かくして彼女からの告白を受け入れた僕たちは改めて彼氏彼女になった。
1月初旬、新学期を迎えてあのドタバタ黒歴史の聖夜以来久々に斉院ノ木と顔を合わせたのは学校の教室だった。
「おはよう、斉院ノ木。」
「おはよう、則之内くん。」
二週間程の冬休み、クリスマス過ぎれば大掃除やら新年の親戚への挨拶やらと年末年始の各種行事に振り回されて、それらが終われば冬休みの課題の山を減らすという苦行が待ち受ける。(真面目なやつは計画的に終わらせるんだろうけど。)
そうして結局そのまま冬休みは終焉を迎え、クリスマス以降、斉院ノ木と会う事は叶わなかったのである。
付き合って半年以上経つが、未だに苗字で呼び合っている事に深い意味は無く、下の名前で呼ぶのはまだ恥ずかしい。それだけである。
「よっす、央翔!」
と威勢のいい挨拶と共に人の背中に全く手加減を知らない張り手をかましてくるコイツは紀松都理々恩。
些か、というか凄く外国臭のする名前だが、生粋の日本人である。
本人曰く、この名前と生きていくための折り合いを付けられるようになるまではだいぶ親を恨んだとか、そうでもないとか。
僕にとってはこいつが高校で唯一の友人だが都理々恩は社交的なヤツなので友人が多い。
クラスのヤツはだいたい友人なんじゃないだろうか?
というか学年の七割五分くらいはこいつの友人という肩書きを持っていそうな気さえする。
(尚、学年は六クラスで一クラス四十人なので計算が正しければ一年経たない内に二百人に迫る勢いで友人を作っている事になる。)
とにかくそういう意味では凄いヤツである事は疑いようもない。
逆に僕は(ついでに巻き込めば斉院ノ木も)目立つタイプではないし、目立ちたいとも思わない。
だから僕たちが付き合っている事を知っているのは都理々恩と斉院ノ木と中学の時からの仲良し朱鷺朱羽さんと緑谷鶯夏さんの3人だけである。
あとは何となく勘づいていそうなヤツがちらほら。
ちなみに朱鷺さんと緑谷さんはクラスが違うので、普段からよく見かける、ということは無く⋯たまに斉院ノ木のところに遊びに来ているのを見かける程度だ。
放課後、社会に出ても定時退社できる俊敏性を身につけよう同好会(つまりは俗に言う帰宅部)の僕は学校から少し離れた物陰で斉院ノ木を待っている。
都理々恩からは
「付き合ってるんだから堂々と学校から一緒に帰ればいいじゃん。」
と言われるが、それができないのが僕と斉院ノ木なのである。というかそれができるならわざわざ付き合ってる事を隠したりしない⋯。
ちなみにあれだけ交友関係の広い都理々恩だが、どういう訳だがその手の話は噂さえ聞いたことがない。
日本人らしく(?)、鼻が少し低いものの全体的に見てモテても不思議ではない容姿だとは思うけど⋯、謎だ。
ついでに案内しておくと斉院ノ木の友人、朱鷺さんと緑谷さんもそれぞれに見た目は良い。(中身までは知らない)
中学の時はそれぞれにファンクラブ的なものが存在し赤と緑の両派閥による水面下での戦いが日夜繰り広げられたとか、そんな事なかったとか。
朱鷺さんは少し幼い感じの顔立ちで、髪型は日によって結構変わるらしいがポニーテールが多い気がする。
幼い感じの顔に比例するように身長も低めであり、端的な表現をすれば妹キャラを絵に書いたような感じである。
但し、斉院ノ木曰く妹扱いすると怒るらしい。
いや、僕は実際に見たことがないから深くは言及しないけど。
緑谷さんは朱鷺さんとは反対に年齢の割に大人びて見え、控えめに言っても美人である。
ああいうのを切れ長の目と言うんだろうか⋯、どこか鋭い印象の見た目に反して、全体的に穏やかな雰囲気を纏っており、こういうのをお姉さま的と表現するのだろうか?いや、ほんと詳しくなくてごめん!となぜか心の内で誰かに謝る僕。
そんな二人と仲良し三人組を形成していた最後の一人が小走りにこちらに向かってくる僕の彼女ー斉院ノ木清夜である。
先に少し触れた通りだけど、斉院ノ木も整った顔立ちをしており、それこそ中学時代実は第三のファンクラブが存在したのではないかと僕は思ったりしている。
ただ本当に斉院ノ木ファンクラブがなかったのだとしたら、それは斉院ノ木が2人に比べて良くも悪くも印象が薄かっただけではないかと僕は思う。
なんというかあの二人と並ぶと斉院ノ木が一人圧倒的に地味なのだ。
別に悪口を言っているのではなく、朱鷺さんのような妹キャラとか緑谷さんのようなお姉さま的な、そういう個性が弱い⋯ような気がする。
けど素材は十分なのだから、磨けば光ると思うけどなぁ。その点は当の本人が無頓着みたいなのでこっちから言うことでもないか⋯。
「ごめんね、お待たせ。」
と宝石の原石、もとい僕の彼女が合流した。
「いいよ、元々この帰り方を提案したのは僕だし。」
そう言って歩き出すと、彼女が横に並ぶ。
ちなみに斉院ノ木も僕と同じ社会に出ても(以下略)同好会の同志である。
だからこうして一緒に帰れるんだけど。
「それで、次の週末はどうする?」
「そうだなぁ⋯。」
斉院ノ木の言葉に腕を組んで考える。
僕らの住む街は都会と呼べる規模ではないものの、それなりに賑わいのある街⋯だと思う。
特に秋に行われる地方祭なんかは、学校も休みになるし、就職のために他所に出た人が祭りに参加できないなら、辞める。と言い放ったとか、放ってないとか、そんな噂話も聞いたことがある。
僕はどちらかと言えば賑やかなのは苦手な方だから、参加はしていないけど、土地柄なのかそこかしこから太鼓の音が聞こえると何となくそわそわするので、野次馬として見に行ったりはする。
と、そういう時はすごく盛り上がるけど、普段はそんなに遊び場が無いのだ!
友人と適当に買い物に行くとか、カラオケに行くとか、少なくとも僕が思い付く遊びの選択肢は片手あれば十分数えられそうな程度しかないのである。
⋯故に斉院ノ木の問いかけに腕を組み、うーんと唸りつつ頭をフル回転させているわけである。
「ねぇ」
「ん?」
斉院ノ木の言葉で一旦思考を止め、斉院ノ木の続きの言葉を聞く。
「今度の週末は、カラオケ行かない?」
「僕は別にいいけど、斉院ノ木はほんとに良いの?」
と確認してから一つの可能性が頭をよぎりその事を斉院ノ木に確認する。
「もしかして僕が悩んでるから妥協案を出してくれたとか?」
すると斉院ノ木は少しイタズラっぽい顔で答えた。
「どうかな〜?単純に私が行きたいだけかもしれないし?」
「そう⋯まあ斉院ノ木が良いなら、次の週末はカラオケに行こうか。」
こうして僕たちの次の週末の予定は決まったのだった。
そしてあっという間に週末がやってきた。
待ち合わせ時間まではまだ10分ほどあるが、図ったようなタイミングで斉院ノ木もやって来た。
いや、やって来た⋯のはいいんだけど⋯
「へっ?な、なんで朱鷺さんと緑谷さんが!?」
そう斉院ノ木の後ろから現れたのは朱鷺朱羽さんと緑谷鶯夏さんだった。
こんにちわー。と朗らかな表情で挨拶する朱鷺さんにしどろもどろになりながらどうにかこちらも挨拶を返すと、
「初めまして⋯ね、則之内くん?」
と大人びた印象の緑谷さんも声をかけてくる。
「そ、それでどうしてこんな状況に⋯?」
「うん、私たち付き合って半年以上になるじゃない?それでいい加減彼氏を紹介しろって二人が⋯。ごめんね?」
確かに僕たちが付き合っていることを知っているのはこの場に居る当事者二名を含む四人を除けば、後は都理々恩だけだ。
だからっていきなりこんな、女の子(しかももれなく美形!)三人に囲まれたら余程の歴戦の猛者でもない限り動揺するだろう!そう!まさに!今の僕のように!!
その動揺をどうにか押し殺しつつ、斉院ノ木に聞く。
「斉院ノ木さ、別に二人を連れて来ちゃダメとかそんな事は言わないけど、なんで事前に言っておいてくれないの?」
「実は、さっきも言った通りなんだけど、今日の予定を決める前に二人にいい加減彼を紹介しろって迫られて。」
どうにか回避できなかったのか?と口を開こうとする僕より先に斉院ノ木が続ける。
「付き合い始めた頃からずっと言われてたんだけど、今まではどうにか誤魔化してたの。だけど今回は断りきれなくて⋯」
と申し訳なさそうに俯く彼女に変わって緑谷さんが後を継いで口を開く。
「ごめんねー?ただ清夜が頑なに則之内くんを紹介してくれないから、奥の手を使わせてもらったの。」
「は、はぁ⋯奥の手ですか?」
半年も紹介しろ攻撃を躲し続けた斉院ノ木があっさり屈するとは、どういう手を使ったのだろう?
「則之内くん、やっぱ気になるよね〜?」
そんな僕の表情を読み取ったかのように朱鷺さんが口を挟む。
「そ、それは、まあ。」
なにせ、中学の頃からの仲良し三人組だと言うのだから僕なんかのせいでその友情が瓦解してしまうのはさすがに心苦しい。
「ん〜、いいよ!」
とおもむろにスマホを取り出す朱鷺さん。
「かっつ目せよ!これが清夜ちゃんを降参させた奥の手だ〜!」
とスマホの画面がこちらに向くその直前
「だ、だめ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
と今まで聞いたことのない声量で叫びながら斉院ノ木が朱鷺さんの手からスマホを取り上げた。
通りがかりの人が数人ちらほらこちらを見た気もするが気にしない。
「あ〜、清夜ちゃん、スマホ返してー、かーえーしーてー!」
確かに妹が居たらこんな感じなんだろうか。と納得の妹キャラぶりであったが、そんな事より。
「それで、奥の手ってなんなのさ!?」
お預け状態の僕がそう言うと、斉院ノ木が寄ってきて、
「絶対に知らなくて良いから!」
とだけ言ってそそくさとカラオケに入っていった。
俯いていた彼女の表情を読み取ることはできなかった。
「あのー、僕らも入ろうか?」
未だ背後にいる二人に声をかけ、斉院ノ木の後を追ってカラオケに入ったのだった。
ーその日のカラオケは斉院ノ木の独壇場だった⋯。
ほんと奥の手ってなんなのさっ!?
後日、学校で(もちろん斉院ノ木には内緒で)改めて奥の手について朱鷺さんに聞きに行ったのだが、さすがに本人が居ないところでコソコソ教えるのは気が引けるよー。との事で結局教えてもらえなかった。
あのカラオケから一週間、僕たちは公園を歩いていた。
公園と言っても運動公園で特に遊具なんかはない。
更に正確に言えば歩いているのは運動公園内に整理されたウォーキングやランニングに使えるコースである。
もうすぐ二月になろうかというのに、思いの外過ごしやすい気候だった。
そんな空の下で僕たちは他愛のない会話を交わす。
「もうすぐ二月だね。」
「そうだね、二月といえば、ね。」
どこか含みのある斉院ノ木の返しに思わず
「そ、そうだよね!」
「うん、学年末テスト頑張ろうね!」
僕は盛大に前のめりにズッコケた。
.「?⋯どうしたの?」
僕のリアクションが想定外だったのか、不思議そうに首を傾げる斉院ノ木。
「えっ、あっ、いや⋯」
思っている事を正直に言っていいものか逡巡してしまう僕を見て、斉院ノ木が可笑しそうに笑った。
「な、なんだよ?」
「ううん、ごめんね。ちょっとからかい過ぎたかなーって。」
「えっ?」
斉院ノ木の言葉に面食らう。
「二月に学年末テストがあるのは事実だけど、則之内くんが言いたいのは中旬のイベントの事だよね?」
そう言われると逆に恥ずかしくなって誤魔化してしまう。
「い、いや、別に⋯そんな⋯」
と横に居た彼女が一回転しながら僕の目の前に移動する。
「楽しみにしててね、バレンタイン♪」
楽しげで、それでいてどこかイタズラっぽい表情の彼女に僕は返す言葉を知らなかった。
ーそして二月十四日、僕はチョコを貰えなかった。一個も⋯。
あれぇ?一月の終わり、確かにバレンタイン楽しみにしててね。と言っていた斉院ノ木だったのにWhy?日本語で言うと何故?
その日は結局なにも起こらず、すごすごと帰宅した僕だった。
そして晩ご飯を食べ、風呂に入り、部屋に戻るとスマホを見る、と斉院ノ木からの連絡が入っていた。その文面には。
ー今日はごめんね。この前楽しみにしててって言ったのに。でもね、面白いこと思い付いたからその時にチョコを渡すね?たぶん一ヶ月後くらいになっちゃうけど。
でもその時は絶対渡すから学年末テスト頑張ってね。
文章の最後に笑顔の顔文字が添えられた文を読み終え僕の頭には?マークが浮かんでいた。
どうしてチョコをもらうのに、テストを頑張る必要が?
ちなみに入学してから一学期に二回、二学期に二回、計四度の定期考査が既に実施されているが、僕の順位は総じて七十位前後である。
学年全体が二百四十人である事を考えれば中の上+α程度の成績ではある。
斉院ノ木は常に二十位以内に名を連ねており、彼女は間違いなく成績上位者である。が満足はしてないらしい。
(前に思ったままにスゴい!と言ったことがあるが、十位以内が目標の彼女に満足してないとキッパリ言われたことがある。)
ーどうしてチョコを貰うことにテストを頑張ることが関係してくるの?
率直に疑問を返信すると程なくして返事が来た。
ー成績、つまりは順位によってあげるチョコのランクを変えます。現状維持なら市販のチョコ、そこから順位が上がる事に少しずつランクアップします。
追伸
成績が下がった場合、義理チョコもあげません!
最後の一文は特に気になったが、(だって彼女だからくれるなら義理じゃないよね?)少なくとも現状から後退することはないだろうという彼女なりの僕への期待の現れなのだと信じたい。
なるほど、良いチョコが欲しければ勉強を頑張れ、と。
⋯ってどこのオカンだよ、これ!?
斉院ノ木って実は彼女じゃなくて母親だったっけ?
いや、そんなわけあるか!
とひとりコントで迷走する脳内。
ふぅ⋯と深く息を吐き落ち着きを取り戻す。
まあいいや。そっちがその気ならやってやろうじゃないか!
なんだかんだ単純な僕が決意を固める横でスマホが斉院ノ木からの連絡を受信した。
ーそれと、もうひとつ。すぐには無理だと思うけど、もし五位以内に入れたらチョコよりいいものもあげる⋯かも?
チョコよりいいものってなんだろう?
まあ確かに目標にするとしても、すぐには無理な目標だから、せめてチョコよりいいものの正体を教えてもらおうと⋯打ちかけた文章を消し、返信はしない事にした僕だった。
かくして月日は流れ、学年末テストの答案用紙が徐々に返ってきていた。
「則之内くん、テストはどんな感じ?」
「そうだな、この一年の中ではできた方じゃないかな?」
「ホントに?」
「なんだよ?」
疑いの眼差しを向けてくる彼女に少しつっけんどんになって返す。
「ううん、ただ則之内くんの頑張りが成績に反映されていれば、次はこっちが頑張る番だなーって。」
「頑張るってな⋯」
にを?と言いかけて以前のやり取りを思い出す。
なるほど、そういう事か。
「どうしたの、大丈夫?」
一人うんうんと頷く僕を見て、斉院ノ木が不安げにそう聞いてきたのだった。
数日後、張り出された学年末テストの順位を確認に向かう。えーっと僕の名前、僕の名前っと⋯あった、五十七位!今まで上にいた十数人を追い抜くことに成功した!
と一人小躍りして喜んでいたところに、
「結果どうだった?」
と斉院ノ木がやって来ると同時に聞いてきた。
「うん、今回は五十七位だったよ。」
どれどれー、と少し背伸びして順位表を確認する斉院ノ木。
「ほんとだ!おめでとう、則之内くん!」
本来テストとは自分の為に頑張るのであって、その頑張りを親が褒めることはあっても同級生から"おめでとう"と言われるのはなんか新鮮だった。
「それで斉院ノ木は今回どうだったの?」
「⋯わ、私のことはいいから。ほら行こ!」
半ば無理矢理回れ右をさせられた僕は、斉院ノ木と一緒にそのまま順位表から離れていった。
その日の放課後、僕はわざと数冊の教科書を机の中に残し、下校した。
テストだなんだとしばらくバタバタしていたから、斉院ノ木と帰るのはそれなりに久々である。
故にいつものように斉院ノ木を家の前まで送ってあげたかったのだが⋯二人並んで歩く帰り道、
「そういえば、数学で分からないとこがあってさ。」
と切り出す。
「あははは、則之内くん数学苦手だもんね。」
「ちょっと待ってよ。」
と鞄から数学の教科書を出そうとして⋯
「しまった!教科書学校に忘れたみたいだ、取ってくるよ。」
「えっ、じゃあ私も一緒に」
「いや、ここまで帰ってきたし、一人で取りに戻るよ。家まで送ってあげられなくてごめん!気を付けて帰って!」
そう言うと、僕は返事を待たず学校へと来た道を走ったのだった。
僕がわざと教科書を忘れた理由、それは斉院ノ木の順位を確認する為である。
季節柄すでに周りはだいぶ暗いが、部活動に勤しむ生徒がまだ校内に居るので特別な手続きを取ることなく学校へ入れるのは社会に出ても(以下略⋯というかいい加減この表現も面倒になってきたから次からはストレートに帰宅部と言うことにしよう。)の美点の一つである。
本音と建前を兼ね備えた教科書の回収を終え、順位表の前に立つ。
かくして⋯あった!斉院ノ木清夜!その順位は⋯
なんとも言えない気持ちを抱いて、今度は一人の帰路につく僕だった⋯。
そうして終業式の日を迎えた。えっ!?終業式!?
バレンタインから一ヶ月は遅れると聞いていたけど、一ヶ月後はホワイトデーでその日は既に過ぎている訳で。
いやいや、大丈夫だ僕、落ち着け僕。
たぶん準備が間に合わなかったんだ。そうに違いない!
やっぱり渡すのやめたとか、そんな殺生なことを斉院ノ木がするはずは⋯!
と、一人心の内であたふたする僕の耳に
「則之内くん♪」
と軽やかな声が届く。
声のした方に視線を向けると、おそらく僕へのご褒美が入っているであろうかわいらしい包装紙に包まれた箱を両手でこちらに差し出す斉院ノ木が居た。
「遅くなってごめんね、思ったより時間が掛かっちゃって春休み前ギリギリになっちゃった。」
「全くだよ、せっかく頑張ったのに約束すっぽかされたかと思ったよ。」
「あっ、人の頑張りに対してそういう事言うんだ。じゃあご褒美はなかったということで。」
そう言って差し出していた両手を箱ごと自分の後ろに隠す斉院ノ木。
「ごめん!すみません!申し訳ありません!ずっと楽しみにしておりました、この通りですから何卒お慈悲を!」
いくらか芝居がかった調子で、土下座する勢いでーいや実際にはしてないけどー謝罪すると少し可笑しそうに笑ってから、再び僕にご褒美を差し出してくれたのだった。
「ありがとう、斉院ノ木!」
この時、舞い上がっていた僕は後で都理々恩から教室で堂々と斉院ノ木からのプレゼントを受け取っていたと指摘され初めてその事に気付いたのだった。
ーてっきり帰り道に渡してくれるものと思ってたよ。
その帰り道、斉院ノ木と二人家まで歩く。
「「あの、」」
二人の声が重なった。
「何?斉院ノ木?」
「ううん、私は大した事じゃないから則之内くんからどうぞ?」
ここで譲り合うと最悪の場合無限ループに陥りかねないので、斉院ノ木の厚意に甘えて僕から切り出す。
ーそう、学年末テストの事について。
今回の斉院ノ木の成績ー順位について、僕がわざと教科書を忘れてこっそりそれを確認しに行った事について。
一通り話し終えた時、うつむき加減の斉院ノ木の目に何かが光っている気がした。そして
「⋯さようなら」
消え入るような弱々しい声でそれだけ告げると斉院ノ木は走って行ってしまった。
まだ少し肌寒い三月の青空だけがそんな僕らを見ていた。
ー春休みのとある日、斉院ノ木家の清夜の部屋で
「そっか〜終業式の後でそんな事があったんだねー。」
と普段朗らかな彼女からすれば、神妙なトーンで朱羽が言った。
ただ、下部数センチを残してチョコレートでコーティングした細い棒状のお菓子(通称pyokkey)を咥えているせいで、神妙さはほぼ感じられないんだけど⋯。
「それで姑息な手で彼女の秘密を暴いた彼に愛想を尽かして別れた、と。」
終業式の日に起こった事を二人に話したら鶯夏に簡潔にまとめられてしまった。⋯色々思うところはあるけど。
「でもこれで良かったんじゃない?清夜」
と続ける鶯夏にえっ?と反応を返すと更に続ける。
「だって付き合って半年以上経ってるのに未だに学校にその事隠してるし、そのせいなのでしょうけど呼び方もずっと苗字、挙句の果てに彼女の秘密をこっそり暴くという暴挙に出る始末!」
そこで大きく息を吸い込んだかと思うと、両手で床を叩いて
「則之内くん、ヘタレよね!チキンよね!ヘタレチキンよね!!清夜より酷いんじゃないの!?」
と、
「やめて!彼の事を悪く言わないで!」
そんなつもりはー声を荒らげるつもりも⋯泣くつもりも⋯無かったのに。
「いやいや、清夜ちゃんも一緒に軽ーくディスられてるよ?⋯そんな事よりやっぱり清夜ちゃん、則之内くんの事好きだね〜♪」
なんて朱羽が楽しげに入ってくる。
「そんな⋯こと⋯。あんな⋯ひと⋯。」
「いい、清夜ちゃん?人は興味のない人に対してはそんなに反応しないんだよ?その究極が無視って事になるのかなあ?」
鶯夏が続く。
「そうつまりあたしからの彼への暴言を許せなかった清夜はまだ彼の事が好きなんだよ。」
⋯そんな事知ってる。誰でもない私の心だから、私の感情だから。
「それで、どうしてそんな大好きな彼にさよならって言っちゃったの?」
珍しく真面目なトーンで朱羽が問いかけてくる。
「それは、その⋯あの時はあの成績の順位を見られたって知って恥ずかしかったし、こっそり見に行った彼に少し怒りが込み上げたのも事実だし、でも方法はともかく気にかけてくれてるんだって少し嬉しく感じたり⋯」
「つまり?」
鶯夏が結論を促してくる。
「つまり、その⋯色々な感情が綯い交ぜになって、そのまま頭が真っ白になって、勢いで、つい⋯」
「なるほどね〜、そして帰り道だったせいで無意識に"さようなら"という言葉が選択されたんだね〜」
「要するに、その"さようなら"は別れを切り出すものではなく、また明日的な意味合いだったと?」
あの時はほんとに何も考えられなかったからー
「たぶん、そうだとおもぅ。」
やっぱり自分でもよく分からないせいで、言葉が尻すぼみになってしまう。
でもでも、と朱羽が思い出したように口を開く。
「清夜ちゃん、順位落としたって言っても五十位以内には入ってたんだよね?」
「う、うん」
四十二位、それが学年末テストでの私の順位だった。
確かに周りから見れば悪くはないと思うけど、元々二十位以内に居たのだから、二十位以上順位を落とせばやはりショックはあるわけで⋯
「贅沢な悩みだよね〜、わたしなんか百八十位くらいに入ってれば御の字なのに〜」
少し拗ねたように朱羽が言えば、
「天は二物を与えず⋯そんなの嘘だ⋯」
鶯夏は若干暗黒モードに入っていた。
この状態の鶯夏は相手すると色々大変なので、聞かなかった事にした。
ちなみに鶯夏は常に百位前後の成績を維持しており、学年二百四十人の百位だから決して悪くはないと思うけど、本人は納得していないらしい。
そういうところで妥協しない辺り私達は似てるかもしれない。
それからは三人で他愛のない話をして過ごした。
「じゃあ進級したら頑張ってね、則之内くんのこと♡」
ご丁寧に両手でハートマークを作って応援してくれる朱羽。
同級生のはずなのに、こういう仕草が良く似合うのはなんでだろう?
仮に私が人前でやったら引かれるに違いないし、鶯夏がやったらたぶんその場が凍りつくんじゃないかな?
なんて思いつつ朱羽に返す。
「ありがとう、二人に色々聞いてもらえて頑張れる気がしてる。」
「楽しみにしてるわ」
と鶯夏からのエールも受け取って二人を見送る。
春の澄んだ空に映える夕日も応援してくれてる⋯そんな気がした。
「僕はどうすれば良かったと思う?」
と僕は電話の向こうの相手⋯都理々恩に尋ねる。
都理々恩は笑いながら
「知らねえ、そんなの。お前の問題だろ?」
僕は終業式の日に起こったことを都理々恩に相談していた。そしたらこの返しである、あんまりだ⋯。
「まあ、やっちまったもんはしょうがねぇ。」
そんで、と都理々恩が続ける。
「過去と他人は変えられねぇ。お前のやらかした事も、斉院ノ木もな。」
斉院ノ木⋯、その名前を聞いて少し心が痛む。
「けどまあ、未来は変えられる」
「⋯都理々恩」
柄にもなく友人の言葉に感動してしまった。
「かもしれない。」
さっきの感動を返せと言いたい。
「未来を変えられるかどうかは、央翔、お前次第って事だ。」
「僕次第⋯」
しばしの沈黙のあと、電話越しに少し元気を取り戻した調子のありがとう!を聞いて俺は通話を終えた。
「その元気がから元気でない事と、一人で空回りしない事を祈るぜ、ダチ公。」
そう言って都理々恩は再びスマホを持ち上げ⋯ゲームを始めたのだった。
そして始業式の日、進級して最初に気になるのはやはり新しいクラスだろう。
そしてそれは僕も例外ではなく、自分の名前を探す。
えーっと⋯⋯⋯⋯⋯あった!
自分の名前を見つけたら、次は誰が同じクラスなのかが気になる。
そしてこれからの一年を共に過ごす級友の中に都理々恩の名前が無い事に僅かに気落ちしつつ、それでも僕の頬は結構緩んでいたに違いない⋯今年も斉院ノ木と同じクラスになれたのだから。
⋯ただ、今年は朱鷺さんと緑谷さんも一緒なのが楽しみ半分不安半分といったところだろうか。
⋯ちなみに都理々恩は同じクラスにはなれなかったものの隣のクラスだった。
始業式の日からがっつり授業はなく、昼過ぎには下校していた。僕は何となく、いつも待ち合わせていた場所で斉院ノ木を待ってみたが結局彼女は現れなかった。
もしかすると朱鷺さん、緑谷さんと仲良し三人組で下校したのかもしれない。
もう少し待てば来るかもしれない。そんな思いに後ろ髪を引かれつつ、結局僕は一人で帰ったのだった。
ーそんな僕を見ている三人の存在に全く気付くことなく。
週末、今日も私の部屋には二人が遊びに来ていた。
その二人とはもちろん朱羽と鶯夏のこと。
「良かったよね〜さ〜やちゃん!♪」
いつもの三倍明るい口調で朱羽が抱きついてくる。
「なっ、何がよ!?」
朱羽の言わんとする事に気付かないほど鈍くは無いつもりだけど、恥ずかしさから誤魔化す。
「あら、照れなくていいじゃない。」
鶯夏も乗っかってくる。
二対一になって勝てた事は未だかつて無い⋯私は観念して正直な思いを口にする。
「うん。正直に言えば嬉しかったよ。」
始業式の帰り道、鶯夏の提案でいつも待ち合わせていた場所に行ってみたのだ。
するとそこには則之内くんが居て、たぶん三十分以上は私の事を待っててくれたと思う。
わがままを言えば、私が来るまで待ってて欲しかったというのはあるけど、春休み前にあんな別れ方をしたのだからそれは高望みしすぎだと自分でも思うから。
だから、あの時はあれで十分だった。
「それじゃ、則之内くんの気持ちもだいたい分かったところで仲直り作戦の計画を始めよっか〜。プロジェクト名S(則之内くん)S(清夜ちゃん)N(仲直り)大作戦!」
「朱羽、張り切ってるところ悪いけど、その作戦名はどうかと思うわ⋯」
そう返す鶯夏は、まさにいたずら好きの子に付き合わされる親のようだった。
かくして朱羽命名SSN大作戦が実行される事になった。
SSN大作戦立案から二日後、作戦実行当日の放課後。
顛末を見届けくれると信じていた友人二人は用事があるからと早々に帰って行った⋯。
いつもの待ち合わせ場所、そこに則之内くんは居た。居てくれた⋯!
あとは仲直りする勇気を出すだけ⋯!
決意を新たに則之内くんのもとへ向かう。と則之内くんがこちらに背を向け歩き出す。
あっ、と思った時には勝手に走っていた。
こちらの足音が聞こえたのか⋯立ち止まり振り返る彼、そして⋯
「さ、斉院⋯ノ⋯木」
私の姿を見て目を泳がせる則之内くん、たぶん心のどこかで来ないと思っていた相手が現れたせいで動揺してるのかもしれない。
向かい合ったまま沈黙の時が過ぎる。やがて
「「あの!」」
あの日と同じように二人の声が重なった。
「ごめんなさい!」
「えっ?」
突然頭を下げて謝る私に目を丸くする則之内くん。
「いや、ゴメンってそれはこっちの⋯」
「いいの!聞いて!」
「あの日⋯終業式の日に私が言った言葉⋯覚えてる?」
「あっ、うん。"さようなら"って」
「たぶん、というかほぼ間違いなくその一言で貴方に誤解を与えてしまったと思うの。だからごめんなさい!」
と再度頭を下げて謝る。
「いきなり謝られても何を許せばいいのか分からないし、そもそも謝るような事をしてしまったのはこっちっていうか⋯僕の方こそゴメン!」
まだ頭を下げたままの私に則之内くんも頭を下げるから、傍から見たらすごく滑稽な絵になってるような気がして思わず笑い出してしまったけど、ほぼ同じタイミングで彼も笑い出していた。
もしかしたら同じ事を考えていたのかも。
ひとしきり笑いあったあと、近くのベンチに腰掛けてからあの日の弁解をする。
「⋯それで色んな感情が綯い交ぜになっちゃって、あの一言を絞り出すので精一杯だったの。」
「そうだったのか、僕はてっきりあれで嫌われたとばかり。」
「さっきも話した通り確かに嫌な気持ちにはなったよ?」
「うっ」
「嫌な気持ちにはなったけど⋯でも嫌いにはならなかった⋯ううん、なれなかった⋯のかな?」
私がそういった途端彼が勢いよく立ち上がって私の正面に立った。
「斉院ノ木!」
「はいっ!?」
思いがけない勢いに、思わず起立する私。
「僕とまた⋯ぃゃ、僕と付き合ってください!」
そうやって勢いよく頭を下げる。
「⋯こちらこそよろしくお願いします。」
私がそう返すと心底安堵した表情を浮かべる彼。
あの日から少し時間が経ち、暖かな四月の空も私達の新たな出発を祝うように晴れ渡っていた。
「ただし二つ条件があります。」
そう告げた途端彼の表情が一気に強ばる。
「そ、その条件とは⋯?」
大仰に生唾まで飲み込む彼に一つ目の条件を提示する。
「今後隠れて、人の秘密とか隠し事を探ろうとしないこと!」
「はいっ!」
「もう一つ、今後彼女の事は名前で呼ぶ事⋯。」
虚を突かれてぽかんとする彼の意思を確認する。
「分かった?央翔くん?」
いきなり名前で呼ばれた彼は更にぽかんとして、
「さ、、さ、さや⋯の⋯き?」
「斉院ノ木じゃなくて、清夜だよ、央翔くん♪」
自分から仕掛けておいてなんだけどいきなり名前で呼ぶと顔から火が出そうだった。
「ああ、うん。その⋯さ、清夜」
「うん!」
ようやく名前で呼んでくれた彼にとびきりの笑顔で応えたその時だった。
背後からさ〜やちゃ〜んと聞き覚えのある声がしたのは。
「あ、朱羽!鶯夏!」
そこにはとっくに帰ったはずの友人達の姿があった。
「二人ともどうして?帰ったんじゃなかったの?」
それから二人から帰ったフリして実は一部始終バッチリ見られていたことを告げられた。
曰く、見守(見)られてると意識してしまったら肝心ところで失敗するかもしれないから。とあえて二人になるよう仕向けたということらしかった。
(結局こっちが知らなかっだけで最初からここには四人居たってこと⋯。)
「なんにせよ、無事に仲直りできて良かったよ〜!」
何故か四人の中で一番感激しているらしい朱羽がその小さな身体で力一杯抱きついてくる。
プロレス技みたいになっててちょっと苦しいから早く離れてほしい⋯。
でも、そんな苦しさも気にならないほど今の私は満ち足りていた。
「⋯やっぱり痛い、はーなーれーて〜!」
二度目の告白をして⋯それを受け入れてくれて、その直後物陰から現れた二人の彼女の友人と戯れる彼女ー清夜を見ながらほんとに良かったと思う僕だった。
「それと、ねぇ央翔くん。」
いつの間にか僕の横に居た清夜が話しかけてくる。
「これからは学校にいる時もこの関係隠さなくていいよね?」
一瞬の逡巡ののち僕は答えた。
「そうだね、そうしよう。」
ちなみにさきの逡巡は、(既に僕らの仲を知る都理々恩除く)他の男子の嫉妬が恐い事に由来する。
けどまあ、なるようになれだ!と開き直って頷いたのだった。
こうして僕たちは学校でも関係を隠すことなく過ごすようになった。案の定清夜を狙っていた男子たちからはもれなく突き刺すような視線がプレゼントされたわけだけど⋯。
だけどきっと、彼女が隣に居てくれるならこれからもっと楽しくなる!どこか確信めいたその思いと共に改めて彼女を、清夜を見つめたのだった。
4月末大型連休前の学校行事、そう運動会である。昔は秋頃にやっていたそうだけど温暖化で暑すぎるという事で春先に実施する学校が増えたとか⋯いやいや、4月も十分暑いよ!
日頃運動の習慣がない僕はお天道様の下で立っているだけでぶっ倒れそうだった。
「大丈夫か〜?央翔〜?」
自分でも多分大丈夫な顔はしていないと思っていたところへ都理々恩が声を掛けてくる。
「多分大丈夫、けど競技に出たらしぬかも⋯。」
「人はそれを大丈夫とは言わないと思うぜ。ちょっと待ってろ。」
そう言い残して都理々恩が立ち上がってから数分後、僕は救護所に居た。
ぶっ倒れていた。
どうやら既に軽い熱中症になっていたらしい。
最も僕が居なくなったところで0.25人分くらいの戦力ダウンにしかならないと思うけど⋯。
とりあえず横になろうとしたその時、隣から聞き覚えのある声がした。
「あれ〜則之内くん?」
声の主は朱鷺さんだった。
朱鷺さんがどうしてここに居るのか、その疑問を口にする前にこれまた聞き覚えのある声が先に答えを教えてくれた。
「朱羽は入場行進中に倒れたのよ、⋯熱中症で。」
「えへへー、いやぁまさか開会式にも出れないなんて思わなかったよ〜。」
当人は事も無げにヘラヘラ宣うが、熱中症で倒れるとこまでいくと相当にヤバいのでは?と心配していると先に答えを教えてくれた声―緑谷さんがやれやれと言わんばかりに首を振って教えてくれた。
「朱羽は極度の運動嫌いでね。熱中症っていうのも嘘じゃないんだけど至って軽度なもの。そこに運動アレルギーとでも言うのか運動会への拒否反応が出て⋯」
緑谷さんがそこまで言った時、当事者が少し拗ねたように抗議した。
「運動キラいじゃないよ〜」
「どういう事なの?」
二人の矛盾に困惑するしかない僕に緑谷さんが説明してくれる。
「あー、朱羽はね自分のペースで体を動かすのは好きなんだけど、そこに団体とかルールとかが加わると⋯なんと言うかダメなのよ。」
なんだそれ、どっかの学会とかで発表したら新しい何かが発見されかねない程度の衝撃を僕は受けたのだった。
そしてふと気になったことを緑谷さんに確認する。
「開会式さえ不参加の朱鷺さんがここに居るのは分かったけど、緑谷さんはどうしてここに?」
「あら、救護係が救護所に居て悪いかしら?」
滅多に見ない彼女のイタズラっぽい表情に、僕は納得したとばかりに無言で首を縦に振るのだった。
結局、今年の運動会は開会式だけが出場種目になって終わってしまった。もちろん予めクラスで決めていた競技には出る予定だったけど、最初に出場する競技が始まる前にあえなく救護所行きになってしまった次第である。
片付けも終え、何となく運動会の熱気が残るグラウンドを後に帰宅の途に就く。
あれ以来隠れて待ち合わせることなく堂々と(?)校内から清夜と一緒に帰るようになっていた。
(堂々と言いきれないのは、未だ清夜ファンクラブ(仮)の面々の視線が痛いからだ!)
「運動会楽しかったねー!」
スッキリした表情でそういう彼女に熱中症でダウンしていた僕は曖昧な返答しかできず
「まぁ、そうだね⋯。」
と返すのがやっとだった。
そんな僕の態度に感じるものがあったのか、少し落ち着いたトーンで何かあったの?と心配してくれる清夜。
僕は熱中症になって不完全燃焼だっただけで、大したことじゃないよ。と返した。
「そっか⋯」
少し落ち込んだトーンでそうつぶいやた清夜が今度は急にあっ!と声をあげた。
「もしかして救護所に朱羽居た!?」
「あぁ、朱鷺さんは入場行進中にダウンしたって」
その後救護所で三人で話したことをかいつまんで説明した。
「やっぱりか⋯朱羽はちっとも成長しないなぁ、そういうとこ」
少し複雑な表情を見せながら清夜が続ける。
「昔からなんだよね、朱羽の運動会アレルギー。体を動かすのは好きなのに、そこにルールとかが絡むと拒絶反応みたいなのが出ちゃって。」
彼女の表情から昔何かあったであろうことは想像できたが、僕にはそこに踏み込む勇気がなかった。⋯何となく踏み込んじゃダメな気もした。
何となく気まずい雰囲気の中、先に切り出したのは清夜だった。
「でも央翔くんが大丈夫で良かったよ。」
「都理々恩が顔色悪いって気付いてくれてさ、自分でもちょっと変かなーとは思ってたんだけど。やっぱり持つべきは良く気が利く親友だよね。」
私が気付いてたらゴニョニョ、と清夜が小声で呟いた言葉と心なしか顔が赤く見えたことが気になったが、今なんて言ったの?と問い合せたところ、なんでもない!という声と力の入っていない鳩尾への正拳突きが返ってきた。
そんな運動会から数日後、大型連休の真っ只中。
僕と清夜、朱鷺さんに緑谷さん、更に珍しく都理々恩。今日はこの五人で街に繰り出していた。
⋯のだが、全員が揃うやいなや僕と朱鷺さんの二人と清夜と緑谷さん、都理々恩の三人に別れての別行動になってしまった。⋯なんなんだいったい⋯。
そしてなぜ僕と朱鷺さんが二人きりになっているのか。
正直朱鷺さんの事はほとんど知らないからどう接すればいいのやら⋯。
「あはは、運動会不参加組で取り残されちゃったね〜。」
その言い回しはどうかと思うけど反論できないのが悲しい。
「とりあえず行く宛てもないし、その辺でお茶とかする?あっ、それともなんか食べる?」
言われて時間を確認するとまだ10時を回ったところだったので、まだ食事はいいかな?と返して近くの喫茶店に入ったのだった。
喫茶店に入って僕はブラックコーヒー、朱鷺さんは僕にはよく分からないすごく甘そうな飲み物を注文していた。
(全くダメというわけじゃないけど、どちらかといえば甘いものが苦手な僕は見てるだけで胸焼けしそうだった。)
特に話題もないので、何となく運動会の事を振り返る。
「運動会、さすがにもう少し出たかったなぁ」
⋯何せまともに参加したプログラムは開会式だけだったし。と続けると向かいに座る朱鷺さんから笑う声が聞こえてきた。
「それを言われるとわたしの立場がないよ〜。」
いつものように明るい表情でそんな返しがきた。
そういえば⋯と
「朱鷺さん、運動会アレルギーってアレなんなの?救護所で緑谷さんが言ってたし、あの日の帰り道清夜も言ってたんけど。」
「その場にいた鶯夏ちゃんはともかく、清夜ちゃんまでひどいな〜。」
「いや、言いたくないならそれでいいんだけど。」
「言いたくないというか、すごく暗い話になっちゃうけど、それでもいいなら聞いてくれる?」
発せられる言葉が一文字ごとに重くなっていく。
彼女は話したくないとは言わず、むしろ聞いてくるかとこちらに問うてきた。
おそらく彼女の中に渦巻く何かを吐き出したい気持ちがあるのかも。と僕は静かに頷いた。
少し明るい表情に戻ってありがとう。と言った朱鷺さんの表情はすぐに先の暗い表情に戻っていた。
そして彼女は語り始めた⋯自分の過去を。
「わたしね、昔から運動が好きで幼稚園にいた時もお遊戯会とか運動会が好きだったの。それは小学生になってからも変わらなかったんだ⋯四年生くらいまでは。」
そこまで言って、一度飲み物を口にする。
「五年生になった時の運動会で、チームで力を合わせてやる競技があったんだけど、わたしが足を引っ張っちゃって⋯。」
「運動好きな朱鷺さんが足を引っ張る?」
思わず口を挟んでしまった僕に朱鷺さんは力無く首を横に振った。
「運動能力的な面で、じゃなくて、周りと協調できなかったんだよ⋯。もちろん四年生までの運動会でもそういう競技はあったけど、そういうのとも違っててね。」
何回も練習したけど、結局ダメだった。とその時のすごく悲しそうな朱鷺さんを僕は多分忘れられないと思った。
「それからかな⋯。ちょっとずつイジメにあうようになったのは⋯。」
イジメ⋯その単語を聞いた時僕は絶句した。物理的にも開いた口が塞がってなかったと思う。いつもの朗らかな朱鷺さんからは縁遠そうな言葉だった。
朱鷺さんが足を引っ張ってしまった事に加え、当時の運動会チームは前評判では大楽勝だったにも関わらず、結果は敗戦。
敗戦そのものはやっぱりチーム全体の責任だと思うけど、その矢面に立たされたのが、朱鷺さんということだった。
運動会での失敗とそれに起因する(僕から見れば理不尽な)イジメ。
これが未だに朱鷺さんが運動会に出られない理由だった。
「ぁははは⋯ごめんね、変な空気になっちゃった。」
無理に笑って場を和ませようとする彼女の目は溢れんばかりの涙を湛えていた。
暗い話と言うからもっと正直もっとヤバいのを想像してたけど、多分朱鷺さんが意図的に掻い摘んで話した事で思ったより⋯あくまで覚悟していたより僕へのダメージは小さく済んだ。
そしてそんな端折った話の中でも分かったことがあった。
「朱鷺さん、さっき練習してたって言ってたけど、ひとりで?」
僕は懐から取り出したハンカチを朱鷺さんに渡しながら聞いた。
「うん、協調性の問題だからホントはひとりじゃダメって分かってたんだけど、これ以上チームに迷惑かけないようにって、ない頭を雑巾みたいに絞りに絞って方法を考えて実践してはまた考えて⋯そんな繰り返しだったよ。」
「チームの他の人は朱鷺さんが練習してたの知ってたの?」
「学校で練習してる時に何人かには見られてると思うけど、運動会ギリギリまでは練習は基本家でやってたからそんなに大勢じゃないと思う。」
「それでも多分でも、朱鷺さんが練習してるのを知ってる人はいたんだね?」
そうだね⋯。と返す彼女を見つめながら、僕の中には怒りが渦巻いていた。
当時を知らない部外者だ、もう終わった事だ。周りからはそう言われるだろう。
だけど人の努力を見て見ぬふりをして、結果が伴わなければ、それを口実にイジメを始める。
そんな連中を許す気になれなかった。
「⋯もういいんだよ、則之内くん。」
その声にハッと我に返ると、今まで見たことのない静かな笑みを浮かべる朱鷺さんが目の前にいた。
「⋯良いわけがあるもんか⋯自分がダメだと受け入れて、それでも努力してた人を⋯挙句の果てにイジメて⋯。」
いつの間にか僕の方が朱鷺さんよりボロボロ泣いていた。それくらい悔しいと思った。
「ありがとう、則之内くん。こんなわたしの為に怒ってくれて、悔しいと思ってくれて。」
⋯そこまで露骨に表情に出ていただろうか?
「昔の事だけど、それを認めてくれる人が居てくれて、それだけでわたしは今、救われたんだよ。」
そう言って渡していたハンカチを返してくれる朱鷺さん。
けど、受け取ったハンカチはしっかりと濡れていたので僕はもう一枚ハンカチを取り出して目を拭った。
「あはははは、ハンカチ二枚持ってるって、則之内くん女子力高〜い!」
完全にからかわれているが、目の前のいつもの⋯いや、今までよりも眩しい朱鷺さんの笑顔に何も返せない僕なのだった。
それからしばらく他愛のない話をしていると、清夜から連絡が来た。
「向こうの用事も終わったみたいだから合流しようってさ。」
「おーけー、おーけー、それじゃ行こっか!♪」
その後は五人で昼食を取り、あてもなく散策して⋯あっという間に夕方になっていた。
「じゃあね〜清夜ちゃん、央翔くん♪」
「ちょっ、朱羽、央翔くんって!?」
唐突な朱鷺さんからの名前呼びに清夜が激しく動揺していた。いや、まあ僕もそうなんだけど。
「言っとくけど央翔は私のだからね!」
そう言って腕に抱きついてくる清夜。
「ちょっと、清夜さん?キャラ変わってない?いきなり呼び捨てになってるし。」
さっきから良くも悪くも心臓に悪い⋯。
「それだとあたしだけ仲間はずれみたいだな⋯」
と急に何事か考え出す緑谷さん⋯まさか⋯
「よし、あたしも今から君のことを央翔くんと呼ばせてもらおう」
不敵な笑みを浮かべてそう言った。
「なんだよ、ずいぶんモテモテじゃねぇの、央翔。」
「助けてくれよ、都理々恩。」
ニヤニヤと笑う親友に助けを求めると、
「それじゃあ俺は今後則之内くんと呼ばせてもらおう!」
「都理々恩ー!」
西日に照らされ朱く染まる街並みに僕たちの笑い声が溶け込んでいった。
清夜と二人きりになった帰り道、清夜が切り出す。
「二組に別れたあと、何があったの?」
「何がって?」
「ほら、別れ際に急に朱羽が央翔のこと名前で呼んだじゃない?」
「あぁ、そのこと。大した事ないよ。ただ例の運動会アレルギーについて話してくれてさ。」
「ふぅーん、そうなんだ。」
「清夜は知ってたんじゃないの?」
「ううん、詳しい事は聞いた事ないよ。小学生の時にちょっとした事があった。ってくらい。」
「そっか。それじゃあ朱鷺さんもあれでようやく吹っ切れたって事なのかな?」
「それにしたっていきなり名前呼びなんて絶対他にも何かあったでしょ!」
なんにもないよ。そう返しつつ月夜を見上げる。思いがけず朱鷺さんの過去を知る事になった一日が終わっていったのだった。
休日というのは、みんなで出かけようと、家でゴロゴロしていようと異常な速さで無常に時間が過ぎていく。
つまりみんなでワイワイ出かけてから早一ヶ月ほどが経ち梅雨の時季になっていた。もちろん本日も雨天でここ最近だけでも三日くらい降り続いているんじゃないだろうか。
窓に打ち付ける雨を眺めながら小さく溜め息を零すと背後から脳天にチョップを食らった。全然力は入ってないから痛くはないんだけど。
僕は振り向くことなく背後の人物に声をかける。
「なんだよ、都理々恩?」
満面のいたずらっ子スマイルを浮かべた親友が僕の前に回り込んでくる。
「なんだよって、そりゃあそんな不景気そうに溜め息ついてるやつを見つけたらちょっかい出さないと失礼だろ?」
「普通にちょっかい出す方が失礼だろ⋯。」
「それは失礼、ひろ⋯則之内くん。」
「ちょっと待って、なんで言い直したの今?」
いやぁ、一か月前の事を思い出してついでにからかっておこうかと。などと宣うそれはさておき。
「それでわざわざなんの用なの?」
都理々恩は交友関係が広いので、学校にいる時にわざわざ向こうから話しかけてくるのは珍しかったりする。
「いや、央翔あと一ヶ月くらいで一個老けるじゃん?」
⋯嫌な言い回しだった。
そう七月七日、七夕にあたるその日こそ、僕の誕生日だった。
「そうだけど唐突にどうしたの?」
「俺たちも高校二年だ、去年は何も無かったし、来年は受験に向けて色々慌ただしくなってる⋯たぶん。」
多分かよ。と内心で突っ込んでおく。
「だから今年のうちに色々思い出作りしようぜ!って事でその一環としてまずお前の誕生日会をって訳だ!」
訳だ!と堂々と言い放たれても唐突すぎて反応に困る。
「あっ、ちなみにプランニング バイ 朱鷺さんな。」
なるほど、朱鷺さんの差し金か、彼女の名前が出ると無条件に納得してしまうのはなぜだろう?
「けど、朱鷺さん立案て事はつまり⋯」
と僕が全て言い終える前に都理々恩は
「おうとも、参加者は朱鷺さん、緑谷さん、斉院ノ木さん、それに俺と主役の予定だ!」
察しのいい親友はキラいだよ⋯。
「というわけで主役が居なきゃ始まんねぇからちゃんと予定空けとけよ!詳細は後で連絡すっから⋯あっ場所は俺ん家でほぼ決まりって事だけは今言えるわ。」
何度か遊びに行った事があるが、漫画の中でしか見た事ないような豪邸だったぞ、紀松家、いや紀松邸と呼ぶ方が相応しいか?
なんだか今年の誕生日はとんでもない事になりそうだった。
けれど誕生日の前に戦わなくてはならない事がある。
何を隠そう一学期の中間試験である。
そして既に六月に入っている今、残された時間は僅かしかないのだ。
とりあえず去年よりいい成績を残せるように頑張らないとな。
―数日後
中間試験という戦闘期間を無事に乗り切って(成績が良くなったとは言ってない。)机に突っ伏する僕がそこに居た。
採点の早い先生の科目はたぶん誕生日会より前に返却されるだろうけど、全てが揃うのはおそらく誕生日会より後だろう。
「ひーろーとーく〜ん!」
テスト明けだというのに疲れを知らない明るい声が聞こえてきた。
「もう紀松くんから聞いてると思うけど、誕生日会来るよね?」
「誕生日会は行くつもりだけど、とりあえず校内では苗字で呼んでもらえるとありがたいかな?」
「どうして?」
不思議そうに可愛らしく首を傾げる朱鷺さんだが、そんなにかわいい問題ではない。
校内彼女にしたいランキング(出処不明)では、朱鷺さんと緑谷さん、それに清夜の三人は常にその十位以内に挙がっていると以前都理々恩から聞いた事がある。
言い換えれば、美少女十傑に入る存在の方たちとも言えるわけで僕はそのうちの一人の彼氏なのだ。
その上、彼女以外から名前呼びとなると、ファンクラブの一部が暴徒となりかねない。
学校卒業の前に人生卒業の危機に陥りかねないのだ!
できるだけ天寿をまっとうしたい志向なので余計な火種は可能な限り無くしておくに限る。
「じゃあ、周りに人が居ない時なら別にいいよね?」
そう言われると折れない訳にはいかないのだった。
「ひーろーとーく〜ん!」
と再び名前で呼ばれた⋯今度は緑谷さんに。
「絶対さっきの朱鷺さんとのやり取り聞いてたでしょ?」
「さぁ、朱羽と何か話してたの?」
「いや、さっきからそこの物陰に居たのは気付いてたからね!?」
「バレちゃってたなら仕方ないかあ⋯。」
と残念そうな口調の割りに楽しげな表情で言葉と感情が噛み合ってないように見える。
時に頼れるお姉さんであり、時に今回の様ないたずらっ子になったり⋯やっぱりこの人のキャラが一番掴みにくいな、と改めて認識したのだった。
かくして僕の誕生日会の日がやってきた。
自分の誕生日会なのに人の家に呼ばれるのもなんか新鮮な気がしないでもないけど、たぶん細かい事は気にしたら負けだから気にせず紀松邸にお邪魔する。
⋯もっとも主役に御足労おかけする訳にはいかないと都理々恩のお父さんが迎えに来てくれたのだけど。
僕はよくある主役が最後にやってきて部屋に入るやいなや既に集まったみんなが"おめでとー!"とか言いつつクラッカーを鳴らす展開でもあるのだろうかと実は内心ワクワクしていたのだが、部屋に入ると誰も居なかった⋯都理々恩さえも⋯。
部屋まで案内してくれた都理々恩父に事情を聞こうにも既に去っており、全く状況が理解できない。
仕方なくその辺の椅子に腰掛けた瞬間、僕が入って来た扉とは違う扉から本日ご参集の4人が勢いよくクラッカーを鳴らしながら飛び出してきた!
「うわぁ!」
予想だにしない登場の仕方に普通に驚く僕。
「誕生日おめでとう、親友!」
その都理々恩の一言を皮切りに、仲良し三人組の女子たちもお祝いの言葉をくれる。
「おめでとう、央翔!」
「おめでとう、ひろとくん!」
「おめでとう⋯少年!」
ちょっと待って、最後の一人はなぜ僕を少年と言ったのか?同級生だしそもそも呼ぶ前に一瞬間があったような⋯。
ホントに緑谷さんはどこに向かっているのか不明だ⋯。
そしてご飯を食べ、ケーキを食べ、プレゼントを貰い一通り誕生日らしい事を終えた僕らは⋯なぜかかくれんぼに興じていた。
もちろん言い出したのは朱鷺さんで、広い紀松邸ならすごいスケールのかくれんぼができそうだよねっ!
という一言から今に至り、(今日の)主役特権という事で僕はありがたく鬼の役を拝命していた。⋯何かおかしな感じがしないでもないけど⋯まぁいっか!
百まで数えてからもういーかい?と定番の呼び掛けをするが誰からも返事が返ってこなかった。
冷静に考えれば、まだ隠れ場所を見つけられていない時の"まだだよ。"は分かるけど、隠れ場所を確保しながらその場から"もういいよ"と発声するのは自分はここに居ると言わんばかりの行動であり、わざわざ相手に自分の居場所を発信する行動は確かに賢いとは思えないな⋯。
人はきっとこうして純真な子どもの気持ちを失っていくんだろうな、などと脱線しかけた思考を現実に戻し返事が無いということはみんな隠れ終えたのだと判断して紀松邸の散策を開始する。
なお今回のかくれんぼのルールとして、範囲は屋内のみで一階から二階までという事は事前に取り決めていた。
(ちなみに紀松邸は三階建てである。)
「さてさて、どっから探したものかな⋯」
一応行動は開始してみたもののこうも広いと隠れられる場所なんて幾らでもありそうで、みんながどういう場所を選んで隠れているのかなんて検討もつかない。
開始早々に僕は、逆にあえて探さず心配になって出てきたところを捕まえる作戦も思い付いたけど⋯これは最終手段だな、うん。
そんな事を考えながら長い廊下を歩いていると⋯
「⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
「緑谷さん見っけ。」
壁に背を預ける格好で廊下に緑谷さんが立っていた。
「見つかってしまったか⋯この隠れ方では少年には簡単すぎたかな?」
いや、純粋にかくれんぼを楽しめる年頃であったとしてもこれに気付かない方がかえってすごいよ⋯。
「せっかくの豪邸なので廊下に飾ってある置物のようになっておけば早々に見つかる事はないだろうと踏んだのだが⋯。」
そう言って考え込むふりをする事二、三秒。
「まあ正直に暴露すると暗いところが少し苦手なのよ。」
考え込むふりだとしても、もう少しこっちの反応を受けてから切り替えて欲しい⋯こっちが対応に困るから。
「へぇ、初めて知ったよ。」
「初めて言ったからね、あなt⋯少年には。」
一瞬素に戻りかけたよな今⋯
「まあ、あれよ子どもの頃のちょっとしたトラウマよ。」
最後にそれだけ言うと緑谷さんは見つかった人用の待機場所(会をやっていた部屋)へと歩いていった。
暗がりが苦手になるような子どもの頃のトラウマか⋯。
その言葉が何となく気になったけど、ともあれまず一人緑谷さんを見つけたのだった。
それからしばらく一階と二階を行ったり来たりしていると絶賛爆走中の朱鷺さんが居た。
「⋯あっ」
「⋯朱鷺さん見っけ。」
「あちゃー、やっぱかくれんぼはじっとしてないとダメだね〜。」
照れくさそうにあははと笑う朱鷺さん。
「なんで走ってたの?」
「この家広くて面白いから隠れ場所を変えながら探検してたんだよ♪」
人様の家を堂々と探検できるその胆力を少しだけ羨ましいと思った。
「さぁて、あと半分か⋯。」
とはいえ残りの二人は(少なくとも勉強がそれなりにできるという意味では)頭のいい相手である。
既に見つけた二人には悪いけど、格が違う。
「いざ!」
そう意気込んで探すこと一時間半⋯
「ダメだ⋯全然見つからない。」
既に一階も二階も探せる所はくまなく探したハズだけど⋯。
僕はポッケからスマホを取り出し連絡を入れる。
これも最初に取り決めた事で鬼がギブアップの場合、その旨を連絡する事で終わりにするというものだった。
連絡を入れてしばらくすると、都理々恩と清夜が部屋に戻ってきた。
「へっへっへっ〜、俺たちの勝ちだな!」
「全く二人はどこに隠れてたんだよ?」
「俺か?俺はずっとトイレの個室に隠れてたぜ!」
「わっ私もトイレに⋯。」
「ちょっと〜清夜さ〜ん?」
「ごめん!どこに隠れようか迷ってる時に紀松君がトイレに入っていくのを見て私も⋯。」
「そりゃ見つけられないわ!百歩譲って都理々恩の男子トイレならともかく、僕が女子トイレに入れる訳ないだろ!?」
「本当にごめんなさい!」
「いや、まあ遊びだし良いんだけど、もし次があるならもうちょっとちゃんとルール整備してからにしよう⋯。」
二時間近く動き回った身体的疲労を遥かに上回る精神的疲労をドッと感じながら、それでも楽しかった僕の誕生日会はお開きとなったのだった。
―その帰り道
「今日はホントにごめんね?」
「えっ?あぁ、かくれんぼの事?別にいいよ。」
あれはあれで楽しかったし。と付け加えると、
「そのお詫びっていうわけでもないんだけど、はい、これ。」
そう言って清夜の右手と一緒に包装紙に包まれた小さな箱が差し出された。
一瞬キョトンとして確認する。
「何?この箱?」
もし誕生日プレゼントだとしたら、昼間にみんなと一緒に貰ったんだけど⋯。
「うーんと、ね。こっちが本命の誕生日プレゼント♪」
誕生日プレゼントに本命とかあったのか⋯初めて知った。
困惑する僕を置き去りに清夜が説明してくれる。
「ほら、連休の時みんなで出かけたじゃない?」
あぁ、そんな事もしたね。などと相槌を打つ。
実際は集まってすぐに2組に別れたから、あの時聞いた朱鷺さんの昔話の方が印象が強い。
「紀松くんにも付き合ってもらって央翔の好きそうなものを選んでたのよ。」
なるほど。
そこで僕はちょっとした疑問を清夜にぶつけてみた。
「都理々恩は男子の意見が聞けるから分かるとして、朱鷺さんと緑谷さんは逆でもよかったのでは?」
クスクス笑いながら、清夜は単純明快な答えを返してくれた。
「朱羽がプレゼント選び隊に入ってたらサプライズじゃなくなっちゃうから。」
なるほど。
「今日までざっくり2ヶ月もあったのにあの朱羽が黙ってられると思う?」
なるほど。
あれ?さっきからなるほどしか思ってないような⋯
まぁいいか!
差し出されたままの右手からプレゼントを受け取り、(自分の中では最高の)笑顔を浮かべて一言だけ添えた。
「ありがとう!」
「どういたしまして♪」
清夜も最高の笑顔でそう返してくれたのだった。
⋯ちなみにプレゼントは
こんな拙文にお付き合いいただきありがとうございます。
次にいいネタがあれば、できる限りの準備をして書きたいと思います。もちろんできればこの作品の続きも書きたいと思います。




