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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

優等生なあの子は腹黒系VTuber

作者: kopfkino.

 突然ですが、私、吾妻橋あづまばしかなでには好きな人がいます。

 それが霜鳥しもとり美波みなみさん……同じクラスの優等生で女の子なんです。

 しっかり者なだけでなく誰にでも優しい事から、男女問わずみんなに好かれている人気者です。

 とても平凡な高校生女子にとっては、ただでさえ同性という壁がある上にとてもハードルが高い恋です。


 しかし、今年は彼女と同じ学級委員に立候補することで、話す機会を作れました。

 女子の割合が少し多いクラスでとても運が良かったです。

 今日も放課後にお手伝いをしてもらっています。


「あの、吾妻橋さん」

「はい。どうしましたか?」

「ちょっと用事があってね。悪いんだけど、お先に失礼していいかな?」


 霜鳥さんからの初めてのお願い……嘘を吐いている様子もなく、申し訳なく思っている心境がありありと伝わってきます。

 それだけで少しドキドキしてしまいそうになるのは、今までで一番距離が近いから。

 霜鳥さんの顔をじっくり見ても変に思われませんし、残業の対価には充分すぎます。

 今日はラッキーです。


「もちろん。霜鳥さんにはいつも助かっています。お疲れ様です」

「ありがとう! また明日ね」

「はい。また明日」


 霜鳥さんに頼まれちゃったし、頑張るぞー!

 と、張り切ったはいいものの、残り頼まれた仕事は職員室の印刷機に紙を入れる事と更衣室の換気だけでした。


 ささっと終わらせようとしたのですが、更衣室の中に落とし物を見つけます。

 よく見れば、家庭科の授業で刺繍したハンカチ……昨日の授業で霜鳥さんが縫っていた柄に似ていますが、まだ完成していません。


 生徒用の鍵付きロッカーは開きそうにありませんし、霜鳥さんの机にこっそり入れても怖がらせてしまうかもしれません。

 盗んでなくても、そう勘違いされる事はよくあるそうですし、他の人ならまだしも霜鳥さんに勘違いされたくありません。

 落とし物として届けるにしても、明日にも家庭科の授業はありますし、名前が書いていない以上、直接届けられるようにしないといけません。


「あっ、家庭科の先生に届ければいいんですね!」


 まだ残っているのか定かではありませんが、職員室よりも先に近かった家庭科室へと向かいました。

 残念ながら、家庭科室には既に鍵がかかっており入れない状態で、ノックをしても反応がない事から諦めます。

 職員室へと向かおうとすると、家庭科準備室の方からガタッと何かが倒れる音が聴こえました。

 あれ? 誰かが使っているんでしょうか……。


 もしかしたら先生が残って準備をしているのでは、という希望を抱き少し悪い気がしながらも聞き耳を立てると中から声が聞こえてきます。


「しんどっ、死にてぇ」


 中から聞こえた声は、聞き覚えのある……というよりもついさっき聞いていたものです。

 気付けば扉を開けてしまいました。

 中にはスマホを取り付ける三脚に机に置かれたパソコン……まるで撮影をしているような環境を見て私は言葉を失います。


「吾妻橋さん、何でここに……」

「先生を探して……霜鳥さんこそ、何をしているんですか?」

「うん。ちょっとやる事があって……って、タイミングからして聞かれていたよね。取り繕う必要ないか」

「えっ」

「急いでハンカチは忘れるし鍵は閉め忘れるし、アンラッキーすぎ……取り敢えず鍵閉めてこっち来て」


 有無を言わせぬ迫力に従って、私はガチャリと準備室の鍵を閉めました。

 狭い部屋に二人きり……そんなドキドキも意識できないくらい、霜鳥さんの普段見せない言葉遣いとギャップに驚きが隠せません。


「簡単に説明するけど、私ネットで有名人……言う事訊かないと酷い事になるからね」

「居てもいいんですか?」

「帰ったらあらゆる手を使ってネットに晒す! 脅されてんのわかってる?」


 私は小さく頷くが、あまり脅されている実感は湧かない。

 多少この場に軟禁される形になるのかもしれませんが、霜鳥さんが一緒なら何も怖くないからです。


「今ね、配信準備してんの」

「配信?」

「……バーチャルライバーってのやってるから」


 その言葉には聞き覚えがある。よくクラスの男子達の間で話題になっているものですね。

 私は見た事ないのですが、二次元の絵を被って配信するんでしたっけ。

 霜鳥さんはそのままで充分可愛らしいのに、そんなもので隠す必要あるんでしょうか……懐疑的です。

 しかし、それよりも疑問点は多いです。


「えっと、何故こんな場所で?」

「配信予定時間に間に合わないからこうして我慢してんの!」

「ひっ! ごめんなさい」

「あっ……私こそ大声出してごめん。配信しながら縫おうと思っていたハンカチ忘れて苛立ってて……それも後ね。暇なら道具はあるんだし刺繍でもしていたら?」


 明らかに急いでいる中で質問してしまった私にも非はあると思いますし、霜鳥さんの返答……いつもと違うギャップにドキッとしてしまいます。

 こんな状況で私にやることを探してくれたことも、やっぱり霜鳥さんが優しい性格の持ち主だからですね。予定があったのに学級委員もギリギリまでしっかりと熟して、やっぱり霜鳥さんは凄いです!

 それはそうと、ハンカチというワードを聞いて私はポケットに入れていたものを取り出します。


「あっ、これ更衣室に落とし物……」

「何だよ、ナイス! 使えんじゃん、吾妻橋……って呼びにくいからもう奏って呼ぶね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「奏、反応が中々面白い……ってもう遅刻してるし急がなきゃ」


 そう言いながら霜鳥さんがパソコンを弄ると、画面にコメント欄と可愛い女の子のイラストが写りました。

 霜鳥さんとは似つかわしくない、お嬢様っぽい衣装に凛々しい顔ですが、とてもイラストが私の好みでした。二次元も侮れない事を見せつけられた気がします。


「じゃあ配信開始するから」

「はい」

「声出したら、手元が狂って大体一万人近くに奏の顔、晒されるかもしれないから。まあ事故なら仕方ないよね」


 どうも霜鳥さんが使っているハイテク技術は私の理解できる範疇にないので、大人しく頷き霜鳥さんの顔を見ながら手元は刺繍の練習に打ち込みます。


「こんにちはー、遅刻してごめんな? Mistreamer所属、腹黒系バーチャルライバーの皆歳みなとしみもりだよ……今日は諸事情で小声になるけど、気にしないでよ?」


 腹黒系……とは何でしょうか。わかりませんが、きっとそういう設定なんでしょう。

 所属と言っていたMistreamerのロゴは配信画面にも映っており、霧がかかったものでした。

 MistとStreamerを合わせた造語みたいです。

 皆歳みもりという名前が霜鳥さんの名前のアナグラムであることは容易にわかりました。

 ふふん、もし以前から知っていても、私は気が付いていましたね。

 何故か内なる自身が芽生えてきました。


 それにしても、驚くべきは霜鳥さんの手元……なんと、パソコンを見てコメントを拾いながらすいすいと手際良く縫っていきます。

 私は手元を見ながら丁寧にやっているつもりですが、早く丁寧な霜鳥さんの技には叶いそうもありません……気が付けば、私は手を止めていました。

 こんな事している場合じゃないんです!


 色々霜鳥さんの配信は凝っている事が伺えますが、ちょっとキャラに似合わない言葉遣いが気になります。

 今の霜鳥さんの素? は、とても可愛いのですが、ライバーとしてはいいんでしょうか……などと少し心配になりコメントを覗くと、杞憂にも絶賛されていました。


 私は日常の霜鳥さんのギャップに、視聴者は皆歳みもりのイラストとのギャップに打ちひしがれています。

 それは共感しやすく、段々と私も内心で視聴者のコメントと同じように思うことが多くなりました。

 がんばえー! みもりん!


「いつもより優しいね? 私はいつもみんなに優しいだろ」


 その威圧ある視線は、明らかに私に向いているみたいなんですが、みんなに言っているんですよね? あれれ、おかしいな……?


 もしかして、私がいることで何かをセーブしているという事でしょうか。

 既に衝撃的ですが、コメントを見るにいつもはもっと過激な言葉を使うようです。

 みもりんの邪魔になっているなんて……許せません! って私だよ! 私!

 つい霜鳥さんに対する感情とみもりんに対する感情が混ざってしまったようです。

 取り敢えず、すぐにそのコメントを指差しながら、にこりと笑って見せました。


「え~っと名前呼んで欲しいって? でも豚だなんて自覚があるの~? 私は思ってないけど、自覚されちゃったら仕方ないね。豚ァ!」


 すると、私のジェスチャーが伝わったのか、一気にテンションが上がり饒舌になっていきます。

 それにしても、私気が付いちゃいました。

 みもりんが腹黒系という設定を付けていましたが、本音がダダ洩れているだけです。

 霜鳥さんは優しくも腹黒い裏の面を持っていたということですね。

 フフフ、霜鳥さんの新たな魅了をまた一つ知ってしまいました。


「――――? それはちょっと……痛っ」


 平然と放送禁止用語を読んでしまった事にも驚きましたが、霜鳥さんは動揺したらしく針が指に刺さって少し出血していました。


 それだけでなく、乱雑に繋がれた配線に霜鳥さんの足が引っかかり、三脚が倒れようとしています。

 私は何とか支えようとスマホを掴むも、固定されていた訳でなく乗せていただけみたいで三脚の方は倒れてしまいました。

 幸い、布が重なったところに倒れたので大きな音は出ず、スマホは私が手に持っているため配信は問題なく続けられています。


 だからこそ、コメント欄にはみもりんの「痛い」に反応して心配する声が沢山流れていますが、配信環境への心配はされていません。

 一安心しつつ、私はスマホを持っていない腕の方でポケットから絆創膏を取り出しました。

 器用じゃない私が刺繍の針を恐れて携帯していたものです。

 霜鳥さんは手を伸ばして受け取ってくれました……ちょっと指が触れたことでスマホを持っていた腕が緩んでしまいましたが、何とか支え切ります。今度は両手でしっかりと固定です。


「……っとと! カメラ持っていた片腕が疲れちゃって、手が滑りそうになっただけだから心配しないでね」


 突然の事でしたが、霜鳥さんは明らかな嘘を吐きながら誤魔化しています。

 しかし、私はその言葉に含まれる意味に気が付きました。

 きっと私がこのままカメラ係をしてほしいと言っているんでしょう。

 そのまま私は霜鳥さんと目が合わせながら至福の時間が始まりましたが、霜鳥さんは何故か気まずそうな顔を度々見せてきます。

 また変なコメントは流れたんでしょうか……放送禁止用語ダメ! 絶対!


「じゃあ今日はここまで! みんなありがとう。また会おうね! 配信切ります」


 そのまま数分経って、配信はやっと終わりました。

 霜鳥さんがパソコンを弄って配信を閉じた事を確認した後、私からスマホを受け取り撮影用のアプリも閉じたようだ。


「霜鳥さん、お疲れ――」


 私が声をかけようとした瞬間、霜鳥さんは倒れた三脚の横……布の重なった場所に私を押し倒しました。


「幻滅したよね」

「いえっ! むしろ好きな子の意外な一面が知れて嬉しかったです! ……あっ」

「はっ? 私の事好きだったわけ? へぇ、女の子が好きなんだ」


 あわあわわっ……急激にドキドキが高まって、つい告白をしてしまいました!

 これは幻滅返しです……幻滅されてしまいました。


「……はい」

「……私も実はさ、やっぱり言わない」


 ん? んん? んんん~~っ?

 何かを匂わせる一言を私は聞き逃しませんでした。


「え、何? 何を言いかけたんですかぁ!?」

「うるさ。誰にでも簡単に秘密をバラす訳ないでしょ。それだけ」

「それってつまり?」

「そ れ だ け」

「えぇ〜」


 もう答えているじゃないですか~。

 私は今大変ニコニコです! にやけ面が隠せそうにありません。

 霜鳥さんはそれを見て意地悪を言っているに違いありません。

 素直じゃないんですから~。


「そうだ、バーチャルライバー始めて登録者100万になったら付き合ったげる」

「片想いで我慢します」

「即答! 逃げるな!」

「逃げてないですよ! 無理だし怖いです!」


 いえいえ、そんな無理難題は本気でムリです。

 流石霜鳥さん、元々高かったハードルが更に上がってしまいました。


「誰が一人でって言ったのよ。始めるなら私も手伝うから、始めるって言え」

「ひんっ」


 しかし、私に選択肢はないようです。

 その後、何度も説得されて……霜鳥さんが豊満な胸を私の顔に押し付けてきたところから段々と記憶が薄れていきました。

 結果としてわかることは、この日……私は何ともみっともない理由でバーチャルライバーを始める事に同意してしまった事でした。


 ううっ、ハニートラップに負けてバーチャルライバーになるとは情けない。


 それから、本当に私をバーチャルライバーとして活動させるための指南を受ける事になりました。

 最初は断りたかったのですが、相手が霜鳥さんとあっては私もほいほいと付いて行ってしまう訳です。


 気付けば外堀を埋められ、イラストが上がり、環境が整い、私たちの両片想いなバーチャルライバーライフが始まっていました。


 な、何故こんな事にっ!?


 しかし、この頃の私はまだ幸せな方だという事を後に知ることになります。

 約束通り霜鳥さんはコラボしてくれますけど、いつも一緒でギリギリな場所を攻めてきます。ついでにスキンシップもギリギリです……ヤバいです。


 いつの間にか私はドM系Vとして爆発的に急上昇し、登録者90万人を突破するのでした。


 これにはなんとも不名誉です……私はマゾヒストじゃないのに、一体どうして……。

 でも、弱音を吐くと美波ちゃんが慰めてくれるので、私はすぐ前向きに考えます。


 美波ちゃんと付き合うために後10万、頑張るぞー!



 〈了〉

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