6.銀色の幸福
「アナテマ、行きましょう!」
「………ああ」
翌日。マントを羽織ったアナテマの手を取り、スラムの表にある街へと移動していく。
食べ歩きをしよう、と言い出したのには理由がある。
1つ目は、顔を知られており街に行きたくても行くことが出来ないアナテマの望みを叶えるため。
2つ目は、お家デートも良いが外でもデートがしたかったから。
3つ目は、今のようにどさくさに紛れて手を握ることが出来る!!!ということだ。
お家ならぬ住処と呼んだ方がいい場所で、アナテマと過ごす日々はもちろんとてつもなく幸福である。しかしアナテマは近づかれると警戒する猫のようになんとも可愛く、話がズレたつまりは全然触らせて貰えないのだ。
食事を受け取ったらさっと離れていく。学校の寮まで送ってくれる時も1歩先を歩いている。
アナテマは、ソフィアの性癖─── 幼少期に愛されず不安定な生活を送ったせいで犯罪者になったが色々な面での無知さが目立つ成人済み男性精神幼女、にガッチリピッタシ一致している。
ようするに、恋愛やらそちらの方面に関する知識が、心配になるほど欠落しているのだ。ソフィアの言う『好き』を、きちんと認識できていない。
アナテマはソフィアに親近感を抱いているとはいえ、恋愛感情というものがどういうものなのか知らない。何をするのかも知らない。よって一切手を出しては来ない。
───つまりはソフィアが手を出せばいいのだ。そういうことである。
「人が多いので、はぐれないようにしましょう」
「わかった」
「アナテマ、何か食べたいものはありますか?あのいちご飴とか美味しいですよ」
「お前が食べたいものにすればいい、俺は別にない」
「なら、いろいろ食べたいですし、分け合いっこしませんか?私今まで家族にあまり食事とか貰えなくて、すぐお腹いっぱいになってしまうんです」
「…………ああ、わかった」
より一層アナテマからの憐憫の視線が強まる。興奮する。
実際に食事を貰えていなかったのは真実であるが、ソフィアの食べる量は平均的だ。しかしアナテマはソフィアくらいの少女がどれくらい食べるのか知らないだろう。よって分け合いっこに成功だ。間接キスの期待大。推しとそんなこと出来るなんて貢がせてください。
「いちご飴食べましょう、アナテマ!」
パリパリと外側を噛み砕く音、控えめに溢れる甘酸っぱい果実の味。アナテマはベリー系が好みだと思われる。暗い紫色の瞳が、じっといちご飴を見つめている。
今までこういった甘味を食べてこなかったのだろう。ソフィアが2個食べた後の残りの3個を、味わうようにしてゆっくりと食べていく。
ソフィアはと言うと、アナテマがいちご飴をパリパリと食べる姿と繋がれたままの手に全神経を集中させていた。
繋がれた手。アナテマは迷子にならないためという建前を信じきって、というかそれ以外に何の理由があるのか?と思っているので、とくに何も言ってこない。可愛すぎる。
血管の浮き出ている手の甲。ざらざらしていて、あちこち傷だらけ。少しひんやりとしている。力加減を知らないままぎゅっと握りこんでくる大きな手に、ソフィアは興奮で鼻血が出そう。何杯でもご飯が食べられそうだ。
「アナテマ、ぶらぶら歩いて食べたいものあったら食べましょう」
「そうだな」
するりと恋人繋ぎにしてみたが、一瞬怪訝そうにしただけで何も言わない。心底癖に刺さる。無知って可愛いね。
店や露店を冷やかしたり、焼き鳥をがぶりと食べる時に可愛いお口が開いてその奥にある犬歯の鋭さを見たり、亀の形をしたメロンパンをおそるおそる食べるアナテマの瞳をガン見したりしてすごすうちに、あまりにも素敵で、素晴らしい一日が終わってしまった。
ちなみに、おそろいのものを買ってしまった。
前世の私知らない間に神様助けでもした?徳を積みに積みまくったのかな。
ブレスレットだとアナテマは邪魔に思うだろう、など考えた結果アンクレットにした。左足に着けると幸運、右足に着けると不幸を呼び寄せる話を聞いたことがあるような──完全に嘘ですけれども、そう言って左足に着けてもらった。
左足に着けることでパートナーがいるのだと所有欲を表すとか、そういう意図では無い。別に既成事実を作ろうなんて考えてない。じっくりどろどろに愛して私以外見れないように、なんて、うん、感情には出さないので考えるのは自由だよねって思います。
「今日は楽しかったですか?」
「………まあ、それなりにな」
「よかったです!また行きましょうね、アナテマ!」
「送ってく」
無意識なのだろう、僅かに、やわらかに微笑んでソフィアを見たあと、くるりと背中を向けて歩き始めた。尊すぎて死ねそう。
「アナテマ、明日も来ますね!」
「お前の天恵は強いけど、でも危ないからもうやめとけ、もう来るなよ」
「私、ずっとアナテマと一緒にいたいですよ!」
「人の話聞いてたか、まったく」
「もちろんアナテマの言った事は一言一句全て覚えてますよ!」
「それはそれでやめろ」
呆れたような顔。心底愛しい。
───ああ、会えてよかった。
地味令嬢として自分の天恵にすら気づかず、誰にも覚えられないまま、一人で死んでいたかもしれない。そんな人生なんて、アナテマと会えなかった人生なんて、考えるだけで地獄だ。
「いつも送ってくれてありがとうございます!アナテマ、大好きです!」
「はやく帰れ、もう暗いだろ」
「はい!また明日、おやすみなさい!」
「……ああ、おやすみ」
今日という日を、私はきっと、一生忘れない。
あまりにも幸福な一日。生きる理由のなかったソフィアへと急激に与えられていく、眩い日々の思い出。
足首でアンクレットが、月の光で銀色に煌めいた。