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2.推し

 走馬灯のように前世を見たが、ソフィア・トランダフィールは全てを思い出した訳では無い。



 それなりの頭の良さでそれなりの進路を歩んで生きたこと。本をたくさん読んでいたこと。買いたい車を決めていたこと。近くにある和菓子屋のどら焼きをよく食べていたこと。最期は道路に飛び出した猫を庇ったこと───。

 日常の欠片を、断片的に手に入れただけであった。


 家族や友人といった存在は思い出せなかった。ソフィアのように人への興味が無かったのか、それとも単に思い出せないだけなのか。



 思い出せない部分はもちろんのこと、ぼんやりとしている部分も多くある。────しかし、一つだけ妙にハッキリと覚えていることがあった。そう、それは……



 幼少期に愛されず不安定な生活を送ったせいで犯罪者になったが色々な面での無知さが目立つ成人済み男性精神幼女が好き。



 ───つまりは性癖。



 ソフィアは自分の性癖だけはハッキリと覚えていた。そして、その性癖を獲得する元となったのは、ソフィアを脅し金を要求してきた男、アナテマである。

 アナテマがどんな作品に、どんな役として登場したのかは思い出せない。

 されどそれも些細なこと。性癖ドンピシャ、尊いがすぎる推しが目の前で生きているのだ。


 前世で私は知らないうちに徳を積んだのだろう、と思いながらソフィアは目を開く。


 そして網膜に焼き付いた。

 アナテマが、鼻血を出して倒れてしまったソフィアを、放っておくことも起こすことも出来ずに、少し離れた場所からじっと見ている姿が。




 また、鼻血が出てきそうになるのを何とかこらえた。


 ーーーーー


「起きたのか」


「はいっはじめまして…!」


「あー、その、なんだ………病気でも、死のうと思わない方がいいんじゃないか……………………おい、ほら、見逃してやるからもう帰れ」


 鼻血を出して倒れたのを、どうやらアナテマは病気だと勘違いしたらしい。そしてそんなソフィアから金を取るのは抵抗感があるのか、しっしっと追い払うような仕草をした。

 尊い。


「病気じゃなくて……その、あなたが好きです」


「………はあ?」


「また、会いに来てもいいですか」


「や、は??いや、何言ってんだ、それは……絶対違う!あのな、後で正気に戻るから……やめとけ、帰れ、もうこんなとこ来るな」


「また明日も来ていいですか!」


「は!?人の話聞け!」


 怒っている顔も可愛すぎる。


 全てがストライクショット。ソフィアはアナテマの全身を舐め回すように盗み見る。

 目付きの鋭い暗い紫色の瞳、不機嫌な雰囲気、ボロボロで土のような色になっている服、ひょろりとした血管の浮かぶ腕、パサついた藍色の髪が彼の今までの苦労を映し出している。

 尊すぎである。


 しかも言葉の拙さと精神の未熟さが窺える子供っぽい行動。

 凶悪な顔をしている男が精神は幼い、一見矛盾のような、その背徳的で身悶えするような素晴らしさ。



「好きです…!!」


 思わず心の声が漏れてしまった。

 アナテマはそんなソフィアを警戒した顔で眺めている。


 十数秒後、はっ、とアナテマが閃いた顔に変わった。

 可愛い。可愛すぎて抱きしめて連れ帰って幸せにしたい────という思いは心の中で留めておくことにする。絶対に、早まったことはしない。確実に、確実に行動するべきだ。



 そしてどうやら、目の前のこいつは強盗しなかったなんてちっぽけな優しさすら貰っていないのか、とアナテマは思ったらしい。


「うるさい、近くまでは送ってやるから、だまってろ」


 そう言ってソフィアの手を引っ張り立ち上がらせた。ずんずんと進んでいく一方で、ソフィアが離され気味になると速度を落とす。おそらく無意識だろう。

 一種のリマ症候群、ではないかとソフィアは思う。傍から見れば被害者側であるソフィアと、少しの時間とはいえ話し、同情し、向けられたことの無い好意を与えられた。

 その結果として、アナテマはソフィアに親近感を抱くようになったのではないか、と。



 それを利用するのは悪いことだろうか。

 言葉では拒絶していても、心の底から拒絶しているようには見えない。少なからず嬉しいと思う気持ちがあるものの、しかしそれを表に出すわけにはいかないという過去があるように見える。



 目の合わないアナテマの横顔をじっと見つめる。

 ああ、可愛い。尊すぎて大優勝だ。

 白ご飯何杯でも食べられる。



 ーーーーー



「本当にまた来たのか………物好きなやつだな」


「尊さの擬人化っっっ!!」


「何言ってるんだ…」



 路地裏でうずくまっていたアナテマは、力なく追い払うような仕草をした。その可愛さに胸が張り裂けそうになる。

 どうやらご飯が食べられていないのだろう。昨日は夜遅かったのでよく見えなかったが、今は衰弱しているのが分かる。


「好きです!可愛い!」


「意味わからない……もうあっち行け、あれだけ散々くるなって言ったろ、ここにいたらいつか死体になるぞ」


「握手させていただいても…?」


「脳の回路おかしいのか!」


 元気がない状態のまま叫ぶアナテマに、にこにこと笑いかける。

 ソフィアに対してアナテマは、意味わからんやつという常識が通じない面での忌避感は持ってはいるものの、力の面では圧倒的有利と思っているのか逃げ出しはしない。

 尊いなあ、尊すぎて自分が産んだような気さえしてきた。



「アナテマ、ご飯一緒に食べましょう?」


「は?いや、俺お金…ないし、はやく帰れって言ってるんだ!それに俺名前言ってないのにどうやって知ったんだ」


「お金は大丈夫です。資金源作りました。ご馳走させてくださいっ!」


 その言葉に、すっ、と彼の顔から困惑が消えて嘲笑が現れる。ひひひ、と自嘲しながらアナテマは首を傾けた。


「…………結局それか。何が目的だ?だれを呪って欲しいんだ、なんの仕事だ」


「アナテマが私と同じものを食べているところを見たいです!!!食べる時のお口と手が見たいです!!!欲を言えば食べ終わった後に口元ぺろりって舐めるところがッッ見たい!!!」


 ぽかん、という顔をしたあとアナテマはぽつりと言った。


「…………こわ」




 その後、久しぶりの食事だったのかソフィアを警戒しつつもガツガツと食べ、食べ終わったあと渋々といった感じで、ぺろりと口元を舐めた。


 当然、ソフィアが鼻血を出したのは言うまでもない。

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