第23話 決意①
そして何事もなかったかのように翌日になった。
その朝の教室。
美月は、前日の屋上での出来事などなかったと言わんばかり。普段と変わりない落ち着いた様子。そしてその俺と美月の昼食会が気にかかっている悠馬たちと一緒に、机を囲む。
開口一番、悠馬とユキが聞いてきた。
「どうだった、二人だけのお弁当は? 美月さんや晴人の様子を見るに、失敗じゃなかったようなんで聞いてるんだが……」
「バッチしだって、たぶん。仲直りして、キスくらいした……っしょ?」
二人とも、最後の方がなんだか不安気な抑揚だ。
昨日の昼以降、美月は俺に対して特別な態度をとってこない。俺も、取り立てて慌てたり反省したり美月に愛想を振りまいたりはしていない。でも、昨昼の出来事は俺にとって天地がひっくり返るような事態で……。挫けていた俺が、思いっきり美月に頬を張られた様な衝撃で……
一晩寝ないで学園に出てきたのだ。
昨晩は頭を整理し思考しながら心も整えた。徹夜明けだが眠気は全くない。視界も頭脳もクリア。自分のなすべきことが完全にわかっている状態だと思う。
美月を見る。平然、泰然、示寂、自信。
悠馬に目をやる。俺、聞いてよかったんだよな? という俺に対する問いかけ。
ユキ。不安そうに俺を見ている。まずいこと聞いちゃったかー? あちゃー失敗しちゃったかも、てへぺろっ、という面持ち。
俺は三人を見てから昨晩考えていたことを打ち明けた。
「十一月下旬にある彩雲祭の企画で、ファッションショーをやろうと思い立ったんだ」
美月は少し嬉しそうな笑みを漏らす。悠馬とユキは顔を見合わせた。
「晴人、制服とかファッションとかは苦手だったはずだが……」
「いきなりね? ダイジョブ? その……ココロ……とか?」
悠馬とユキの疑問に、俺は、はっきりと答える。
「その『心』の為にやるんだ。荒療治だけど、トラウマを完全に克服してもう一度歩き出したいと思ったんだ」
「それならいい。その……なんでファッションショーとやらにたどり着いたのかはわからないが、晴人がやりたいってなら応援したいぞ」
「昨日、ミツキンとなにかあった? ミツキン、制服着てるっしょ。そのカンレン?」
すると、今まで黙っていた美月が喜ばしいという声を挟んできた。
「晴人の折れた脚と心、少しは癒えたんだって思ってもいいかしら?」
「どうだろう? でも、美月の荒療治のおかげで、歩き出してみようって気になったんだ」
「私のおかげで……とまでは自惚れてない。でも、多分私の気持ちは届いたんだって思えるわ」
「そうなんだろうな」
「でも、晴人がその脚で歩き出せるかどうかはやってみないとわからないとも思ってる。晴人の受けた傷は、私が想像してたよりも深かったって思い知らされたから」
「やってみるよ。やってみる価値はあると思う」
そして二人でお互いを見つめて微笑み合う。
昨日、屋上で修羅場を演じた影響など残ってないという風に。
いや、影響はあるのだろう。美月の覚悟とその攻撃。俺の防御とその懊悩。それが火花を散らした後にたどり着いた二人の境地だと思っている。だから俺と美月にしかわからない。悠馬とユキは、俺と美月の会話が理解できない様子で右往左往している。
「ごめん。悠馬。ユキ。後でわかりやすく、話せる範囲で説明するから」
「ならいいんだ。いや、その説明もいらないくらいなんだ。二人が上手くいってくれてるならそれでいい」
「そうよそうよ。カレシカノジョの間には、その二人にしかわからないことってあるから!」
悠馬もユキも笑ってくれた。
そうこうしているうちに予鈴が鳴って生徒たちが席に着き、ホームルームの時間が始まるのだった。