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第21話 勝負④

 瞬間、目の前が真っ白になって場面がフラッシュバックする。


 師匠である神楽のお子さんと一緒に夜通し話しながら制服をデザインしている場面。


 失敗したショー。


 舞台裏で泣きじゃくるその女の子。


 確かに辛くて、忘れ去りたい過去、押しつぶした過去のはずだった。でも、何故か、何故か、その過去が愛おしいと思えた。


 とても愛おしくて懐かしくて、壊れないように大切にそっと抱きしめたい宝物の様に思えた。


 それが、俺の心の奥底に残っている灯りだと気づく。


 美月を見る。


 俺の様子に構うことなく、今まさにナイフを制服に突き刺そうとしている瞬間。


 俺は考える前に口にしていた。


「まって……くれっ!」


 美月のナイフを持っている手がピクリと震える。


「なに?」


 美月は俺を見ることもなく、一言発する。


「その制服を切るのは……やめて……欲しい」


 今度は美月が俺を見た。疑問だという様子で俺に問いかけてくる。


「この制服が嫌いなんでしょう。見たくなくてこの世から消し去りたいんでしょう。全部なかったことにしたいんでしょう?」


「そう……じゃない」


「違うの?」


「そう……だった。さっきまでは」


「……までは?」


「そう……だった。でも違うって……わかった。わかったんだ!」


「どういうこと?」


 美月の口は疑問を呈してはいるが、その真っ直ぐで真剣な漆黒のまなこは、俺に説明を求めていた。だから答える。


「苦しかった。制服を見るのが。苦痛だった。過去の失敗の記憶が。日常を平穏と平凡で埋め尽くせばそれから逃げられる……そう思って今までずっと過ごしてきた。でも……」


「でも?」


 美月が、短く、でも強い調子で続きを促してくる。


「でも逃げられなかった。いつもいつも制服やデザインに怯え、それから目を背けながらも逃れられない。当たり前だ。だって……その制服やデザインは俺の心の奥底に根付いているんだから。自分からは逃げられないんだって、今わかった」


「そう」


 美月が少し表情を和らげてくれる。それに導かれて、俺は吐露を続ける。


「逃げたいと思っていた記憶。無くしたいと思ってた過去。でも、それはとても大切で愛おしい物だったことに……気づいたんだ。仲の良かった女の子と一緒に紡いだ日々と、その結果。失敗したけれど、失敗が重要な事じゃないってわかったんだ!」


 湧き出てくる感情を美月に浴びせ続ける。


 美月に「それがわかる」かどうかはどうでもいい。でも、なんの理由もないけれど、美月になら俺の「気持ち」は伝わると信じられたのだ。だから美月に想いをぶつけることに迷いはかなった。


「後悔してた。デザイナーになったことを。あの子と一緒に制服をデザインしたことを。何もかもが失敗で、ダメで、意味のないことだったって思ってた。でもそうじゃない。そうじゃないんだっていま気づいた! それはちゃんと意味のあることで、自分の歩いてきた道で、自分が生きてきた証で……。だから……」


「だから?」


「俺は、その制服を大切にしたいし、過去を大切にしたいし、失敗すら大切にしたいと、いま思ってる。美月に、それを壊して欲しくないって、いま思ってる」


 ふふっと、美月がその硬かった表情を柔らかく緩めた。

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