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第20話 勝負③

 わからなかった。美月の行動も真意も。なにもかもがわからなかった。


 なんでそんなものをスカートのポケットに忍ばせていたのか?


 ナイフを取り出して一体どうするつもりなのか?


 全てが理解不要だった。


「どう……する……んだ?」


 どうしようもなくて、混乱を口に出した。


 そもそも美月と一緒にお昼ご飯だったはずじゃなかったのか?


 それが今、なんで裸の美月が俺の前でナイフを持っているのか?


 なんでこんな状況に陥っているのか?


 目の前の制服姿がなくなって苦しさが多少和らぎ、今度は強い困惑に支配されつつあった俺に、美月が口端を少しだけ吊り上げてふふっと不敵に笑った。


「どうしようかしら?」


 言ってから美月は、玩具の様にくるくるとナイフを片手でもてあそぶ。のち、美月は地面に落ちている制服一式をまとめて拾う。


 そしてそれに向かってナイフを突きつけた段階で、俺は「え?」っとした嫌な疑念が脳裏を走って美月に尋ねる。


「いったい何をするつもりで……」


 その俺の質問に、美月は何でもないことだという調子で軽く答えてきた。


「切り刻むの」


「切り刻むって……」


「この制服が嫌いなんでしょ?」


「…………」


「ただの布に戻すだけ。全て無かったことに出来るわ」


 言ってから美月が制服に刃先を触れさせる。


 美月が俺を見る。


 目が合った。


 その据えた視線で美月が本気だということがわかった。


 美月は顔を俺から制服に向ける。切っ先を布に掛ける。そこから一気に引き下ろせば、制服に線が入り、服としてはその役割を終える。


 ドクン、と心臓が脈打った。


 壊れてしまう。


 このままでは壊されてしまう。


 何故かはわからなかったが、俺はそれを「怖ろしい」と感じていることを自覚する。


 怖い?


 忌避している?


 制服を壊されることが?


 どうして?


 俺の望み通りなのではないのか?


 美月は全て無かったことに出来ると言った。確かにそうだと思う。俺が自宅で後生大事に捨てられずにとってある制服を美月に目の前で壊してもらえば、諦めもつくというものだ。


 それがいいのかもしれない。なぜ美月がその制服を着てきて、それを壊そうとしているのかはわからないが、俺の事を慮ってくれている行動なのかもしれない。


 ならば、その美月の好意に甘えるのも悪くない。


 自分では壊せない、どうにもできない物を美月がこれから処理してくれるという。僥倖ではないか。美月の優しさなのではないか。


 でも……


 ドクンともう一度、心臓が鳴った。


 それでよいのかという思いを消し去れない。


 このまま自分で決着をつけないで美月に尻拭いをさせて逃げる。


 逃げて。逃げて。今までずっと逃げ回ってきて、その結末がこれでよいのかという、小さな責念の灯りが心の奥底に残っているのがわかった。


 その小さな火が、後悔しないのか、それでよいのか、と俺に囁いている。


 胸が苦しい。


 口の中がにがい。


 悪寒がする。


 汗がどっと噴き出してきた。


 その小さな疑心が――疑念、疑問、不安、焦燥が――一本の筋に収束してゆく。


 見る間にそれは膨れ上がり、俺を押しつぶさんばかりになってゆく。


 その自分の心から湧き出してくる奔流に耐え切れず……


 があああああーっ!!


 気付くと俺は顔を上に向けて叫んでいた。

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