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第10話 美月の家で②

 俺は呆けた様に美月を見つめていた。美月の端麗な顔が俺の下にあって、その美月の手が俺の背に回っていた。


 数秒経って。


「美月、なんでいきなり……」


 俺は我に返って、慌てて美月から離れようとする。それを美月が放すまいとして、俺を抱きしめてくる。


「私の事を受け入れるのが辛そうだったから、強硬策」


 美月は俺の目の前で、完全に全く冗談ではないという調子で言い放ってきた。


「私の身体と服を感じて。冗談や生半可な気持ちでやっているわけじゃないのよ」


 そう言った美月が俺を強く抱きしめてくる。


 その柔らかい女性の肉体と、スレンダーな体形ながら女を主張する胸の膨らみを押し付けられる。


 頭の芯を溶かすような甘い匂いが鼻から脳髄の中に入り込んでくる。


 頭に血が上る。


 身体中を濁流が暴れ始める。


「どう? 『制服美少女』は? 私の事、受け入れられそう?」


 制服からもたらされる苦しさと一般男子としての欲望が、俺の中で戦っていた。


 トラウマと本能のせめぎ合い。どちらが勝つかは俺にもわからない。


 美月がやや拘束を緩めてくれて、腕立て伏せをするような恰好で美月と見つめ合う。


 眼前でブレザー姿の美月が俺を待っている。


 真っ直ぐに俺を見つめてくる、美月のまなこ。


 美月が俺の頬に手を当てて導いてくれる。


 擦れ合う、俺の服と美月の制服。


 俺はそのまま魂を惹かれる様に顔を美月に近づける。


 美月に接近して……


 その吐息の匂いが俺の鼻に届いて……


 もう唇と唇が触れ合う……


  ――と思った瞬間に、視界がフラシュバックした。


 ランウェイで笑いものになる制服の女の子。悔しさに叫ぶ俺。泣きじゃくるその子。場面がコマ送りの様に蘇って、衝撃が脳を一閃する。


 思わず俺は制服姿の美月から離れて顔を手で覆った。


 本能的な欲望が消え去って身体が震え始める。


 背筋に怖気が走る。


 呼吸が乱れる。


 苦しさと気持ち悪さの余り気を失いそうになりながら、なんとか深呼吸を二度、三度。大きく息を吸って吐いて吸って吐いて。乱れた心を落ち着ける。落ち着ける。そうしていると、肺に入ってきた空気が混乱と恐怖を洗い流してくれるように感じる。


 じっとしばらくそのまま。そのまま。そうして息を整えていると、ソファから美月が起き上がってきて声をかけてくれた。


「大丈夫?」


「…………」


「本当に、大丈夫?」


「ああ……。ちょっと昔の事を思い出して……」


 俺は大きく吐息した。


「制服が……。さっきの美月のウォーキングといま美月に近づいたのが昔を思い起こさせて……ちょっときつかった」


「無理はしないで」


「いや、ごめん……」


「……と言ってあげたいところだけど。女の私にも覚悟と気持ちがあるから、ここは男の本能と欲望でガムシャラに押し切って欲しかったというのが本音」


「そう……なのか……?」


「そう。据え膳食わぬは男の恥、よ。私がビッチとかそういうことじゃなくて、晴人には期待してるということ」


 言い終わると、美月はソファで俺をゆっくりと休ませてくれた。


 白湯を出してくれて、俺はそれで身体を温めることができた。


 一時間ほどして落ち着きを取り戻し、「ごめん!」とだけ謝って美月宅を後にした。

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