恭子6
涼子と出会ったのは入学式だった。
私はその日、母共々、大寝坊をしてしまって、教室に着いたときには、みんな入学式が行われる体育館へと移動してしまったあとだった。
誰もいない教室。
ボサボサの髪と、荒い息のまま私は途方に暮れてしまった。
すぐにでも体育館へ行かないといけないのだけれど、自分の席がわからなくて荷物を置くことができない。
今なら、適当に棚の上にでも置いていけば良かったのだとわかる。でもその時は、朝起きた瞬間から続いているパニック状態で、冷静に考えることができなかったのだ。それに、家からずっと走り通しだったので、体育館を探してまた走りださなければならないのが、もう嫌になっていた。
遠くほうで人の声がたくさん聞こえてくる。
この校舎はしんとしていて誰もいないように思えた。
初日から怒られてしまう。
クラスメイトにも呆れられてしまうかもしれない。
このまま帰ってしまおうか。
そんなことを考えているときに、涼子が教室に戻ってきた。
「あれ? まだ教室に残ってたの? もうみんな移動しちゃったよ」
明るい声だった。
メガネをかけていて、皺一つない制服を着ている。
真面目そうな子だと思った。
「あの、私、今きて……」
しどろもどろにそう言うと、涼子は「そうなの?」と驚いて、「大丈夫。まだセーフだよ」と笑った。
お互い簡単に自己紹介をして、それから涼子は私の席を見つけてくれた。
私の席には新入生が胸につける造花のブローチがぽつんと残っていたから、涼子にはすぐにわかったようだった。
教壇の上にあったリストを確認すると、確かにそれが私の席だったので荷物を置いてブローチを手に取る。
涼子は自分の席の引き出しの中から、原稿用紙を取り出していた。
涼子は忘れ物を取りに帰ってきたのだと言った。
「ごめんね私のせいで。急ごう」
私は慌ててそう言った。
遠くに聞こえていた人の声も、今はしない。入学式が始まってしまったのかもしれない。
きっと私がいなければ、涼子はさっと忘れ物を取って戻れたはずだ。
「あ、ちょっと待って」
涼子が私の前に立つ。
ポケットから櫛を出して私の髪を整えて、それからブローチを胸につけてくれた。
「これでよし。行こう。大丈夫、私たちがいないのに入学式は始まらないよ」
私たちはなぜか笑いながら廊下を走った。
散々な一日の始まりだったはずが、なんだかこれから良いことがたくさん起こりそうな予感に変わってしまった。
私たちは体育館を目前にしてぴたりと走るのをやめ、口を閉じた。そしてそれが面白くて吹き出した。
二人で顔を見合わせて頷くと、顔を真剣に保ったまま体育館の中に入った。
めざとく見つけた先生がこちらにやってきて、私一人を無言で新入生の列に並ばせる。
涼子はそのまま前の方へと歩いていってしまった。
私たちを待っていたかのように入学式が始まった。
式の途中、新入生挨拶の段になって、涼子が名前を呼ばれて舞台へと上がっていった。
さっきまであんなにふざけて笑い合っていたのに、今は真面目な顔で、真面目に学校生活への期待や希望を述べていた。
私はすぐに涼子のことが好きになった。