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行方知れずの私  作者: 秋月カナリア
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恭子4

 それは夏休みを目の前にしてのことだった。

 だから、涼子がいなくなったことを知らされたのは、最初のうち、一部の親しい友人だけだった。涼子の家族は学校にも知らせなかったのだ。すぐに見つかれば、穏便に学校へ戻れると考えていたのだと思う。


 私は警察に届けるよう、提案してみたけれど、まだ今のうちは、と言われてしまった。


 きっとすぐに見つかるはず、あの子は真面目だから、ちょっと疲れていつもの場所から離れたくなっただけ、すぐに帰ってくる、危険な目に遭っているはずがない、というようなことを、涼子の家族は言っていた。そう信じていれば、それが真実になるみたいに。


 でも涼子がいなくなったことは、数日後には学校に広まってしまった。彼女は最近目立っていたから無理もない。


 その噂を聞きつけて学校から涼子の家族へ確認があり、家族はそれを認め、警察にも届けられた。


 校内ではさまざまな噂が囁かれていたけれど、幸い悪質なものはなかった。


 涼子は好きな人のところにいるのだろうと、私は思っていた。

 みんなに話すべきか、それとも涼子が自分で戻ってくるのを待つべきか悩んだ。涼子の無事を考えるのなら、今すぐ言うべきだけれど。


 涼子が急にいなくなった理由が知りたかった。それさえわかれば、自分もそれに合わせた行動ができるのに、なぜ涼子はいなくなる前に私に言ってくれなかったのかと、憤りにも似た思いが芽生えた。もしくは反対に、好きな人がいるなんて話を私にしなければ良かったのにとも思った。


 そうやって迷っているうちに、涼子の家族から、近いうちに家に来てもらえないかという話があった。おそらく涼子の行き先について尋ねられるのだろう。前にも一度電話で尋ねられた。そのときは、涼子はすぐに帰ってくるだろうと考えていたので、何も知らないと答えただけだった。

 私のお母さんも心配していたので、何も知らなくても家にお邪魔してあげて、励ましてあげたらどうかと言われてしまった。ここで断れるほど気が強くはない。



 涼子の家には何度も来たことがある。涼子が不在なのに訪れるのは初めてだ。


 家の前には車がとまっていた。涼子のお父さんのもので、通勤に使っているから私が来るときにはとまっていないことが多い。


 ハンカチで汗を拭いてから呼び鈴を鳴らした。すぐに返事が聞こえたので、名前を名乗る。そして重い木戸を押しあけて玄関までの小道を進んでいると玄関が開いた。


 涼子のお母さんが立っていた。


 服も髪も綺麗に整えられている。けれど疲れた顔は隠しきれていない。


「こんにちは」

「今日はごめんなさいね。呼び出しちゃって。どうぞ入って」


 お母さんに招き入れられて家に入った。

 そのまま階段を上る。三階にある涼子の部屋ではなく、二階のリビングへ通された。


 リビングは無人だった。てっきり涼子のお父さんがいると思っていたのに。勧められるままソファに座る。


 キッチンから「冷たいもので良いかしら」と声をかけられたので「どうぞお構いなく」と答えた。

 お構いなく、なんて初めて使ったかもしれない。自然と言えた自分に驚いた。


「コーヒーと紅茶があるのだけれど」

「では、コーヒーで」


 答えてから、紅茶にすれば良かったと思った。コーヒーはブラックでは飲めないからだ。お砂糖とミルクをお願いするのは憚られる。


 足元から控えめな鳴き声が聞こえた。


 いつの間にかテトがいた。私を見上げている。テトは明るい茶色の虎猫で、とても人懐っこい。挨拶をしに来てくれたのだ。目が合うと、小さく鳴きながら前足を私の膝にかけた。テトの首筋を撫でてあげると、ソファの上に移動して、ごろんと横になった。その白いお腹も撫でる。

 テトは家に入ってきた全員に、こうして撫でられるのが好きみたいだ。人見知りもしないと聞いた。猫の中にもここまで人懐っこい子がいることを知らなかった。

 ひとしきり撫でてあげると、ふいにテトはソファから降りて、私に対して鳴き、そして部屋をひと回りするといなくなった。


 そこへ涼子のお母さんが入ってきた。グラスに入ったアイスコーヒーを私の前に置くと、その横にシロップとミルクも添えてくれる。良かった。


「テトがきた?」

「はい」

「あの子、涼子がいなくなってから、家中を探し回ってるみたいなの」

「そうなんですね」


 私の声を聞いて、涼子が一緒なのかもしれないとテトは思ったのだろうか。なんだかやるせない気持ちがした。


 涼子のお母さんは私の対面に座ると、アイスコーヒーを飲んだ。それを見て、私もシロップとミルクを入れて一口飲む。


「涼子さんから連絡は?」


 沈黙に耐えかねて私がそう尋ねると、涼子のお母さんは「ええ」と答えた。視線は下のほうに向けられたままだった。


 涼子に好きな人がいて、その人に会うために夜外出していたということを、本当に私以外知らないのだろうか。

 私だけが知っているとなると、秘密の暴露はしづらくなる。涼子はちょっとしたした家出のつもりだっただけで、何事もなく帰ってきたときのことを考えてしまうだ。


 私がそのことを話してしまったら、もう涼子は自由に外出できなくなるかもしれない。


 でも、もし、涼子は帰ってきたくても、帰ることができない状況だったら。


「お財布とか携帯電話とか、あと洋服とか、部屋に残ってました?」


 そう言ってみると、涼子のお母さんはこちらを見た。


「ええ、いえ、なくなっていました。いつもお休みの日に持ち歩いている鞄も。お洋服はどうかしら、制服は残ってませんでしたけれど」

「涼子さんの部屋を見ても構いませんか?」


 返事を聞かないまま立ち上がってしまった。でも拒否はされないだろうと思っていた。案の定「どうぞ」ということだったので、案内を待たずに涼子の部屋へと階段を上がっていった。


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