喧嘩L
「リアム!なんでそんなに功を焦るんだ!」
彼のやりようはいささか性急すぎた。これでは危険だ。
「はっ、お前にはわからないだろうな。」
彼は吐き捨てるように言った。
「リアム?」
昔は彼と喧嘩をしたこともあった。それは、どっちが早く走れるかとか、どっちの方が重い剣を持てるだとか、そういうくだらないことばかりだった。
「平和なのはいいことだ。俺も積極的に敵を作りたいとは思わない。戦争なんて特にまっぴらごめんだ。だからこそ、こういう武勲を立てる機会を逃すわけにはいかないんだ。
陛下は約束してくれた。今回成功したら一代限りではあるが、爵位を用意すると。」
「君はそういうの…興味なかったんじゃなかったか?」
彼の評価は後からついてきたようなものだ。
元々私利私欲のために強くなりたいと思うような男ではなかった。高潔な義を持ち、ひたむきに鍛錬する少年。だから彼らは仲良くなったはずだった。
彼はキッとローレンスを睨みながら叫んだ。
「生まれながらに貴族のお前にはわからないっ!俺が、俺たちがなんで言われてるか知ってるか?!」
「貴族の子女の噂ばなしのことか?ちょっと恋愛脳がすぎるだけだろう?可愛いものじゃないか。」
どちらがかっこいいかの延長線上でそういう噂をされているというのはなんとなく知っているが、まぁ有名税で収まる範囲だ。やめさせたければ、明日にでも、自分が舞踏会でさっさと妻を確保してきたらいいだけの話だ。
「ちがう!貴族の親父どもの話だ。話題は同じだがな。」
吐き捨てるように彼は言った。それは、ローレンスの耳には入っていなかった。
「俺がお前に足を開くことで、色々と便宜を効かせてもらって出世していると。そうでなければ庶民出身の俺がこんなふうな立場にはないと。
お前が…俺を囲っているようなものだと。」
「なっ!騎士団はそんな簡単なところじゃない!お前の麾下も、団長たちも、みんなわかっている!」
「中の連中はな、でも、朝廷の狸共にはそうは見えないらしい。」
「…下賎だ。」
「俺がそんなことを言われるのは爵位がないからだ。それを実力で勝ち取る。狸共の目にも目に見える武勲で。邪竜の死体が有れば、馬鹿な口も塞げるだろう。」
「君は…」
「確かに、かつての、まだ出世もする前の俺は、価値も正しくわからず、お前にいろんなモノをもらった。お前に施しを受けていたのかもしれねえな。」
「私はただ!友だからっ…!」
以前の黒騎士に金がないのは事実だった。伯爵家という実家のあるローレンスには金がある。ある方が出せばいい。友達だから、プレゼントを渡したり、一緒に美味しい酒を飲んだりしたかっただけだ。しかも、彼はそれに漬け込んで、もっとくれなどと要求してくるようなやつでもなかった。
「友なら!こんな一方的に施されちゃいけなかった!お前も。実は優越感に浸ってたんじゃないか?孤児院出の可哀想な少年とあたかも対等な親友のように振る舞ってやる、"ノブレスオブリージュ"にっ」
ガッッ
頭に血が上り、思わず手が出た。喧嘩で手が出たのなんて、学生時代ぶりだ。
反射で向こうにも殴り返された。本気の一発だった。
2人とも、邪竜討伐のために忙しくしていて、頭が回りきっていなかった部分もあるのだろう。売り言葉に買い言葉で罵った。
「馬鹿馬鹿しいっ!君が、私たちが積み重ねてきた友情より、狸共の馬鹿げた評価を気にするなら好きにしたらいい!!」
「馬鹿げていると思えるのはお前が上から見下げているからだっ!」
「っ勝手にしろ!見損なった!」
それが黒騎士が死ぬ前の、最後の私的な会話となった。