3.次はどうやって顔を合わせるべきか
あの後ジークは、職場である魔術棟の仮眠室へ向かった。家に帰ったら混乱し過ぎていて、出勤を忘れる恐れがある。ここにいたら誰かが声をかけてくれるだろう。
ジークはそもそも忘れていた。なぜ己が、彼に憧れているかを。騎士として強いだけではない。そう、彼はつまるところ"良い人"なのだ。
そんな彼が、爛れた関係のお友達を作るわけもない。ただ、あの頃の彼はあまりに弱り過ぎていて、傷ついてることだし、まあ、彼みたいな善人でもそういうこともあるか!と簡単に思ってしまっていたのだ。確かに、最初の一回は事故だった。
彼はひどく酔っていた。そのことに対して善良な彼は、関係を持った=恋人にしなければなのだろう。
(いや、責任をとるとか女の子じゃないんだから。あれって後継の真偽めんどくさいとかの問題でしょ?子ども出来ないし!)
いや、女じゃないから適当だなんて、それは彼と死別した元恋人との関係への軽視になる。その尊い関係に皆胸を震わせていたのに。
(いや、でも!)
そうも思うが、彼は己などにもきちんと優しいからのその"良い人"で。
だから、こんな訳の分からないことになってしまったのだ。
(ど、どうしよう?)
昨日は、驚きのあまりただ逃げ出してしまった。彼は少し怒っているようだった。それはそうだろう。恋人として扱ってもらったありがたみもこちらは感じてなかったのだから。こちらから今更否定するのも失礼だろうか?
ガチャガチャとドアから音がする。
「おはよう…ってもういたのか?泊まり込み?あれ、でも、昨日お前定時ですぐに帰ってたよな。」
同僚のウィンが研究所に入ってきた。結局一睡もできないまま朝を迎えたようだ。
「あ、ああ。ちょっとね。」
「なんかトラブルなら聞くけど。」
同僚ではあるが、付き合いも長い。私的なことも匿名なら、多少は相談してもいいだろう。
「仕事のことじゃないんだけど、さ。なんか、気づいたら、恋人ができてた…」
「どういうこと?」
「俺はちょっと爛れた関係⭐︎的な感じだと思ってたんだけど、でも、恋人だって言われて…」
「お前、浮気してたのか?!よくそんなことができるな!何処の女だ。そいつも勇気がある。」
「ん…?浮気?」
心外だ。非常に遺憾である。清らかなる自分に向かって、なんだそのスキャンダルは。
「お前、女ともども、ローレンス様に殺されても文句は言えないと思えよ!あんな、素晴らしい人を裏切って。見損なったぜ。」
「え?!」
なぜ彼がローレンスとのことを知っているのだろうか、そして女とは。ジークの知らない人間関係が構築されているのだが。
「わからない、でもない。一生を童○なまま終えるのはどうかと思ったのかもしれない。でも!やっぱり人としてやっちゃいけないことはあると思うぜ?」
何で一生だと決めつけるのか。まだ、未来は諦めていない。そういう意味で魔法使いになるまでまだ十分に時間はあると思っている。
「ましてや前の恋人を亡くしたローレンス様と、二股をかけるなんて、最悪だ。」
ぽんぽんと訳知り顔で肩を叩かれる。
「なんでローレンス様のこと知ってるんだ?」
驚いてウィンを見やる。
「いや結構前に…俺のところにきてさ。ジークの友人?って聞かれた。お前があまり2人の関係を外に話したがってないから、報告されるまで訊かないでやってほし…って、やば!言っちゃった!」
外に話したがっていない。当たり前だ。爛れた関係はこっそりとすべきだ。吹聴したがる方が珍しい。
「知ってるならもう良いよ。その方が話しやすい。勘違いしているようだから言っておくけど、お前が言うところの女はいないし、その、ローレンス様自体が俺が誤解していたその人だ。」
「え?」
ジークは
「ローレンス様とそう言う関係にあったのは本当だ。ただそれを恋人と呼ぶのはローレンス様なりの気遣いというかなんというか…。」
「気遣い?」
「あーもう話せば長いんだよ!」
「いや知るか!」
というか、ローレンスが寂しくて切なさを埋めたくて、シたいのに付き合っていたと思っていた。しかし、途中からは己の勘違いで、恋人になってしまった己が「します?」ときいたから応えてシなくてはと思っていたのかもしれない。
向こうへの気遣いでしていたと思っていたことが、もし、此方への配慮で続けられていたことだとしたら?
(うっっわ、恥ずかしい!俺がただの積極的なやつじゃん!)
羞恥で死ねそうだ。しかし、最中切なげな目をしていたから役に立っていたとは信じたい。
いつも帰り際に次に来る日取りを決めていたから、会う予定もないのが何よりもの救いだ。なんならもう、会いたくない。