第3話:逆恨み
――数日後、冒険者ギルド
「……で、なんでまた呼び出されたのでしょう?」
先日の会議室とは違う、応接室に通されたレオニス。
レオニスはソファーに座りながら、目の前の職員に目を向けた。
「申し訳ありません、先日ギルド職員が口にした件について、お詫びをと……。あのような脅す真似をして、申し訳ありませんでした。ギルドとしてお詫びします」
そう言って頭を下げるギルド職員。
どうやら先日対応したギルド職員よりも上の職員らしい。
丁寧な態度で応対する職員を見ながら、レオニスは一つ溜息を吐いた。
「……そう言われても。自分は別にギルドに対して隔意はありませんし、それにあの職員は辞職したと聞きましたが。まあ、自分が原因というのは否定できませんが」
「ご存じでしたか……。どうやら、相当に心を折られたようで、2日後に辞表が届けられましたよ」
そう言って苦笑する職員。
そこで一旦言葉を区切り、一口紅茶に口を付けてから言葉を続ける。
「しかし、そのような実力を把握出来なければ、職員としての務めを果たす事は出来ませんから、それは問題にすることはありませんので。それ以上に、レオニスさんの実力を鑑みてランクアップや様々な支援をと考えております」
「そうですか……ならば、ギルドからの謝罪については受け入れましょう。そして、これからも変わらぬ関係であることを信頼しています」
そう言うレオニスに対し、職員は少し渋い表情になりながらも頷く。
こう言っては何だが、レオニスの言った言葉は“下手に突かれたくなければ関わるな”という意味である。
ギルド側としては、それだけの実力を隠していたレオニスに対しどうにかして紐付きにしようと考えていた。
だが、「これまでと変わらぬ関係」と言われて予防線を張られたのである。表情が渋くなっても仕方あるまい。
「さて……例のミノタウロスはどうしたので?」
「実は、その件についてもお話ししようかと思っておりました」
どうやらレオニスが聞いてくるのを待っていたらしい職員が、一つの資料を手渡してくる。
それは、素材の鑑定結果と報酬についての試算がされたもの。
「……中々の金額ですね」
「流石にあれだけの巨体とランクですからね……一応、参加していた他の冒険者の話もお聞きして割合を決めております」
そこには、総額として500万ディナル(約500万円程度)の金額が記載されており、それぞれの部位における単価、そして報酬の割合が書かれている。
レオニスが250万ディナルを受け取り、残る250万のうち50万がギルドに、後の200万がジムたちと、それを手伝った冒険者たちに払われるという内容だ。
そして、もしモンスターの部位で必要な部分があれば、報酬金額から差し引きで手に入れることも出来るらしい。
(いきなりこんな金額をもらってもな)
実際、今のランクではまずもらえないような金額が手に入る。
それどころか、一流と言われるようなBランクでも簡単ではない報酬額だろう。
(だからといって、素材がいることもないしな)
レオニスの戦い方からして、大げさな防具は必要ないし、剣も立派なものが手元にある。
「……それにしても、自分がこれほどもらってもいいので?」
「ええ。それはジムさんを筆頭に、その戦いに参加された皆が納得したものですから」
つまりは、ジムたちだけでなく、その前に戦っていた冒険者たちも納得しているものだということだろう。
「……」
しばらく考えていたレオニスだったが、結局その内容で納得することにする。
書類にサインを行い、報酬を確定させるとレオニスは部屋を出ようとする。
だが、そこでストップが掛かった。
「すみませんが、あと一つ」
「……なにか?」
「今回の件を功績として、Eランクへの昇格を認めます。受付で報酬と共に、ランク更新もしてもらってください」
「……分かりました。ありがとうございます」
結局はなんだかんだとランク上げはさせられるのか。
そんな事を思いながら、レオニスは部屋を出て行った。
◆ ◆ ◆
――夜。
「お、先に始めてたぜ!」
そう言って、ジョッキを掲げるジムに、軽く手を挙げて返事するレオニス。
実は、例の討伐に参加した皆で食事をしようということになっていたので、レオニスは街でも有名なお食事処に来ていた。
「悪い、遅れた」
「いやなに、先に少し楽しませてもらっていた」
謝るレオニスに対し、そう声を掛けてきたのは、レオニスを嘲っていた青年だった。
レオニスが自分の分の飲み物を注文し、一息吐くとその青年が横に来て頭を下げる。
「その……悪かった! 無能とか言ってて……そして、助けてくれて感謝する!」
どうやら、レオニスに謝りたかったらしく近付いてきたようだ。
だが、レオニスとしてはそんな風に素直に謝ってくる彼の気質が気に入る。
「いや、気にしていない。実際魔法が使えないのは不便だしな……なんにせよ、無事で良かった」
そう言うとレオニスは片手を差し出す。
「改めて、レオニス……レオニス・ペンドラゴンだ」
「俺はスヴェン。スヴェン・アルステッドだ」
スヴェンという名の青年は、まさにレオニスと対極の色だ。
レオニスは黒髪に翠色の瞳だが、彼は淡い灰色の髪に金色の瞳。
対照的な姿だが二人とも顔立ちが整っており、中々絵になっている。
「お、良かったじゃないか!」
そう言って声を掛けてくるのはジム。
どうやらジムには既に謝りたいということを話していたらしく、謝罪が済んだことを喜んでくれているようだ。
(気の良い奴だ)
そんな事を思いながら笑い合う。
どうやら皆打ち解けたらしく、話は今回の依頼の話へと移っていく。
「今回の件で、結構な金をもらったな。ミノタウロスグラディエーター様々だぜ」
「俺は出くわしたくないよ……せめてもっと強くなってからじゃないと」
それぞれが口々にあれが凄かった、あれは改善がいるな、などの話をしていく。
その中でもやはり目立つのはレオニスの剣術だろう。
「しっかし……あんな剣術があるなんてな! 初めて知ったぜ。どこで学んだんだ?」
「はは……色々な。小さい頃からやってたし」
「まあまあ、自分の切り札は隠しておかないと」
こう見ると、スヴェンは空気を読むのが上手いし、よく周囲を見ているのが分かる。
ビルは素直に聞いてきたり、思うがままが口に出るタイプだ。
だが裏表がないというのは、好ましい性格だろう。
「そういえば、レオニスは今日ギルドにいたよな? 何の話があったんだ?」
そう話を変えてくるスヴェン。
「報酬と、Eランクへのランクアップだな。……でも、本当に良いのか? あんな割合で」
そう聞くレオニスに、ジムもスヴェンも肩を小突いてくる。
「当たり前だ。あの戦いでは俺なんて死にかけたんだぞ? それをああも簡単に討伐されたんだ、どう見てもお前が一番の功績だろう?」
「全くだ。大体、あいつは剣が通らんくらい硬いし、攻撃は強いし……よく生きてたな、お前ら」
「全くだ」
そんな話をしながら笑い合う。
そんな中、誰かがこんなことを言い出した。
「折角だからさ、今度一緒にダンジョンに潜らないか? パーティ人数制限はあるけどさ、組に分けて」
「なるほど。そいつぁいいな」
ジムもその言葉に乗り気だ。
その様子を見ながら、微笑しつつ喉を潤すレオニス。
「おい、我関せずって表情してんじゃねぇよ。お前も折角だから俺たちと組もうぜ?」
「そうだよ。折角だからさ。俺たちと組もうぜ?」
そう言って肩を組んでくるジム。
同意するかのようにスヴェンも肩を組んでくるが、何故かどちらも力が強い。
「おいスヴェン。ここは先輩に譲りやがれ」
「いやいや、これまでレオニスに辛く当たってたお詫びも兼ねてさ。俺たちの仲間が良いだろう?」
「人数的にこっちだろうが」
「お生憎様、こっちはあと一人でフルパーティだから、色々幅が広がるんだよ」
何故かレオニスを挟んで喧嘩をする二人。
他のメンバーはなんとも言えない表情で二人を見ており、挙げ句レオニスにどうにかしてくれという目を向けてきた。
(やれやれ……)
どんどん声が大きくなる二人は、このままでは店の迷惑になってしまう。
そこでレオニスは大声で止めるのではなく、ぼそりと呟いた。
「こんな風に喧嘩する二人がいるパーティとは組めないな」
――ピタリ
まるで示し合わせたかのように言葉が止まる二人。
そのまま、油を差し忘れた機械のようにギギギ……という感じで首をレオニスに向けてくる。
その様子を見ながらエールを飲み、レオニスは言葉を続けた。
「……残念だな。折角ジムともスヴェンとも仲良くなれたというのに……邪魔者の俺は退散するとするか」
「「ま、待て待て待てっ!」」
流石にそう言われては、と慌てて止めてくる二人。
「喧嘩しないから! 俺が悪かった! 何でもするから!」
「ごめん! ごめんよレオニス! 俺も何でもするよ!」
そう必死に謝ってくる二人にニヤリとした笑みを向けたレオニスは、解決策を提示することにした。
というか、最早強制である。
「なら、2パーティを統合して、そこに俺が入るってことで」
レオニスの提案は簡単明快だ。
2つのパーティを、一つに統合すればいい。
そして、その提案に対する反応はというと……
「「な、なるほど……」」
(((いや、思いつかなかったんかい!)))
全くである。
◆ ◆ ◆
――路地
アベントゥーランの街は、基本的に治安は悪くない。
とはいえ、夜というのは不届き者も存在するのは事実だ。
「……」
レオニスの感覚は、先程の店を出てからずっと背後を付けている存在を知覚していた。
そのため、本来通る道をずれ、裏路地のような場所に入っているのである。
(さて、そろそろか……?)
左手に握っている剣の感触を確かめつつ、少し開けた場所に出たレオニス。
同時に剣の柄に手を掛け、振り返らぬままスッと闘気を周辺に放つ。
「…………。出てこい。付けてきているのは分かっている」
「……よく分かったな」
すると、そう答えて背後から現れたのは一人の男性。
なんとも哀れな姿の男性だった。
無精髭を生やし、目元に隈を作った男。
だが、レオニスはその男に見覚えがあった。
「……あの時の職員か。辞めたと聞いていたが」
「……そうだ。お前に恐怖し、その結果俺は仕事を辞めた。辞めざるを得なかった……」
昏い目でそう言う男。
それに対して、肩越しに一瞥して口を開くレオニス。
「自業自得だろう。それに、辞めたのはお前の決定だ。それを下したのは、お前自身だろう」
肩越しに向けられた視線。
その圧力は、思わず男が一歩下がるほどに強く。
そこに込められた覇気や闘気は、レオニスが単なる子供ではないことを疑いようもなく男に示した。
「ち……違う、お前の所為だ。お前の所為だ! お前が原因、お前の責任だッ!!」
それは男の心を決壊させるには充分すぎる圧力であった。
男はただ叫びながら、短剣をぬくとレオニスに襲いかかってくる。
その短剣の勢いは、普通の者ならば反応出来ないような、予想以上の速度だった。
「……ほう。責任転嫁も甚だしい。そして武器を抜いたのならば――」
だが、レオニスは相手に背を向けたままそう口を開く。
同時に奇々怪々な叫びを上げながら、男が短剣を突き刺そうとした瞬間。
――キィン……
レオニスの右手が動くと共に腰が翻り、同時に一閃、剣が筋を作る。
だがその結果は、短剣の刀身を半ばから断ち切り、その余波で男を吹き飛ばす程だった。
「グヘェッ!?」
地面に転がる男。
抜き身の剣を手にしたまま残心しているレオニスは、相手の男を拘束するために近付く。
周囲ではどこかの窓に明かりが灯り、恐らく声を聞きつけた住民の誰かが起きたことは明らかだ。
この男が再度暴れ出したり、無関係な人々を巻き込む前に動くべきとレオニスは考え、歩を進める。
(早めに拘束するか)
拘束具がないのは問題だが、それでもこの程度の男に遅れを取るとは思えない。
場合によっては手足の腱を切ってしまうか、等と考えているレオニスである。
「ぐっ……」
見ると、倒れ伏していた男が動こうとしている。
こうなればあるいは昏倒させるかと思い、踏み込んだのがレオニスの失敗だった。
「これでも……食らいやがれ……!」
そんな言葉と共に投げつけられた何か。
魔力が込められており、何らかの魔法が発動するであろう魔道具が、レオニスの身体に当たる。
「なっ!?」
すると、突然レオニスの身体に走る見たことのない文字が、レオニスの動きを拘束してしまう。
それを切ろうと剣を振ろうとするが、足元にもこれまた見たことのないほど精巧で緻密な魔法陣が現れる。
「くそっ!」
最早逃げられる術はない。
発動する魔法陣から溢れ出す光は、今すぐに直接的な脅威をもたらすものでは無いものの、途方もない特別な魔法であることを否応なく理解させた。
(こういったときのお決まりは……転移か!)
レオニスは、身体がどこかへ引っ張られるような感覚を味わいながらそう考える。
とにかく次善の策として、武器などを手放さないようにするレオニスは、勝ち誇ったように笑みを浮かべる男に忌々しげな目を向けながら……
――その場から消えたのだった。
◆ ◆ ◆
――???
「ここは……?」
魔力による光が収まったのを感じ、レオニスが目を開けると、そこは見覚えのない石造りの部屋だった。
しかもどういうわけか、四方全てが壁。
(周囲に窓はないし、明かり取りの窓もないな……地下か)
そう当たりをつけると、今度は部屋を確認する。
壁は全て石造り。軽く剣を振ってみるが、少しの傷が付いただけでしばらくすると修復されていく。
「……ダンジョン壁、か?」
こういった壁の性質を持つのは、一般的にはダンジョンだ。
もちろん、魔道具でそのような能力を持つ壁も存在するが、しかし内壁を修復するというものは普通ないのだ。
唯一そのような性質があるとすれば、ダンジョンである、というのが一般常識。
(それにしては、仄かに明るいから上層域ではない……)
石造りのダンジョンならば上階層だが、しかしこのように壁自体が明るいものではない。
レオニスは次に、石壁を出来るだけ横から見て、へこみや膨らみがないかを確認する。
何かスイッチがないか、調べているのだ。
(だが、それもないな)
テレポートしたら石の中、そんなメッセージが頭の中を流れた気がしたレオニスだが、首を振って邪念を追い払う。
「となると……最後の方法はこれか」
壁に手をつき魔力を流す。
実は初めからこの手段を考えてはいたのだが、他の方法を優先させたのはトラップの可能性を疑ったからである。
そして、どうやらその方法は正解だったらしい。
ちょうど自分が目を開けた段階を規準として、背後にあった壁。
そこに魔力を流した途端、そこには見覚えのない、だが非常に美しい魔法陣が現れたのである。
「凄いな……一体どんな意味があるのか……」
魔法陣とは、魔法の詠唱を一つの陣として纏めたもの。
魔力を流せば魔法陣によって構成される魔法が発動される、というもので魔道具を作成するために使われている。
とはいえ、その威力は魔法陣の出来映えに左右されることと、威力を高めるには魔法陣が大きくなりすぎるために、攻撃魔法では使われる事はない代物だ。
当然、魔法が使えないレオニスは魔法陣についても研究したことがあったのだが、結局はどうすることも出来なかった、という事実がある。
(大体、魔法陣に関する文献が少なすぎる。それに魔法陣の読み解き方すら、まだ正確には分かっていない。……旧文明の遺跡ではありふれていても、それを理解できないのでは、な)
なんとなくこれは属性を表す、これは使う魔力量ではないか、という一部の研究による成果で、今の魔法陣は成り立っているだけなのだ。
技術的な問題、というものだろう。
なにせこの世界は、かつての旧文明が滅びた後に興った文明。
精々が1000年程度なのだ、逆にその程度の文明でもどうにか魔道具が作られている方が驚きである。
旧文明の遺跡などで見つかる魔法陣。
それは途轍もなく高度であり、現文明では読み取れない程難解だ。
そしてそういった遺物は、国の研究機関で解析の努力が続けられているが芳しくないというのが実状。
(大体、国が解析したところで、それを秘匿するのは目に見えているが)
そんな事を考えながら、目の前の魔法陣を見つめるレオニス。
さて、どういうわけか魔法陣はそれ以上反応せず、壁に浮かび上がったままだ。
「うーむ……」
恐らくこれを突破すればこの部屋から出られるのだろうが、この魔法陣が起動しないことにはどうしようもないという事実にレオニスは頭を悩ませる。
(まさか、こんなことはないよな?)
なんとなく、前世での記憶から掘り起こした呪文を口にして見る。
「開け、ゴマ!」
――シーン……
「だろうな、分かってた」
そこからしばらく、いろんなものを呟いてみる。
どこぞの魔法学校で教えられる「解錠の呪文」であったり、とある有名なRPGの呪文であったり、はたまたとある可愛らしい子猫(擬人化して描かれていた)が、お父さんの扉を開くために唱えた呪文であったり……
「開かねぇっす……」
どこか口調まで前世に戻ったレオニス。
部屋の中央で大の字になって倒れてみた。
(あとは、何があるだろうな……)
とはいえ、中々思いつくものはない。
「あ……あれもあったな」
とそこで、ふと思い出したもの。
とあるスーパー系のロボもの……とはいえゴリゴリ魔術というか、某名状しがたき神話群を元ネタにしたゲームで、主人公が研究所に入るために唱えたセリフ。
(まあ、当たるとは思えんが)
そう思いつつも、どこか有りなんじゃないか? と思えてくる不思議。
レオニスは再度壁に手を触れ、魔力を流しながら言霊を呟く。
『我は——神意なり』
瞬間、壁全体が光を放ち、レオニスの姿はその中に消えていった。