9話 私と、世界と、キューについて
まぶたに太陽光が浸透してきたことで、私は記憶の整理がいつのまにか夢のなかで行われていたことに気がついた。
目を閉じたまま、頭を動かす。すると感触が寝る前と少し変わっていることに気がついた。お腹よりももう少し固く、けどとても心地が良い。
ゆっくりと目を開くと、私を見下ろすキューの顔が目に入った。
「おはようございます」
いつのまにかキューは目覚め、お腹の上か私を起こさないように動かし、膝の上に乗せたようだ。
「おはよう」
私はその膝の感触を確かめながら、乾いた声で挨拶を返した。
「夢でキューと出会った時のこと見てた」
そう言いながら、私は起き上がって腕を上げて全身を伸ばした。
「あと、私が眠らされる時のこと。えっと……クライなんだっけ」
「クライオニクスです」
「そう、それ」
キューと出会ったあの日から、今日で5日目。
あの時、私の前に現れた謎の少女キューは、ただ私を「シャングリラ」という場所に連れて行くということだけを伝え、「じゃあ行きましょう」とだけ言って連れて行こうとした。
まるで父のように説明不足のまま。
仕方がないので、私は矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「ちょっと待って! あなた……キューって言った? あなたは誰なの?」
「キューです」
「じゃなくて、何者なの? 空から落ちてこなかった?」
「私は、アイユーブイに所属するジョシコウセイです。熱圏に位置する戦術型兵士射出装置より射出されました」
「アイユーブイ? それって何? 会社? けど、女子高生ってことは学生?」
疑問を開くと、マトリョーシカのようにまた疑問が出てくる。
「International-Uniform-Valkyrie。その頭文字を取ってIUV。私はそこに所属する女子攻撃型生体兵器、通称“女子攻生”の一人です」
なになに、ややこしい。とにかくややこしい。知らない単語、聞き慣れない言葉ばかりでただでさえ現状の把握が出来ずにパニック寸前の脳みそは沸騰しはじめた。
「女子、攻、生。で、学生じゃないってことね。もう一度聞くけど、その女子攻生ってのはなんなの?」
「対インルーラー戦のために作られた遺伝子強化兵です」
「遺伝子強化……待って。今、インルーラーって言った?」
「はい」
インルーラー。覚えている。父が私を眠らせる前に言っていた。宇宙から飛来し、生物に寄生して地球を乗っ取ろうとしていたって。「対」ってことは、そいつらと戦うために作られた……人? けど、頭に耳あるしシッポ生えてるし。遺伝子強化? あーもうSFじゃん。
「なんかよくわからない。悪いけど、私は今さっき目が覚めて、そしたら私がいた世界は消えてて……そんでなんかモンスターに襲われて、そしたらあなたが降ってきたの。わかる? なにもわかんないってこと、わかる?」
「クライオニクスから目覚めたばかりですから、多少混乱するのはしかたがないです」
またわけわからん単語が出てきた。意識が飛びそう。
「クライオニクスって?」
「生体冷凍保存です。ルィは三百年前にその処置を受けて眠り、さきほど蘇生されました」
は? 三百年? 冷凍保存?
「いや……嘘でしょ。てか、じゃあ今は何年なのよ」
「西暦2355年です」
人間って、同時にいくつまで驚けるのだろうか。今のところ私は、まだ限界をしらない。
つまり私は父に眠らされ、恐らく父によって冷凍保存されて300年間眠っていた。
そんなこと、信じられる?
「どうして、私がその冷凍保存なんてされないといけないの」
「それは、私にはわかりません」
「私を冷凍保存したのは、私の父親?」
「わかりません」
「ここにあった研究所は?」
「それも、わかりません。私も知らされていないことが多いんですよ」
ひどい話だ。伏線ばかり張るくせに、回収しない。そんなの、映画だったらレビューが荒れるぞ。
「で? あなた……キューは私をどうするって?」
「シャングリラに連れていきます」
「どこよそれ? あと、理由は?」
「シャングリラは北にあります。理由は」
キューはそこまで言うと、口をつぐんだ。
「それもわからない?」
「ええ。あなたをシャングリラという場所へ連れて行くということしか聞かされていないんです。その場所の詳細も、連れて行く理由も」
「はぁ? ねぇ。それ、さっきから一体誰に言われてるの」
「マザーです」
「マザーって」
「マザーはマザーです」
「はぁ」
風船から空気が抜けるように声が漏れた。この眼の前の長身の少女はいきなり空から降ってきて私を助け、理由もわからずに私を北のどっかにあるよくわからない場所へ連れて行くという。そしてそれを自分自身もよくわかっていないと。
どうする? どうしたらいい、私。
何が、後悔の無い生き方になる?
しばらく空を見上げたり、遠くの廃墟群を眺めたり、地面に謎の絵を書いたりして考え続けた。その間、キューはおとなしく私を見つめていた。
そうして大きくため息をついて、私は言った。
「わかった。これだけはちゃんと答えて。あなたは……私の敵?」
「いいえ。私は、あなたの味方です」
その言葉を言う時、キューはまっすぐに私の目を見て答えた。
「わかった。とりあえず北へ向かおう」
そうして私は渋々キューに連れられて「シャングリラ」とかいう場所がある北へ向かうことにした。
北へ向かいながら、さらに質問を投げかけた。キューが知っていたのは、私が眠った後に父が言った通り人類とインルーラーとの戦争が始まった。
その中でキューのような遺伝子を強化した兵士も多く作られ、戦争に投入されたそうだ。戦争は二十年以上続き、ついに人類は禁じ手である核兵器を使用した。そうして戦争は終わったが、文明もも同時に終わった。そうして人類もインルーラーもお互いに繁栄の道は閉ざされ、緩やかに絶滅という結末へ向かっているそうだ。
そんな中、私は目覚めた。これまでの人類の歴史の中でも最大と言っても過言ではないくらい濃密な時間をすっ飛ばして。




