8話 キューとの出会い
すり鉢状の場所を、底部分から縁部分へ。傾斜は結構急で、両手で昇るようにしないと進めなかった。
先程から何度も石を踏み続けていて、もう痛みすら感じなくなっている。どうなっているか確認したくもない。どうせ血だらけなのだろうから。
私に一目散に迫ってくる生き物。どっからどうみてもモンスターだから、モンスターと呼ぼう。モンスターと私の距離はどんどんと近づいてくる。振り返ると、すでに私が這い出したエレベーター昇降路の出口を超え、私へ向かっていた。
どうして私へ向かってくるのか考えた。じゃれたいとか? 寂しいとか? それか私を今後助けてくれるバディとなる生き物とか?
様々なポジティブな可能性を考えてみたが、その叫び声と殺気プンプンで迫ってくる姿から答えは2つしか導き出せなかった。
私を殺すor私を食べる。
あ、orではなくてandかもしれない。
涙が出てきた。ただでさえ今の状況が飲み込めずにパニックになりそうなのに、どうして落ち着いて考える時間も与えてくれないのだろうか。
どうにか縁の部分まで上り、最後の一踏ん張りだと力を込めて上がりきった。地面に伏して、ゼェゼェと息をする。直角ではなく傾斜だからといっても、地下15階分駆け上ったのだ、胸が痛い。心臓が張り裂けそうだ。けど、そんなことも言っていられない。早くどこかに隠れないと。私は、痛みを無視して顔を上げた。
目に入った光景に唖然となった。
アスファルトが砕け、目を凝らしてようやくそこが道路であったとわかる痕跡、窓ガラスは全てなくなり壁は劣化して薄汚れ、最早巨大な石棺のようになっているビル群、あとは元は比較的小さな建物だったのか、基礎部分だけが残った廃墟。そしてそれらを覆い尽くすように、木や雑草などの植物が生い茂っていた。人の気配などは無く、ただ鳥が綺麗に並んで空を飛ぶのが見えた。
鳥を追って目線を遠くへ向ける。目の前だけじゃなくて、崩壊した世界はどこまでも続いていた。
世界は、終わっていた。
もう誰でもいい。誰でもいいから、今私が置かれている状況を説明して欲しい。
「誰か!」
そう叫んでも、私の声がただ遠くへ飛んでいくだけで、誰も返事はしてくれない。
変わりに、背後から唸り声とともに、モンスターが飛び出して私を見据えた。
ところで私は常々思っていたのだが、モンスター映画で観るモンスターは、よく出来たCGだとしてもどこか現実味が無い。精巧に作ったCGと、背景の実写がどうも馴染んでいないからだ。
私は実は結構怖がりなのだが、そういった点からモンスター映画は特段怖がることもなく、むしろ好んで観ていた。一種のアトラクションのような感覚で。
けど今目の前にいるのは、どう見てもリアルな生き物で、リアルな世界に存在して馴染んでいた。なるほど、リアルなものを見るとこうなるのか。足が震え、呼吸が出来ない。
モンスターは私との距離が射程圏内になったようで、安心してゆっくりとした動きで私との距離を詰め始めた。
見れば見るほど、グロテスクな見た目だ。最初は巨大なゴリラが火傷でも負った姿なんじゃないかとも思っていたが全く違った。もとからこういう皮膚なのだ。
皮膚を剥いで、筋肉だけが露出したまま生まれたような生き物。
黒目だけの目は小さい。口の部分には穴が空いていて、その中は隙間無くびっちりと突起物が生え揃っていて、それで食物を咀嚼するのだとわかる。
なるほど、私はあの口の部分で噛み砕かれ、生きたまま自分が食べられていくのを死ぬまで感じ続けるんだ。
私はここで死ぬ。
ほんの少し前まで、私は家で一人ケーキを食べるかどうか迷っていたはずだったのに。何もわからないまま、なにもわからないこの状況で死ぬんだ。
後悔の多い人生だった。そうやって自分の人生を呪いながら死んでいくんだ。
そんなのは嫌だ。
もう、十分後悔したんだ。とても長く感じた眠りの中で、まるで宗教に出てくる地獄のように何度も何度も後悔をし続けたんだ。せめて、死ぬときくらい後悔はしたくない。
ただ、食べられるなんて許せない。少しでもこの化け物に、私を狙ったことを後悔させてやる。
恐怖で震え、硬直している体に、無理矢理にでも動けと信号を発し続けた。
そうだ。私はもう後悔したくない。絶対に。
生まれた瞬間のように、私は息を深く吸い込んだ。体の硬直は解けていた。
辺りを見回した。これといって武器になるものはなにもない。だったらと、足元に落ちてる石を拾い上げ、モンスターに投げつけた。当然、そんなものじゃ倒せるわけがない。
もしこれがRPGなら、モンスターの頭上には「0」とダメージ表示されているはずだ。
それでも。
「この! 馬鹿! くらえ!」
私は次から次に石を投げる。モンスターは微動だにせずに私を見つめている。
めぼしい石がなくなった私は、土に埋もれた大きな石を掘り起こすように取り出した。
「こぉ……のぉ!」
そうして思いっきりなげた。だが、重さで放物線は描ききれずにモンスターの足元に落ちた。
モンスターの悲痛な声が上がった。見ると、丁度モンスターの足の指先に石が落ちたようだ。モンスターと言えど、指先は弱いのか。人間も小指が最弱点だもんな。
クリティカルヒットだ。きっと「10」くらいはダメージを与えたはず。
その攻撃でモンスターは怒りの声を私に向けた。口から叫び声の風圧でヨダレが飛んでくる。
今度こそ終わり。
もう後悔はない? いや、後悔はいっぱいある。もちろん。けど、少しは後悔を回避したんじゃないかな。
せめて、天国が実際に存在して、私はそこへ行ければいいな。なんて思って空を仰いだ。
すると、雲ひとつ無い晴天の中に、光の点が浮かんでいた。太陽じゃない。目で直接見えるくらいの光。
その光が徐々に大きくなっていく。
「なにあれ……?」
私がそう呟くと、再びモンスターが叫び声を上げた。モンスターに視線を戻すと、ちょうど私に向かって飛びかかった瞬間だった。
「いや!」
思わず叫び声を上げて、手を振り上げた。
あと数センチでモンスターが私を掴むというところで、モンスターの頭上に何かが落ちたのが見え、その衝撃で私は後ろへ吹き飛んだ。
倒れたまま目を開くと、辺りを土埃が舞っていた。
土埃の中に、モンスターとは別の何かが見えた。風が吹く。土埃が飛び去ると、別の何かは白い大きな箱だというのがわかった。
横幅1メートル、縦幅2メートル。それはまるで真っ白な棺桶のようは箱だった。
棺桶のようなものがぶつかったモンスターは、痛みに呻いていたがやがて頭を振って正気を取り戻し、その箱を見やった。
そして怒りにまかせてその箱を殴りつける。大きな音を立てながら箱は転がって倒れた。
どうだと言わんばかりに目を細め、モンスターは小刻みに揺れて声を上げた。
そして私の方を見た。残念、今の衝撃で記憶から消えていてほしかったのだけど。
再びモンスターが私に足を向け、飛んだ。
その時、箱から蒸気が吹き出した。
箱は蒸気を吹き出しながらまさに棺桶のように開くと、その蒸気の中に人影のようなものが起き上がり、続けてその人影から光が放たれた。
私の視界を塞ぐように目と鼻の先まで飛び込んでいたモンスターは、私に触れること無く真っ二つに切り別れ、その勢いのまま私の背後に音を立てて転がった。
ゆっくりと振り返ると、モンスターは半分になって地面に落ちており、その切断面から血と臓物が溢れていた。
「大丈夫ですか」
私は声の方を振り返った。
箱から出ていた蒸気はすでに消え、人影は消えていた。人影だったものは、いつのまにか私の目の前に立っていた。大きな黒い刀を持った少女の姿で。
少女の腰まで伸びた美しい黒髪が風に揺れると、ぴくぴくと頭上に生えた獣耳と、しっぽが動いた。
私は、恐る恐るその少女に聞いた。
「……誰?」
すると少女は、どこか憂いた表情で私を見て答えた。
「私はキュー。女子攻生のキュー。私が、あなたをシャングリラに連れていきます」
こうして私はこの終末世界でキューと出会い、旅をすることとなった。
これで回想編は終わりです。思っていた2倍長くなってしまいました。
今後も是非ともお付き合いください。
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