6話 父と世界と宇宙生物と
そこは一階と同じように、薄暗い空間が広がっており、幸いだれもいないようだった。
しかし脳の処理が追いついていない私は、エレベーターから降りずにその空間をただ見つめていた。するとアナウンス音が鳴る。扉が閉まろうとしている。
このままだとまた一階に戻される。奴らがいる場所に。
私は思い切って山崎の死体を飛び越えて、エレベーターから転がるように脱出した。
背後でエレベーターの扉が閉まった時、声が聞こえた。
「ルィか」
声のした方を見ると、非常灯の灯りに照らされた白衣を着た長身の男性が立っていた。角張った眼鏡と、ぴっちりと整えられた髪型が神経質そうな雰囲気を出している。
荒瀬喜一。47歳。
父だ。
私は父の目を見たまま何も答えなかった。恐怖や動転で声が出なかったというのもあるが、それ以上に久しぶりに真っ直ぐに目を合わせた父にどう声をかければいいのかわからなかったからだ。
「こっちだ」
父はそれだけ呟くと、廊下の奥へ先に歩き始めた。そうやって父が何も説明してくれないのは、いつもの事だ。
私は少し迷った末に、父の後を追った。
いくつかの部屋を抜けていく。部屋を抜ける時、父は一部屋ごとに扉を閉めてロックをかけていた。部屋を抜けきると、また廊下を抜ける。その先の突き当りに小さなエレベーターがあった。
乗り込み、私と父はまた地下へと降りていく。どこまで深く掘ってるんだろうか、この施設は。
エレベーター内で私達は一言も会話しなかった。私は父にばれないように目の端でチラチラと父を見ていたが、父は微動だにせずに真っ直ぐ前を向いていただけだった。
階数パネルは地下18階を表示した。それよりも下の階数表示が無いことから、ここが最下層のようだ。(また別にエレベーターがあれば話は違うけど)
エレベーターを降りると、そこはすぐに部屋であった。ここは上の階と違って電灯が点いており、明るかった。
部屋の中には多くのPCやモニター、何に使うのかわからない機器が立ち並び、奥には白い2メートルほどの円柱状の物体が鎮座している。部屋自体はかなり広いようだが、この機器類のせいで狭く感じた。
右端の壁側には九枚のモニターが壁一面に設置されていて、その前には机と椅子が2脚置かれていた。
父はそのモニターに向かうと椅子に座ること無く、机に両腕をついてモニターを見上げた。私も父の後ろに立つと同じようにモニターに目を向ける。
モニターには研究所内の様々な部屋が映し出されている。これは所内の部屋に設置された監視カメラの映像のようだ。九枚のモニターでは全部屋の映像をカバーできないために、数秒おきに映像が切り替わって全てのカメラの映像を届けていた。
何部屋にもわたって薄暗い部屋に、何人もの研究員がいるのが見えた。皆一様に椅子に座り、微動だにしない。それが酷く異質感を感じさせた。
カメラの映像が切り替わると、私と山崎が入ってきた裏口や、山崎の死体が残されたままのエレベーターが映った。
父はここで私達の到着を見ていたんだと、気づいた。
「もうこの研究所に人間は私しか残っていない」
父が疲れた声でそう言うと、顔だけで私に振り返った。
「やつらはすでに街の半分を乗っ取っている」
「やつらって」
「地球外から飛来した侵略型支配種。インルーラーと呼んでいる」
「それって……宇宙人ってこと?」
「そうだ。やつらの存在が表面化したのは3年前。地球上に飛来したのはさらに数年前のようだがな。それ以来、人間はやつらに対抗するために様々な対抗策を講じていた。このRLLも各国政府の指揮のもと、各支部ごとに対インルーラーの研究を続けていた」
「ちょっと待って」
私は父の言葉を遮って、聞いた。
「全然話がわからないんだけど。宇宙人がやってきてって……映画じゃないんだから」
私は小さく笑った。笑うしかなかった。
「お前もさっき見ただろう」
もちろんだ。目の前で人間が無残に殺された。そして殺したのはどう見ても普通の人間ではなかった。逃れようのない現実だけが、ここにはあった。
「それと、あれを」
父が顎でモニターを指した。画面には私が乗ってきた搬入用エレベーターが映っている。床に倒れたままの山崎の死体に、先程の3人の研究員が屈んで何かしていた。
「やつらは人も喰う。親機と呼ばれる、命令系統を持った個体以外だが」
父の言葉で気づいた。研究員たちは、黙々と山崎の死体に噛みつき、肉を引きちぎって咀嚼していた。カメラにはマイクがついているようで、咀嚼音が鮮明に聞こえた。
これこそまさに映画だ。地球外からやってきた生物が人を乗っ取り、人を食べている。先程までの現実が一転し、この状況を飲み込むことなんて出来ないでした。
私は恐怖と、思考の渦と、そして嘔吐感で口に手を当てる。
「やつらがいるのはこの街だけじゃない。地球上のいたるところにすでに存在し、我々の社会に紛れ込んでいる」
私は吐き気を我慢しながら言った。
「そんなのニュースでもネットでも見たことない」
「それが奴らの特性だ。人間に寄生し、遺伝情報を書き換える。そうして外見を変えずに全くの別種に変異させ、それまでと変わらない生活をさせながら次の生物に寄生し、それを繰り返しながら支配領域を広げる。脳を乗っ取ることで人格を完璧にトレースできるから傍目には異変に気づかない。だが、今回のようにその存在に気づいた者がいれば、容赦なく破壊する」
父は表情を変えずに説明した。昔からそうだ。母が病気で倒れたときも、そして息を引き取ったときも、顔色一つ変えずに結果だけを私に伝えた。
「これからどうするの?」
私が震える声でそう聞くと、父は眼鏡を外して白衣の端で拭きながら答えた。
「所内の研究員たちに命令を与えている親機を殺せば研究所を取り返すことができるが、RLLの戦闘員は山崎を最後に全滅したから不可能だろう」
戦闘員? ただの難しいよくわからない研究をしている組織だとばかり思っていたが、そんな物騒な人達も雇っていたのか。父はそんなところで働いて……着々と、父という存在が不明瞭になっていく。
父の言葉はそこで途切れた。何か言うかどうか迷っているような表情を浮かべている。こんな父の表情は初めて見たかもしれない。
「……パパ?」
ようやく、私は父を呼んだ。久しぶり過ぎて、中々声に出来なかったし、どこか気恥ずかしかった。
その言葉に反応してか、父はようやく口を開いた。
「ここは、母さんが死んでから私がお前のために独断で作った部屋だ」
父の言葉が理解できず、私は返事が出来なかった。その間に、父は言葉を続けた。
「だから、本来は違う用途で使うはずだったんだが」
そこでまた父は口を閉じた。私はだんだんと苛立ちを覚えながら、父に続きを促す。
「ママがどうして? 用途って?」
「だが、結果は一緒だ」
まただ。父はこうやっていつも私の言葉は聞かない。私には何も教えてくれない。勝手に進めて、勝手に押し付けていく。
私は恐怖や驚きを押し込むような怒りが湧き上がり、父にぶつけようとした。
「ちゃんと説明を……」
そこまで言った時、壁のモニターから扉を叩くような大きな音が聞こえ、反射的に私達はモニターに目を向けた。
先ほどまで色々な部屋に散らばっていた研究員たちが一箇所にあつまり、閉まった扉を叩いて壊そうとしている。
あそこは……先程父が閉じていった扉だ。
ここへ来ようとしているに違いない。
「大変!」
と、私が父の方を見ると、父はいつのまにか私の目の前に立っていた。そして私が声を出すまもなく、細い注射のようなものを私の首に刺した。
まばたきをするごとに私の意識は飛び、また一瞬だけ帰ってくる。
瞬きすると、私は父に引きずられていた。
瞬きすると、私は服を脱がされていた。
瞬きすると、部屋の奥にあった白い円柱状の物体が開いていくのが見えた。
瞬きすると、その中へ入れられていくのがわかった。
瞬きすると、父がこちらを見つめて口を開いた。
「各国政府はインルーラーの能力の高さを認めようとしない。ただの寄生虫か何かだと思っている。特にこの国は楽観的すぎる。間違いなく、インルーラーに支配されるだろう。これから起きる戦争で、人類が勝つかはわからないが、私はそれを信じるしか無い」
やっぱり、父は私には何も教えてくれない。
「未来に、お前を託す」
瞬きすると、私を入れた円柱状の物体が閉まっていくのが見えた。
視界が真っ暗になり重低音が聞こえると、小刻みな振動を感じた。それを最後に、私の意識は長い長い、とても長い眠りについた。
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