37話 キューの選択
「さぁ、下がって」
キューに促され、私は二人から離れようとした。数メートル駆けた矢先、目の前に彼女が素早く立ちふさがる。
「逃がすと思うのか?」
彼女が私に襲いかかろうと腰を落とした時、彼女の両足に何本もの光る矢が降り注ぎ突き刺さった。
「走って!」
振り返ると、矢を放ったオーが叫んでいた。
「ありがとう、オー!」
私は動けなくなった彼女の横を駆け抜けた。横を通る間際、一瞬だけ彼女に視線を向けた。すると彼女の目はずっと私の目を見つめ続けていた。絶対に、逃さないぞというように。
「ルィさん!」
村の人達が集まる場所へたどり着くと、ミミが私に駆け寄ってきていた。
そのままの勢いで私に抱きつく。
「良かった、無事で!」
「ちょっ、ぐむ………!」
ミミは絞め殺す勢いで私を強く抱きしめた。ミミの胸の中に顔が埋まり、私はまたしても死を迎えようとした。
どうにか顔を離して、呼吸を整える。
「ゔはぁ! 死ぬって!」
「だって、心配だったから……本当に良かった」
ミミの後ろでリウがふてくされた顔で私を見ていた。
「しぶといやつだぜ」
「お互い様でしょ」
私が笑うと、リウも薄く笑ったように見えた。
「あいつは、守護神様と同じようなやつなのか?」
女子攻生になり変わっているインルーラーに視線を向けて、リウが言った。
私が頷くと、ミミとリウはすぐに動ける村の人達を先導して、負傷者共々急いでキュー達から離れるよう動き始めた。
「振り返らないで! 守護神様を信じて!」
ミミが大声で村の人々にそう伝える。その言葉に従って、村の人々は動けるものは怪我人を抱え、子供や老人を先頭にして駆け出した。
すぐさま背後では金属がぶつかるような戦闘音が響き始める。
「休むな! 走れ!」
リウも叫ぶ。私も叫ぶわけではないが、足手まといにならないように必死に走った。
唯一の出入り口である鉄扉から村人が全員出終わると、ようやく私は後ろを振り返った。
辺りはすでに真っ暗闇だが、燃え盛る炎と、戦いの中で生まれる火花によってキュー達の戦闘がまだ続いていることがわかった。どちらが優勢かまではわからないけど。
「……キュー」
居ても立っても居られず、私は一人入り口から再び村の中へ戻った。
燃えずに無事な家の影に隠れると、私は顔を覗かせる。
「ルィさん、駄目ですよ!」
びっくりして振り返るとそこにはミミとリウが立っていた。
「危険だから離れないと」
「わかってる」
「わかってるなら、何してんだよ! 馬鹿だろお前」
「馬鹿なのもわかってる。けど、見届けたいんだ。キューの戦いを」
「じゃあ、私も一緒にいます。本当に危なくなったら抱えてでもここから離れますからね?」
「おい、ミミ」
「リウは戻って。ここは私だけでいいから」
「お前まで……」
リウは不満そうな表情を更に濃くすると、大きなため息を吐いた。
「お前までなにかあったら、怒られるのは俺なんだからな」
そういうと、リウは私とミミの横に立った。
「リウ……」
心なしか、ミミの顔は嬉しそうだった。
「ありがとう。ふたりとも」
ルィがキューから離れてすぐの頃、キューは不安で一杯であった。
FBSを使ったことで、失われていたエネルギーは完全に戻った。だからこそ、不安であった。
キューはエネルギー量が多ければ多いほど、体の制御が利かなくなることがある。腕も足も思ったように動かず、意図しない場所を破壊してしまうことも。それが理由でキューは部隊から外され、戦地に投入されなかった。
思えば、完全な状態で敵と戦闘を行うのは初めてだ。数日前に犬型だった目の前のインルーラーと戦いはしたが、その時はすでにエネルギーが枯渇寸前であった。だから体の制御も利いた。
だが、今は。
「不安かい?」
キューの心を見透かしたように、オーが優しく言った。
「……とても。やはりここはオーに任せたほうが……私がいたほうが、戦力が下がると思うのですが」
「そんなことはないよ」
ついにオーは、ふふっと笑った。
「第一、君はルィを守るんだろう? いつまでもそんな弱音を吐いていちゃ、オーダーを遂行するなんて無理だよ」
そんなことはわかっている。だから、ルィに会うまでに何度も、何度も自問自答した。
どうして、自分なんかが……と。
今だってそう思っている。オーダーを受けた当初は、もう生き残った自分以外の女子攻生がいないからだと思っていた。
だが、現に目の前には自分以外の女子攻生がいる。しかも当時「英雄」とまで言われていた彼女だ。
やはり、オーに任せたほうが……。
「キューは、どうしたいんだい?」
オーが真っ直ぐにキューを見つめながら聞いた。
「……どうしたい?」
キューは言葉に出して自分に問うた。
どうしたいのか。逃げ出したいのか。また、あの暗闇に戻るのか。それとも、この崩壊した世界で、いつまでも訪れることのない死を待つのか。
そうやってキューは、様々な「未来への選択肢」を考えた。そのどれもが、選択することで大きな傷みを伴う。
一つだけ傷みを予期しない選択肢があった。ただ、怖い。不安で、怖くて、逃げ出したい選択肢。
けど、キューはわかっていた。それを選ぶしか無いことを。それを選ばずに、他の選択肢を取るくらいなら、また永遠に近い時間暗闇で眠り続けたほうがマシだということを。
「戦います」
真っ直ぐに、オーの目を見て言った。
「戦って、勝って、ルィと一緒に旅を続けます」
キューの声は震えていた。どうにか選びだした選択肢を選んだことによる不安と恐怖。それを乗り越えるための覚悟。それらが綯い交ぜとなった声。
その声を聞いたオーは一度だけ頷くと、インルーラーの方に視線を戻した。
「じゃあ、頑張らないとね」
キューはそれ以上何も言わずに、刀を抜いた。
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