36話 反撃の始まり
私の膝は綺麗に彼女の顔面真センターにクリーンヒット。そのおかげで彼女の鼻からダラダラと鼻血が流れ出てきた。女子攻生と言えど、鼻は弱いようだ。
ニヤッと笑おうとしたのもつかの間、彼女は無表情なまま私の頬を殴りつけた。目の前が明るく光り、すぐさま頬に鋭い痛みが走る。
「くだらない。そんなことで私を殺せるとでも?」
痛い。そんでもって、私の鼻からもダラダラと鼻血が溢れ出てくる。
「思ってないよ」
ギリギリの滑舌で悪態をつく。
「無駄なことを」
無駄かもしれない。けど、いいんだ。死ぬことが覆せ無くても、後悔はできるだけしたくない。何もできず、何もやり返すこと無く怯えたまま死ぬよりも何百倍も私の心はスカッとしていた。
だって、どう見ても目の前の彼女の表情に怒りが滲んでいるのだから。
首元と両手足に巻き付いた触手の力が何倍にも強くなった。ついに私は完全に呼吸をすることが不可能となった。
彼女は再び触手から伸びる針を私に向けた。今度は一心に、私の額をめがけて。
ごめんね、キュー。私は最後にそう心の中でつぶやいた。
すると突然、風が辺りを駆け抜けた。
遅れて、空気を切り裂く鋭利な音と、太い糸を無理やり裁ちばさみで切ったような音が届き、あと数ミリというところまで迫っていた彼女の針も、私の両手足と首に巻き付いていた触手も、バラバラと斬り割かれて地面に落ちた。
それらと一緒に地面に落ちた私は、急いで空気を大きく取り込んだ。むせて、涙が流れる。咳が止まらない私の背中に、優しく手が添えられた。
「ルィ」
顔を上げると、キューがこちらを見ていた。
「遅くなりました」
キューはいつものように、申し訳無さそうな顔を向ける。
私は呼吸を整えることも忘れると、力いっぱいキューに抱きついた。
「だ、大丈夫ですか? 怪我は?」
「……」
「え?」
「……おはよう。キュー」
私はこんな状況の中で、まるで長く続く日常の中の、柔らかい一瞬のような感覚を得た。
そうだ。私は、キューに会いたかったのだ。キューと、これからも一緒にいたいんだ。最初は、離れよう距離を取ろうとずっと考えていた。
けど今は違う。
同じような境遇だから? 私を守ろうとしたから? 私の前で涙を流すような弱さを見せたから?
きっと、そのどれもが重なり、今わたしの中でキューという存在が確立されたのだろう。
「怪我はないですか? あっ……痕がついてる」
キューが優しく私の首や手についた擦過傷のような赤みを帯びた皮膚を撫でる。
「大丈夫。キューは、もう全快なの? もう、突然眠ったりしない?」
「ええ、暫くは。おかげさまでフルチャージです」
そう言うと、ようやくキューは笑顔を私に向けた。そして、すぐに前を向く。
私も体を起こして、顔を上げた。
触手を切り落とされた彼女は、何を考えているのかその傷口をぼうっと眺めていた。
「以前とは違うな」呟くようにインルーラーは言った。
「先程、首に撃ち込んだ何かが要因か」
インルーラーの腕が、触手から普通の手の形へと戻った。その手を眺めて、インルーラーは続ける。
「女子攻生が2人。懐かしいな、この感覚。命の……種としての存在を賭けたやりとり。ひりつくような、怖いような」
周りから聞こえていた怒声や悲鳴、轟音がピタリと止まり、私は突然聴覚を失ったような感覚になった。
「ルィ、キュー」
いつのまにか、オーが私の横に立っていた。
後ろを見ると、村の中に現れていたミュータントは全て倒され、戦いは終わっていた。
村の人達は、泣きながら、中には怒りながら、傷ついたまだ生きている仲間を介抱していた。
「あいつ……私を追ってきたみたい」
「ルィを?」
キューが驚いた声を上げる。
「うん。私に……私の遺伝子に寄生したいって」
「それが、やつらの存在理由だから、か」
オーが言った。
「うらやましいものだね」
「え?」
「ルィは下がっていてください」
「村の人達と一緒にできるだけ距離を取ってくれないか? 私達の戦いに巻き込みたくない」
「わかった」
私は駆け出そうと振り返ったが、すぐにまたキューの方を向いて言った。
「勝ってね」
キューはまっすぐに私を見て答えた。
「もちろん」
「まだ、旅は終わってないんだから」
私がそう言うと、キューは少し驚いた表情を私に向けた後、小さく笑みを浮かべた。
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