33話 交渉、そして
オーのような戦場を駆け抜けた女子攻生は、キューにとっては仲間である以前に羨望の対象であった。
「私にはできません。無理です」
第一、と言葉を続ける。
「私がオーに勝てるわけありません」
自分は欠陥品である。戦場に投入されることなく、ほぼ遺棄されたと同然の処遇を与えられた。そんな自分が、戦場の英雄に勝つなんて、命を奪うなんてできるわけがない。
「問題はない。私のエネルギーの大部分を君に分け与える。その方法であれば、私たちにインプットされている自壊回避プログラムを回避できるはずだ」
オーはキューの存在を知ってから、ずっとこの事を考えていたのだろう。彼女は方法論も、意思も、ともに準備が完了しているようだった。
「多少は戦闘が必要だけど、君ならすぐに私を殺せる。君のそれは、私の武器より強いんだから」
オーはキューが腰に携えている刀を見て言った。
「私の刀が、オーの武器よりも強い?」
「そうだよ、キュー。君は本当に何も知らされていなかったんだね……ここまで来ると何か意図があるんじゃないかと思ってしまうよ」
キューは、腰に携えた自分の武器である刀の存在を確かめるように触れた。
「それにタダで、とは言わない」
何かを交渉の材料としようとしている。けど、目の前のかつての英雄の命と天秤にかけられるものなど、キューには思いつかなかった。
だが、オーの口から出た言葉は、思いもよらないものだった。
「北へ旅を続けられる方法を教えよう」
北。ルィから聞いたところによれば、放射性の雨が振り続ける場所。女子攻生であるキューですら、その身が無事であるかはわからないような場所を、生身の人間であるルィが旅をすることなど不可能だと思っていた。
だが、オーはそれを可能とする方法を知っているという。
条件は唯一つ。彼女を殺すこと。キューに与えられた、唯一の命令。それを遂行することこそが、自分の存在理由だとキューは思っている。
なのに。今はどうしていいかわからないでいた。
「嘘なんかじゃないさ。ちゃんと存在するよ。北へ、そのシャングリラへと続く道を歩み続ける方法が。黙っていてわるかったけど、交渉材料として取って置かせてもらった」
「私は……」
それ以上言葉が出ない。キューの心の中の天秤は揺れ動いている。憧れの存在。ようやく与えられた命令。殺して欲しいという懇請。そのどれもがぐるぐるとキューの心の中をまるで暴風のように暴れている。
「キュー。君の弱さはそれだ。女子攻生としての能力の弱さじゃない。その、心の弱さだ」
「心の……」
「君は自分の意思で選ぶべきだ。自分に与えられた命令を遂行するための方法を。なぜなら君は、女子攻生なんだ。女子攻生という、1人の兵士なんだから」
オーの言葉がキューの胸を突いた。痛いとこにクリティカルに刺さった。自分に足りないもの。自分が、欲しているもの。ルィの前でどれだけ強がっても、隠しきれないもの。
心の弱さ。
そんな事はわかっている。わかっているけど、どうしようもない。そう思って、気がつけば三百年経っていた。それなの、それでも、キューは変わらない。
今こそ、変わるべき時……なのだろうか。キューの自問自答は続く。
その時。
遠くから悲鳴が上がった。キューもオーも、声の方へ視線を向ける。
村の入口。よく見れば、明らかに異変が起きている。逃げ惑う人、反対に武器を手ににじり寄る人。それらの中心に、いた。
「……インルーラー!」
旅人を装って侵入したインルーラーは、片っ端から村人をミュータントに変異させていく。ミュータントに変異した村人は、他の村人を殺し、食い散らかしていく。
変異と殺戮が波状に広がっていき、村は阿鼻叫喚となった。
「まさか、あの時の? 追ってきたのか」
「私たちを襲ったインルーラーですか? ……とにかく、村の人たちを守らないと!」
キューはそう言い、すぐにも駆けようとした。しかし、オーは微動だにしない。
「……オー!?」
「私には関係ない。キュー、君にとってもだ。お願いだ。私の願いを聞き入れて、君は命令を遂行するんだ」
オーはキューの目を見ずに、言った。
キューはオーの肩を揺さぶるように抱き、目を合わせる。
「……本当にそう思っているんですか?」
オーはじっとキューの目を見つめ続けている。
「オー!」
オーはじっとキューの目を見つめた。そうして徐々に村人の悲鳴と、オーを呼ぶ声が大きくなっていくと、オーは一度目を閉じ、再び開いたときにはその目は村人たちへと向けられていた。
「私も戦います」
すでに弓を構えていたオーの隣で、キューも刀を抜いた。
「行くぞ、キュー」
「はい!」
キューとオーは共に駆け出した。
後半戦です。
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