30話 帰還
「もう大丈夫……だと思う」
あれから数分、微動だに出来なかった私たちは、リウのその言葉でようやく動き出すことができた。
3人とも揃って地面に倒れるように腰を下ろす。わずか数分の出来事だったが、今日の中で1番神経をすり減らした気がする。
「怪現象はああやって誰かを連れ去るか殺すかしたら、しばらくは出てこないんだ」
私たちは肩を揺らすほどに大きく深呼吸をした。嫌な汗で背中と服がくっついていることに気がついた。
誰しもが無言で息を整えたころ、ミミが小さな声で私とリウに向かって言った。
「あの、ルィさん。それに……リウも」
「なんだよ」
「ごめんなさい。足手まといになって。私のせいで二人を危険に巻き込んで……それに、ルィさんは……」
ミミは胸の前で手をもじもじと合わせ、今にも泣き出しそうな表情で言葉を続けようとした。
「ミミは足手まといなんかじゃないよ。ミミがいなければ、私はここに来れなかったもの。それに、リウに教わったよ……着いていくって決めたなら、それは自分自身の責任だって。だから何が起きても、誰かのせいじゃないって」
「……ルィさん」
「だから謝るんじゃなくて、お礼ならいいんじゃない? あんな事言っておいて、リウは真っ先にミミを助けに行くって決めたんだから」
「はぁ⁉」
「そうなの? リウ」
「ちが……違うって!」
リウが顔を真赤にして立ち上がる。
「もうこの話はいいだろ! ほら、さっさと行動するぞ!」
「……ありがとう。リウ、ルィさん」
ようやくミミに戻った笑顔を見て、私も立ち上がった。
「さっ! じゃあ、早く村に戻らないとだね」
気がつけば、穴から見える空にはすでに星が浮かんでいた。
「戻るって……ルィさん。いいんですか?」
ミミが心配そうな表情で私にそう聞いた。
「何が?」
「ルィさんの捜し物見つかってないですよね」
「あぁ……けど仕方ないよ。最初からそういう約束だったし。それに、さっき通ってきたところにIUV施設みつけたんだ。だからまた来ればいいよ」
「お前、いいのかよ。きっともう俺たちはやれないぞ。今回の事で相当怒られるだろうから」
リウが珍しく私を気遣う言葉をかけてくれた。それに気がついたのか、リウは頬を赤らめて後ろを向いてしまった。
「そもそもこれは私の問題だから」
「……ルィさん」
「大丈夫、大丈夫! それより今は、どうやってここから出るか、じゃない?」
略奪カンパニーの脅威はひとまず去った。けど、私たちが依然ピンチなのは変わらない。
上を見上げれば空を覗かせる崩落した穴はいくつも空いている。だが、その穴は3メートル以上の高さにあった。
「肩車して、上の穴から出ればいいだろ」
「肩車したって届かないでしょ」
「3人でやればどうにか届かないか?」
リウの言葉に私とミミは目配せして溜息をついた。
そんなサーカスじゃないんだから。それに、
「いいけど、誰が1番下になるの?」
半分冗談だろうけど、私は聞いた。
「そりゃ……」
リウがそこまで言って口を閉じ、私とミミを交互に見た。
「まさか……女の子にそんなことを……?」
私は大げさにショックを受けたような顔でリウを見た。チラッと横を見ると、ミミは笑っていた。
「言わなきゃよかった」
リウを1番下に。真ん中はミミ、そして1番上に私が乗ることとなった。
「ルィさん。キツくなったらすぐに言ってくださいね」
「ありがとう。二人も怪我してるから無理しないでね」
私はミミに渡されたロープを腰に巻き付ける。無事上に登ったら、どこかに巻きつけるためだ。
「いくぞ……ううううんん!」
キツそうな声を上げてリウが立ち上がる。その肩に乗ったミミ、次いでそのミミの肩に乗った私が少しずつ浮かび上がり上に上がっていく。
「すごい! リウ凄いじゃん!」
私はバランスを取りながら叫ぶ。
「だ……黙ってろ……いまそれどころじゃ……!」
リウの声はすでに限界に近そうだった。
「リウ、頑張って」
ミミが小さくリウにそう囁くと、体勢を崩すくらい勢いよくリウは立ち上がった。
「わっわっわっ!」
危うく背中側に倒れそうになるのを、人並み以下しかない私の腹筋が限界値まで頑張ってどうにか耐えた。
「やった……!」
両手を広げてさらにバランスを取る。これで三人による肩車が完成した。
けど。
「……届かない」
上を見上げて、私は必死に両手を伸ばす。あと僅かというところで届かなかった。
「リウ、ジャンプできない⁉」
「馬鹿言うな!」
「しかたないです。他に出口が無いか探しましょう」
ミミが残念そうにそう言った時。
見覚えのあるものが目の前にふわりと落ちてきた。
「あれ……これって」
私はそれをつかむ。ふわふわとした、長い、毛。
もう一度上を見上げると、星空を背景に、まんまるとした大きな光る玉が二つ、ぬっと現れた。
怪現象ではない。
それは、まるで2つ浮かんだ月のような目。
「おい、どうした⁉」
「ルィさん、どうかしましたか⁉」
「ねぇ、もしかして……キナコってめちゃくちゃ大きい?」
キナコは巨大な猫だった。
その大きさはどんな大型の犬でも敵わないくらい、いやそれ以上に丸々と成長した牛よりも大きい。ちょうど肩車をした私たち三人くらいの体長はあった。
それでも見た目はまごうことなく猫で、ふわふわとした長い毛からスコティッシュフォールドに近いその姿は、遠近感の間違えた絵のようで不思議であった。
「キナコ!」
ミミがその長い毛に埋もれるようにキナコに抱きついた。
あの後。ミミの言うことをよく聞く巨大猫、キナコに咥えられた私はヒョイと地上に引き上げられ、私の腰に巻いていたロープをそのままキナコは咥え直し、ミミとリウも引き上げられた。
「キナコ、お前駄目だろ脱走しちゃ」
リウが悪態をつく。
「リウが遊んであげないからでしょ。ねー、キナコ?」
ミミが両手でキナコの顎の下を撫でると、キナコは猫特有のゴロゴロという音を発しだした。これだけ大きければその音も大きく、お腹の底に響くようだ。
ゴロゴロ鳴らしながら自分の体を舐めていたキナコは急に立ち上がると、辺りに生えている雑草をパクパクと食べ始めた。
「こら、キナコ。また草なんて食べて。いつも怒られてるでしょ?」
「いつも草食べてるの?」
「いつもってわけじゃないんですけど、たまに村の農場の草を食べようとして怒られたりはしてるんですよね。ちゃんとご飯あげてるのになぁ」
なるほどね、と私は頭の中で合点がいった。
「キナコ、毛玉が溜まってるんだよ。お腹の中に」
「え、そうなんですか?」
「うん。確か、猫は飲み込んじゃった毛を吐き出すために草を食べるとかなんとか。キナコは毛が長いし、胃の中に溜まってたんじゃないかな。けど、村の中で食べると怒られるから、脱走してここに行き着いちゃったとか」
「吐き出すっって……キナコ、お前そうなのか?」
リウが珍しく心配そうな目をしてキナコを見ている。
するとキナコは突然嗚咽を始めた。
「そう、こんな感じで……え?」
キナコは私の顔面めがけて吐いた。キナコの吐瀉物であるベトベトした毛玉が私を優しく包む。
「キナコ!」
ミミが驚いた声を上げてドロドロになった私の体を拭き始めた。
「ごめんなさい、ルィさん」
「いーって、いーって。ははは」
と笑ってはいるが、これは村には体を洗う場所があるから生まれる余裕であって、もし旅の途中なんかだったら心が折れていたに違いない。
「すげーな、毛だらけだ」
リウがキナコの吐瀉物を眺めながら言う。
「いや、毛だけじゃんないな。キナコ、変なもんも色々口に入れてるなぁ」
「リウみたい」
「一緒にするな! ほら、これ失くしてたと思ってた俺の服だし、こっちはカズノの爺さんのレンチじゃねーか?」
「ホントだ。もう、キナコお腹壊しちゃうよ……あれ、これってなんだろ?」
ミミがキナコの吐瀉物の中に躊躇なく手を突っ込むと、銀色の細い棒を取り上げた。
「それって……貸して!」
私は吐瀉物まみれのまま、ミミが握る銀色の棒を受け取る。
「……やっぱり。これだよ」
「これって?」
「私が探してたやつ!」
私が手にした銀色の棒にはしっかりとIUVのロゴが刻まれていた。オーがキューに使ったものと同じものだ。
人喰いに売られそうになって、得体のしれない幽霊に追いかけられて、最後は巨大な猫のゲロまみれになったりと大きな代償を支払ったけど、私は巡り巡った捜し物、キューのエネルギーを回復させるためのFBSを手に入れた。
「ありがとう、キナコ!」
私もキナコに抱きつく。キナコは人見知りしないのか、私が抱きついても文句1つ鳴かず?に大きなあくびをした。
「じゃ、これで全員の目的は達成できたわけだ。なら乗って、さっさと帰るぞ」
「乗るって?」
私の質問に答える前に、リウとミミはキナコの背中に跨った。
「お前は乗らないの?」という顔で、キナコがこちらを見つめた。
行きはよいよい帰りはなんとやら。なんて事は全く無くて、キナコに乗った私たちは、その俊足で行きのわずか五分の一程度の時間で村の近くまで戻ることが出来た。
「……酔ったかも」
キナコの背中はお世辞にも快適とは言いづらかった。
「じゃあここからは歩きましょうか。その坂を超えれば村も見えるでしょうし」
私たちはすでに森林エリアからは出ており、隆起のある砂地エリアに達していた。ここは村から数キロの地点で、砂漠地帯とそこに殆ど埋まった廃墟跡がるだけの場所だ。
「あー腹減ったけど、罰で飯抜きだろうなぁ」
「私が話すよ。二人は私に無理やり協力させられた。キナコもね」
「駄目ですよ、ルィさん。そんなの」
「いいの、いいの。私は部外者だし。流石に私はそんな罰は受けないでしょ? ……でしょ?」
笑顔で私は二人に聞いたのだが、どうしてか二人は引きつった笑顔のまま無言で私を見つめるだけだった。
「あれ?」
「お前は変な気を使うなよ。正直に全部話すから。それに、あそこで結構な量の資源見つけたんだ。それで大目に見てもらえるだろうさ」
私たちは揃って砂で出来た坂を登り始めた。先程ミミが言ったように、この坂を超えれば、村が見えるはずだ。
坂の勾配はそれほど急ではないのだが、砂地だというだけで1歩1歩が重く、疲労が溜まっていく。あっというまにミミとリウから距離を離されてしまった。
まるで水中で歩くようなスピードでようやく2人に追いつく。
だが、2人は頂上で固まったように立ち止まっていた。
「どうしたの?」
声をかけても答えないので、私はヒィヒィいいながら頂上へ登りきった。
顔を上げる。
「……なにあれ」
私の目に映ったのは、闇夜に浮かぶ燃え盛るオーの村だった。
次からようやく後半戦です。
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