29話 倒すということ
崩落はあっという間に終わり、轟音に揺さぶられた鼓膜に、今度は痛いほどの静寂が訪れた。
視界には埃が充満している。まるで土色の海を泳いでいるようだった。
私は思わず力が抜けて、地面にへたり込んだ。
「ルィさん……! ルィさん……!」
埃の中からミミの声が聞こえた。這いずるように私はその声の方へ向かった。
「ミミちゃん……」
手を伸ばすとミミの柔らかい肌の感触を感じた。
「ルィさん!」
私はミミの手をしっかりと握っていた。
「よかった……ルィさん」
私もミミもリウも埃だらけで、ミミの目から流れる嬉し涙が際立って見えた。
「よかった……ミミちゃんも……リウも……本当に」
私は安心して、ようやく大きく息を吐き出した。
「わざと崩落させたんですか?」
私はまずミミの拘束を外すために、ミミの背中側に周った。
「うん。ここらへんの天井が脆いってのはわかってたし、ちょうどさっきいた私の場所の真上から光が漏れてたから。ちょっと刺激与えればいけるんじゃないかなって思って……」
結果は大成功だった。だけど。
男二人が埋まった場所を私はすぐには見れなかった。
「危ねーな。下手したら全員死んでたぞ」
「……ごもっとも……ごめんね」
「じゃあ、リウならどうするのよ! ああでもしないと、どうなってたか……」
ミミが怒りの声を上げた。
「俺ならそもそも弾を外さねーよ」
「何言ってんの、元はと言えばリウがあんな無謀なことしたからでしょ」
「はぁ? あれは……その」
「はいはい。夫婦の痴話喧嘩は後でやってよね。ほら、手出して」
ミミの拘束を解いた私は、次はリウの拘束を取っていく。
2人共何か文句を言っているが、私にはよく聞こえなかった。
私は黙々とリウの拘束を解いていく。
私がやりますよと言ってくれたミミの声も聞こえない。
舞い上がった埃が地面に降り積もると同じ速度で、私の心が徐々に重くなっていく。
「……さん……ルィさん?」
「……え?」
ハッと現実に戻る。すでにリウの拘束は解けており、私はぼうっと突っ立ていた。
不思議そうな顔でミミとリウが私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたんですか、ルィさん?」
「私……私」
それ以上言葉が出ない。
「ルィさん?」
「私……あの二人を……その……殺した」
映画や漫画じゃ当たり前のように悪者は倒される。
倒すとは、殺すこと。
命を奪うこと。
けど、フィクションの世界ではそれは「倒す」と言い換えられ、その行為の本質から目を逸らされる。
けど現実は違う。
今、私は2人の命を奪った。
何十年と生きて来ていた命を、奪った。
敵であったとしても、二人の、確実に存在していた、その命を。
「何言ってんだお前……」
呆れた声を私に向けたリウを、ミミが制した。
「ルィさん、もしかして人を殺したのは初めてなんですか?」
「そんなの……」
当然じゃない。そう言おうとしたけど、この時代では人を殺したことがない人間の方が稀有なのかもしれない。きっとミミにも、リウにも、その経験はあるはずだ。
私は小さくうなずいた。
「そうですか……私も初めてのときは怖かったですよ。悪いことをしたわけじゃないのに、何日も何日もそのことが私の背中に乗っているような」
ミミがゆっくりと私に近づいた。そして優しく抱きしめた。
ミミの体からは優しい花の香りがした。
「……おい」
リウが何か文句を言おうとしたようだが、すぐにやめたようだ。
「ルィさんは私たちを救ってくれたんです。少しの間は辛いでしょうけど……私たちも一緒に背負いますから」
「……けど」
「大丈夫。大丈夫ですよ、ルィさん」
私はついに泣き出してしまった。
「それに、ミミの銃……!」
「いいんです。ルィさんを守ってくれたんですから」
ミミはそれ以上何も言わずに私を抱いたまま、ゆっくりと背中を擦ってくれた。
「怪我は大丈夫? 2人共」
体を動かしているミミとリウに、ようやく泣き止んだ私は聞いた。
「大丈夫ですよ、これくらい」
「お前とは違うからな。作りがよ」
「リウ!」
「本当のことだろ?」
また始まると思って、私はため息をついた。
「喧嘩してないで、早く戻ろう?」
私は天井に空いた穴を見上げた。そこから見える空はあっという間に暗闇に近づいている。
「今頃、村じゃ大騒ぎなんじゃない?」
「あーあ、結局吊るされそうだな。キナコも見つからないし」
「それより、どうやってここから出るかですよね」
ミミの言葉に、3人とも重い溜息をついたその時。
「動くな……!」
低い声が響いた。
声の方を見ると、リウにやられて意識を失っていたニット帽男が立ち上がっていた。
男の肩と足からはとめどなく血が流れているが、構わずに銃をこちらに向けている。
「……忘れてた」
リウがつぶやいた。
「よくも……お前らはここで殺してやる」
リウとミミが地面に落ちた銃に視線を向ける。
だが、2人の銃との距離は遠い。
「まずはお前からだ、クソガキ!」
ニット帽男は銃口をリウに向けた。
「リウ!」
私が叫んだ時、視界がぼやけた。
もう涙は流れていない。それなのに、ぐにゃりと水たまりに石を投げ入れたように視界がおかしく変化した。
もう一つおかしなことに銃声が全く聞こえなかった。
「あ……あ………あ」
ニット帽男は銃をこちらに向けたまま、目を見開いて動かないでいる。
また視界が……というよりも空間が歪んだ。
そして、あの音が聞こえ始めた。
バチバチという音が。
「……怪現象だ」
リウが小声で告げると、ニット帽男の後ろに手足の長い人型の光が現れた。
「絶対に動くな……」
リウが言う。私たちは呼吸すら止めて、音を立てないようにした。
「あ……あ………たす……」
穴から這い出すようなニット帽男の声を最後に、空間は歪み、捻れていき、音もなくその場からニット帽男も光る人型も消えた。
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