19話 キューに伝えることと存在理由について
はしごというのは、昇るときは上を見ているから楽だけど、降りるときはただただ恐怖しかない。私は「もう二度と昇るか」と思いながら、どうにか長い時間をかけてはしごを降り、地上へ戻った。
「ルィ!」
急に声をかけられ、びっくりして振り返るとそこにはキューが立っていた。
見るからに弱々しく、小屋に掴まってどうにか体を支えている姿が痛々しかった。
「目が覚めたんだ?」
私が近寄ると、すぐにキューは私の体を検分し始めた。
「大丈夫ですか? 肩の怪我は?」
「村のお医者さんに治療してもらったから大丈夫だよ」
「そうですか……」
キューは力が抜けたように地面に膝をついてしまった。
「まだ寝てないとだめでしょ」
「すみません、めまいがして」
キューがいつもの申し訳なさそうな顔で私を見た。
「肩を貸すよ」
後ろからオーがやって来た。
キューはオーの姿を見ると、表情が固まった。
「……あなたは」
キューはそこまで言うと、「自分で戻れます」とふらつきながら立ち上がり、診療小屋へゆっくりと向かった。
診療小屋に入ると、キューはベッドに腰掛けた。キューの重みで、ベッドが軋む。体の構造上しかたがないだろうが、女の子としては嬉しい音ではないだろうな、なんて私は思った。
オーは……と見ると、入ってすぐの壁に腕を組んでもたれかかり、そんなキューの姿を眺めていた。
それからしばらくキューは黙り込み、同じようにオーも微動だにしなかった。
そんな二人の間で私は、顔を動かして二人の表情を行ったり来たりして見ていたが、我慢の限界はすぐにやってきた。
「ねぇ、二人って仲が悪かったの?」
オブラート無しの単刀直入。回りくどいのは好きじゃない。
「そういうわけじゃないよ。むしろ」
オーが笑うと、続けるようにキューが答えた。
「初対面です……」
キューは恥ずかしそうに下を向いた。
「キューってば、人見知り?」
「いえ、そんなことはないですけど……」
「だって、初対面だけど同じ部隊に二人はいたんじゃないの? あいゆーなんとかってところに。それに、ふたりとも女子攻生ってやつなんだからさ、仲間に再会できて嬉しくないの?」
「それはそうですけど」
どうもキューの受け答えは歯切れが悪い。オーに対してなにか一家言があるような、何か言いたいけど言えないような雰囲気を帯びているのに、それを口にしようとはしない。
「まぁ、女子攻生にも色々いるってことさ」
ようやくオーは壁際にあった古びた椅子に座った。
「まぁいいや。とりあえず、キュー。オーにお礼だけ言っておきなよ」
「お礼?」
「だってオーが来なかったら、今頃私もキューも寄生されて、ゾンビみたいにあの場所で歩いてたかもしれなかったんだから。お礼言って当然でしょ?」
「そ……そうですね」
キューはオーに向き直り、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お礼はいらないよ。私もマザーからの任務だったんだから」
「マザーからの?」
「じゃあ、この辺りに通信施設があるんですか?」
「ああ。ここから南西にいったところにね。私はそこで定期的にマザーと通信を行っていたんだ。と言っても、ここ三百年、一度としてマザーと通信出来たことはなかったから、一方的に私から通信を送っていただけなんだけど」
「そこに案内してくれませんか?」
キューはその理由を簡単に説明した。私がシャングリラに行くことに納得するために、マザーにその理由を聞きたいこと、一緒に私の父のことや、300年眠らされた理由を聞くことを。
「お願いします」
最後にまたキューは頭を下げた。
オーはその姿をじっと見ていたが、小さく息を吐くと私に向き直った。
「ルィ」
「え?」
急に話しかけられて、びっくりした。
「どうするんだい?」
どうしてか私に話を振ったオーに理由を聞けず、キューが不安と疑問を混ぜたような目で、私を見つめた。
オーが言っているのは、もちろんキューの任務についていくかどうか、私はどう思っているかということだ。
最初キューとは「マザーと通信をして私がシャングリラという場所に行く理由に納得ができれば」、キューと共にその場所を目指すと約束していた。
いや、そもそも突然こんな終末世界で目覚めて(まさに)丸裸状態だった私にとっては、キューに頼るしかなかった。だから、しかたがなく一緒にいたと言ってもおかしくはない。
けど、放射能汚染によって北へ向かうことが実質不可能であったり、オーと出会い、この村で生活することが私の最も安全な選択肢となった今では、キューとの条件を守る必要はなくなってしまっていた。
今の私に、キューとともにシャングリラへ向かう理由は何一つとして無かった
。
その事を、できるだけ角の立たないようにキューに説明した。
嘘をつかず、すべて本心で伝えた。なのに、伝えれば伝えるほど、どうしてか私はキューに言い訳をしているように思えてきた。
私の言葉を聞きながら、キューの表情は暗く、今にも泣き出しそうな目になり、それでもずっと私を見ていた。
「……それが、ルィの気持ちなのですか」
私が小さく頷くと、キューは下を向いて手のひらを組んだまま動かなくなってしまった。
「ごめん、キュー」
それ以上私は何も言えなかった。キューとは出会ってまだ浅いが、目の前でこんな表情をされてしまうと、胸が締め付けれられる。
私は、その空気に耐えられずに「ちょっと外の空気吸ってくる」と言って、小屋から飛び出した。
外にでると、日差しが直撃した。太陽が私の真上に輝いている。
炒めた肉の匂いがして辺りを見ると、働いていた村の人々が思い思いの場所で昼食を作ったり、食べたりしていた。
しかし暑い。このままだと、真っ黒に焼けてこの時代の人達との違いがわからなくなる。
いや、それはそれでいいのかとも思ったが、残念ながら私は日に焼けても赤くなるだけで時間が経てばすぐに白い肌に戻る体質なのだった。
喉の乾きを覚え、今朝方オーに連れられた炊事場で水を飲もうと思い立った。
炊事場へ向かいながら、先程のキューの悲しそうな顔を思い出す。
私は、この時代で目を覚ました時に決めた。後悔しない生き方をするって。
だから、その理由に納得がいかなかった、シャングリラに行くというキューの任務には賛成できなかった。
けどあの時、キューと出会って任務の事を聞いたあの時に、きっぱりと断らなかったのは、何もないこの世界で生きてはいけないという不安からの先延ばしでしかなく、なんならキューを利用するだけしようとしていたと思われても弁明が出来ない。(というか実際にその通りだ)
キューにしてみれば、自分の任務を継続する希望を身勝手な理由で折られたわけだ。だから、先程のキューの表情は、悲しみだけじゃなくて怒りや失望も含まれていたかもしれなかった。
炊事場につくと水をもらい、食事用の机に座った。
考えれば考えるほど胸の奥がつかえるように重くなり、水を飲んでみてもそのつかえは取れはしなかった。
「おっ、白い変な女じゃん」
振り返ると、今朝私を起こして悪態をついていたリウと、その幼馴染と言っていたミミが昼食の盛られたプレートを持ち、こちらに歩いてきて空いた席に二人も座った。
「白いけど変な女じゃない」
2人は村の人達と同じように過去の文明の服の上に、白いコットンで作られた通気性のよさそうな上着を羽織っていた。
そして、2人共が大柄なライフルのような銃を持っていて、それを机の横に斜めに置いた。
「変な女だろ。聞いたぜ? 何百年も眠ってたって。ババァじゃん」
「ちょっと、リウ。本当に失礼だよ」
「はいはい」
「毎回ごめんなさい。ルィさん」
「もう慣れたよ」
私が呆れて苦笑いすると、2人は昼食を食べ始めた。プレートの上には肉野菜炒めとうどんが乗っていた。肉野菜炒めの肉は干し肉のようだ。
終末世界でうどんというのは不思議だが、オーから聞いたところ関東の土は米は作りづらいが、小麦は作りやすいらしく、文明崩壊した今では小麦を使ったパンやうどんが主食となっているそうだ。
おいしそうに食べる2人を見ていると、私のお腹も鳴り始めた。後でオーに頼んで昼食を譲ってもらうとしよう。
「ねぇ、二人はどんな仕事をしているの?」
「私たちは、村の周りの巡回をしているんです」
ミミが食べながら答えてくれた。リウは食事に夢中で私の話すら聞いていないようだ。
「ミュータントもそうですけど、危険な動物や『略奪カンパニー』、『人喰い族』、それに『降臨教信者』や『暴走アンドロイド』、『怪現象』とか、村への脅威は多いですから」
「なにそれ……怖」
何やら聞き慣れないが明らかに物騒そうな名前が続き、私はわかりやすい反応を示す。今の世界は危険に満ちあふれている。二人のように私とあまり変わらない十代の人間ですら、この世界ではこんなに大きな銃を掲げて歩かないといけないわけだ。
尚更、私は村の外へ望んで出ていくことの無謀さを感じた。
「何が怖いもんか。どんなやつが来たって俺がぶっ殺してやるよ」
「この間人喰い族の大群が来た時は腰抜かしてたじゃん」
「あれは……! ああいう戦法だって!」
リウは「先に行くから」と言ってそそくさと退散した。強気ではいるけど、どう考えてもリウはミミの尻に敷かれている。それがある意味バランスの良い二人に見えた。
「ねぇ、ルィさん。大人の人に聞いたんですけど、これからこの村で暮らすんですか?」
「……多分」
「本当⁉」
ミミは笑顔で跳ねるように立ち上がると、すぐに座り直して恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あっ……ごめんなさい。村に女の子少ないから、とっても嬉しくて」
「ねぇ、ミミちゃん。その……巡回の仕事、怖くないの?」
「え?」
ぽかんとしてミミは私を見つめた。そんな事を聞かれたのは初めてだというような顔だ。
「だって、女の子だし……まだ子供じゃない。私も人のこと言えないけど……遊びたいって思わないの?」
「怖いって言えば怖いですよ。これまでも大人だけじゃなくて、私達みたいな子供も何人も殺されて死んでますし」
「やめたいって思ったりしないの?」
「思わないですね」
ミミはきっぱりと言った。
「だって、それが私の役割だから」
ミミの迷いのない真っ直ぐな目で私を見た。
「じゃあ、私仕事に戻ります。またお話させてください、ルィさん」
ミミは大きな銃を肩に掛けて去っていった。私はそのミミの後ろ姿を眺めていた。
彼女は自分の身長ほどもある、大きなライフル銃を苦もなく背負って歩いている。
それが自分の役割だから。
そう彼女は言った。それが、彼女の存在理由なのだ。
じゃあ、私の存在理由って?
この村で過ごすこと?
「……うーん」
空腹も忘れるほど、私は考え込んでしまった。
その時。
「ルィさん!」
声の方に顔を向けると、ミミが走って戻ってきていた。
「どうしたの?」
「た、大変です! あの……入り口で」
「落ち着いて」
「とにかく、来てください!」
ミミは返事も聞かずに私の手を取り、走り出した。
連れられて来たのは、村の入口だった。
入口の前には、大人が何人も集まり人だかりが出来ている。
「無理だって!」
「守護神様から駄目だって言われてんだから!」
人だかりの中心で困惑した人達の声が聞こえる。
ミミは私の手をとったまま、その人だかりの中へ突っ込んでいった。
「ちょっと、ミミちゃん⁉」
「いいから!」
大人たちを掻き分けていくと、中心には数人に抑え込まれているキューがいた。
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