18話 村の少年少女と北の秘密
私は真っ暗になった診療小屋の中で、天井を見つめていた。
治療を受け、オーから戦争のこととこの時代の人類のことを聞いたところで、「今日はもう休んだほうがいい」とオーに言われ、この小屋に泊まることとなった。
オーの住む小屋は狭いらしく、またヒラマはこの小屋に住んでいるわけではないとのことで、私はこの診療所で眠ることとなった。
私は天井を見つめながら、オーが小屋から去る時に私に言った言葉を思い出していた。
「ルィ。君はこれからどうしたい?」
「どうしたいって?」
「何もかも、君は巻き込まれてしまったことだろう。キューの言う、シャングリラへの旅も、彼女の任務でしか無い。ルィ、君には彼女の任務に従う義務は無いんだ」
私が答えられないでいると、
「もし君がよければ、この村に住めばいい。君の時代のような便利さは無いが、明日の食事に不安を覚える必要がない程度にはこの村は生きるためのシステムが構築されているからね」
と、オーは言ってくれた。頼るモノも人もいないこの終末世界で、大変嬉しい提案だった。
だけど……だけど。
「……キューは?」
「別に気にすることはない。人間の食料だと数年はかかるが、ある程度の回復はする。キューが目を覚ましたら、私が説得するよ」
私が答えに迷っていると、オーは優しく笑みを浮かべて「また明日」と言ってヒラマと共に去っていった。
顔を横に向けると、隣のベッドで眠るキューの姿が暗闇の中でわずかに見えた。
私はどうしたい?
オーの言う通り、あの誕生日の日からは私は激流に流されるように様々な事柄に巻き込まれ、気がつけばこのベッドで横になっている。
キューには「父のこと」や「どうして私がシャングリラという場所へ連れて行かれるか」を知るために、行動をともにすると言った。
だけどよく考えればそのどれもを知ったところで私の「未来」は変わらないだろう。
この終末世界で、家族も友人も知り合いもいないなかで生きていくということに変わりはない。
オーの好意に甘え、この村で暮らすことができれば食料問題や危険から身を守ることができる。
それが私のゴールなんじゃないだろうか。
……キューにはなんて言っていいかわからないけど。
窓から差し込む朝日が顔にあたり、眩しさに我慢ができずに目が覚めた。
体を起こして伸びをし、隣を見る。
昨日と変わりなく、死んだようにキューは眠っていた。
「うーん……」
と、伸びをする。ベッドで眠るなんて三百年ぶりだ。とってもよく眠れた気がする。(実際の体感日数は1週間も経っていないけど)
「ねぇ、やめようよ」
「今さら何いってんだよ」
扉の向こうで、何やら男女の声が聞こえた。男女というより、少年少女といっていいような若い声だ。
「押すなって」
「押してな……わぁっ」
扉が勢い良く開き、小屋の中に少年と少女が飛び込んできた。2人はその勢いのまま床に重なって倒れ込む。
「誰?」
私はベッドから降りずに聞いた。
少年は短く刈り揃えた黒い短髪で、はっきりとした目が印象深い。少女の方はブラン色の長い髪を首のあたりで両結びしており、おっとりとした顔立ちだ。
2人は立ち上がると、少女の方が申し訳無さそうな表情で私に答えた。
「ごめんなさい! リウが顔を見たいっていうから」
「おい、ミミ! 俺のせいにするなよ。ミミだって興味津々だったじゃねーか」
「違うよ! 外からの人は久しぶりだねって言っただけで」
「ほら、興味津々じゃん」
「あの」
二人がハッとしてこちらに顔を向ける。よく見ると二人共よく日に焼けており、健康的な外見だ。年齢は私より下だろう。恐らく15歳くらいか。
少女の方が急いで頭を下げた。
「私、ミミって言います。こっちはリウ。ほら、リウも頭下げて」
「やだよ」
リウと呼ばれた少年はミミと名乗った少女を無視してベッドに近づいてくると、私の顔を覗き込んだ。
「本当に肌が白いんだな。人間のくせに、気持ち悪ぃ」
「はぁ?」
私は思わず、悪態に悪態を返す。
「ちょっと、リウ!」
少年は今度は眠ったままのキューの顔を覗き込んだ。
「この耳、守護神様にそっくり。こっちは?」
躊躇すること無く、キューにかけられたシーツを剥ぎ取った。
「シッポもある」
「もういい加減にしなって!」
少女が少年の腕を掴み、引っ張る。
「あなた達、一体何なの? 失礼でしょ」
私はようやくベッドから降り立つと、2人の前に立った。
すると扉から遅れてオーが顔を覗かせる。
「おはよう。あれ?」
オーは笑みを浮かべた。
「もう仲良くなったのかい?」
オーに案内され、村に等間隔に置かれている炊事場で顔を洗うと、その横で朝食を頂いた。
朝食は目玉焼きと蒸したジャガイモだった。まともというか、そもそも温かい食事を口に入れたのは、この時代で目を覚ましてから初めてだった。
先程のリウとミミも一緒に食事をとっている。
「ルィさん、ごめんなさい。本当は扉の外から起こすだけだったのに、リウが」
「だーかーらー! ミミもだって」
もぐもぐと食事を進めながら器用に喧嘩する2人。
オーはそれを優しく見守っている。
「今の時代、外から人が来るのは珍しいからね。それもルィみたいな見た目の人間は、誰も見たことがないだろうから仕方がないよ」
「見た目?」
「私はルィさんのその白い肌、とっても綺麗だと思います」
ミミが言った。
「白いって」
そう言われて気がついたが、リウもミミも、周りで忙しそうにしていたり、談笑したりしている他の村人も、みんな肌が日によく焼けていて浅黒かった。
あーなるほど、と私はなんとなく理解した。
この時代には当然日焼け止めも無ければ、美白が良い、シミが気になるなんて美容意識も無くなっているということなのだろう。
そう考えれば、(元々インドアというか引きこもり体質だったこともあり)色白な肌の私は奇異に見えても仕方がない。
「あれ? けど、オーも色白じゃない」
「私たち女子攻生は日焼けしないからね。地黒の女子攻生も何人かはいたけど」
「守護神様は守護神様だもの。けど、あんたは人間のくせに白くて変なの」
がっつくように食事を終えたリウが、半笑いで私にそう言った。
「あと、守護神様を呼び捨てにすんなよ。変な女!」
「このクソガキ」がという気持ちが、生まれてはじめて私の中に生まれたのはこの瞬間だった。
食事を終えるとオーが「見せたいものがある」と言って私を連れて歩き始めた。
リウとミミはいつのまにかいなくなっていた。オーが言うには、村人には全員それぞれ仕事があり、それは子供も例外ではないからとのことだった。
私はオーについて歩きながら、気になっていたことを聞いた。
「ねぇ、なんでオーは守護神様って呼ばれてるの?」
「あぁ、あれは特に深い意味はないよ」
オーは少し苦笑いして教えてくれた。
戦争が終わり1人生き残ったオーは、その後数十年は1人で暮らした。ある時、ミュータントに襲われる数人の人間を助けたことで、その人達に頼らられて一緒に行動することになった。
そうして気がつけばその人達とこのドーム跡を拠点とし、子供が生まれ、人はちょっとずつ増えていった。その間もオーはミュータントや人間の略奪者なんかから村を守り続け、気がつけば「守護神様」と呼ばれることが当然となっていたそうだ。
「それだけ長い時間が経ったんだね」
オーは少し寂しそうに言った。
「この上だよ」
オーに連れられ、村の端にやってきた。
そこには崩落を免れた二階席の1部分が残っていた。
「ここを昇るの……」
目の前に設置されているサビだらけのはしご。それを伝って上を見上げる。だいたい40メートルくらいはあるように思えた。
「大丈夫。もし落ちたら助けてあげるから。ほら、先に登って」
オーなら問題なく助けてくれるだろうけど、そういう問題じゃないんだよね。
しかしまぁ、今のこの時代の風景がどうなっているかは正直興味があるので意を決して、私ははしごに手をかけた。肩の傷は少し痛みが響くが、大丈夫。昇れなくもない。
ちょっとずつ、途中オーに泣き言のようなセリフを吐きながらちょっとずつ登った。
登り終えると、落ちないようにそっと下を覗いてみた。
2階席の高さは十階建てくらいで、昨日インルーラーとの闘いで落とされた高さよりも遥かに高かった。目がくらんでそのまま落ちそうになったのを、後から登ってきたオーに支えられた。
「私はここの眺めが好きなんだ」
オーと一緒に遠くを臨む。
オーの言う通り、見晴らしは大変素晴らしく、どこまでも見渡せるようだった。
「あそこ、見えるかい?」
オーが指差す先、ここから南西に数キロ言った場所。草木も生えていない砂漠地帯が広がり、その中にぽつんとパラボラアンテナを備えた小さな建物が見えた。
「あれが通信施設だよ。通信以外に用途はない場所だから、私以外で近づく村人はいないけどね。それから、あっち」
オーは今度は通信施設から北側、ドーム跡から西に数キロ行った辺りを指差した。
そこには高い廃ビルが立ち並ぶ場所が見えた。
「あそこにIUVの基地跡が一つある。FBSがあるとしたらあそこが有力だ」
ここから見る限りではそこまで遠くは感じない。だが交通機関も使えず、徒歩で行くとしたらどれほどの時間がかかるのだろうか。
「じゃあ、あそこに行けばキューを完全回復させられるんだね」
「可能性があるってだけだよ。私もあそこにはまだ行ったことはないんだ。だから村人も近寄らせないようにしている。だからミュータントがどれだけいるか、ミュータント以外の脅威がどれだけいるかもわからない」
オーは「それに」と言って付け加える。
「私はついていくことはできない」
「えっ」
思わず大きな声が出た。オーは苦笑いを浮かべて続ける。
「実は昨日君たちを迎えに行ったことを村の者たちには黙っていたんだ。そしたらショウの事があって。みんな態度には表さないが、不安が大きくなってる。だから、私は村を離れるわけにはいかない」
当然のようにオーがついてきてくれるものだと思っていた私は、どうしていいかわからなくなった。だけど、オーの言い分はもっともだ。キューのことは、この村の人達には関係ない。ついてきてくれるなんて、自分勝手な考えだった。
他の近い場所に似たような施設はないものかと視線を動かしてくと、あるものが目に入った。
「ねぇ、あの辺りからずっと靄がかかってるね」
このドーム跡から10キロほど北の部分からどこまでも靄が漂っていて、その先は全く見えなかった。
あの辺りは埼玉だろうか。北だけじゃない。東の、千葉の付近もだった。
「埼玉と千葉は核や新型兵器の攻撃による影響が強く残っているみたいてね。原因はわからないけど、未だに放射能の雨が降り続いているんだ。300年間ずっと」
「放射能の雨……待って。じゃあ、北へ行くのって」
「あの中を通るしか無い」
そんなの、どう考えても無理だ。キューやオーは人間じゃないからもしかしたら平気かもしれないが、ただの人間の私がそんな場所を歩けるわけがないことは、この時代の知識がない私でも理解できる。
つまりシャングリラに行くのは、不可能ということだ。
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