16話 オーの村と唐突な事件
目が覚めた時には雨は上がっていた。
空は紅色に近く、まもなく夜が訪れようとしている。
「もう着くよ」
もぞもぞと動き始めた私に、オーが声をかけた。
「ほら、見える?」
オーが前方を指差す。
車の進行方向の先に、横長の建造物が見えた。沈みゆく夕日に照らされ、シルエットが浮かび上がっている。
デコレーションのされていないケーキのようなその形は、均一ではなく所々が壊れて欠けている姿から、歴史の教科書で見た古代ローマのコロッセオにも似ていた。
「あれがオーの村?」
「そう。ルィが眠る前の時代からある建造物さ。わかるかい?」
「なんだろう……そもそもこの辺りってどこなの?」
「昔は神保町と呼ばれていた辺りだよ。ほら、後ろを見てごらん」
私は言われたとおりに、窓から顔を出して後ろを見た。そこにはこれまで見てきた中でも最も広範囲に広がった森が目に入った。
「そこは皇居だった場所だよ。人が管理することが無くなって、今では広大な森になってる」
窓から顔を戻して、椅子に座り直して再び前を見た。
「じゃあ、あれって」
「300年前は、東京ドームと呼ばれていた場所さ」
さらに10分程トラックで走ると、ドーム跡に到着した。
トラックがドーム跡に近づくと、その外壁は何枚もの鉄板や鋼材で囲まれているのがわかった。それだけではなく、木を削り出した杭が外側に向けられて張り巡らされており、さながらゾンビ映画に出てくるバリケードのように見えた。
一箇所だけ横幅四メートルほど木の杭が無い場所があり、そこにトラックはエンジンをかけたまま停車した。
すると外壁上が二箇所明るく光った。眩しくて目を細めながらよく見ると、巨大な投光器が設置されているらしいのがわかった。
運転席に光が向けられると、オーが手を降った。それを合図とするように投光器は消灯し、目の前の外壁が重い音を響かせながら観音開きで開閉した。
「ようこそ」
アクセルをゆっくりと踏み、中へトラックを進ませながらオーはそう言った。
ドームは戦争のせいなのか長い時を経たせいなのかはわからないが、屋根の部分は完全に消失していた。また2階席部分も崩落しており、グラウンドだった場所を囲むように一階の観客席部分にプレハブ小屋のような家が点在している。その見た目は1階建ての簡素なプレハブ小屋のようだが、都心の1軒家くらいの広さはありそうだ。
またそのどれもが窓の部分から光が漏れており、私はこの時代に目醒めて初めて、何か温もりのようなものを心に感じた。
そしてグラウンドだった場所は、何種類かの作物が栽培されている広大な畑と、恐らくは家畜を育てているのだろう、小さい飼育小屋が建っていた。
「……すごい。本当に村だ。それに、オー以外にも人が」
ドーム跡の入り口の開閉は、若い男性が4人がかりで行っていたからだ。
「今、この村には全部で51人が住んでいる。皆、普通の……人間だよ。戦争を生き延び、文明が失われた世界で血を絶やさないように生き延びてきた子らさ」
入り口から少し入ったところでトラックは停まる。そのタイミングで、入り口が再び塞がれたのが背後からの音でわかった。
オーが先に降り、その後に私が降りるとすぐさま二十代くらいの男性が2人、オーに駆け寄ってきた。扉を開閉していた人物とはまた違う人達だ。
「守護神様!」
「一体、どこへ⁉」
オーを「守護神様」と呼ぶ男性は二人とも顔色が悪く、何か恐ろしいものでも見たような表情で、すがりつくようにオーに質問した。
「急用でね。何かあったのかい?」
「セトの家の息子が……!」
「ショウが?」
男性二人は焦りからか次の言葉が喉から出ずに口をパクパクさせ、腕を不安そうに動かしていた。見かねてオーが言葉を続ける。
「防護措置は?」
「ショウの親父が早めに変異に気づいたようで、どうにか」
「そうか。すぐに向かうよ。君たちも念の為に武装を」
オーがそう言うと、男性2人は頷いてすぐに去っていた。
「ルィ。悪いが着いてきてくれるかな。ここに1人で置いていくわけにもいかないからね。キューは……まぁ大丈夫だろう」
私が頷くと、オーはすぐに歩き出し、右側の1階観客席部分へと入っていった。
私は置いていかれないように、オーの後ろを離れないようにして一緒に歩く。
「なにかあったの……?」
私はオーの背中に向かって聞いた。しかし、オーは答えずどんどんと歩き続ける。
何軒かのプレハブ小屋を通り過ぎたとき、窓から若い男女や子供が不安そうに覗いているのに気づいた。
6軒目のプレハブ小屋を通り過ぎると、7軒目の小屋の周りを10人近い男性が、物騒な刃物や見たことが無い銃を持って取り囲んでいるのが見えた。
「通してくれ」
オーがその集団に声をかける。集団はオーの存在に気がつくと、7軒目のプレハブ小屋の入り口へ導くように道を開けた。
「守護神様、その子は」
「敵じゃないよ、後で説明する。それより今は」
オーはそこまで言うと、背中に背負っていた真っ赤な弓に矢を携えて構え、そのまま扉を開けた。
私はオーの背後から、中を覗く。この小屋だけはどうしてか電灯が点いておらず、夕方の今では中が薄暗くてよく見えない。
なので目を凝らすように凝視した。すると、中で何かが動いているのがわかった。
「守護神様、明かりを点けます」
男性の1人がそう言うと、オーは頷いた。
男性が外から怖怖しながら小屋の中に手を伸ばした。スイッチを押したパチッという音と共に、小屋の中が灯りで満たされる。
すると、その姿が見えた。
地下鉄跡で私を襲ってきたのと同じような醜くて恐ろしい見た目の、ミュータントが。
明かりに照らされ、私達の姿を認識したミュータントは何匹もの獣の声が重なったような耳障りな叫び声を上げ、こちらに向かって飛びつこうとした。
しかし両手足には重そうな鉄輪が装着されており、鉄輪から伸びる鎖のおかげで身動きが取れないでいた。
どうしてこんなところにミュータントがいるのだろうか。何も理解できないでいると、オーが弓を構え、弦を引くのが見えた。
矢にはインルーラーとの闘いで見たような、帯電の光が浮かび上がっている。
今にも矢を放とうとしたその瞬間。
「守護神様!」
悲痛な叫び声が聞こえたと同時に私は押されてよろめき、地面に倒れた。
顔を上げると、男性が1人立っているのが見えた。男性は肩で息をしながら大きな銃を携えている。
「……セト」
オーが男性の名を呼ぶ。
小屋を取り囲んでいた男性たちも、呟くように次々とその名を呼んだ。誰もが、哀れむように小さな声で。
「守護神様……お願いします。私に、やらせてください」
「いいのかい?」
男性は息を整えると、小さく頷いた。
「私が……やるべきです」
オーは少しの間、その男性の目を見ていたが、頷くと弓を下ろして外に出てきた。
入れ替わりで男性が小屋の中へ入っていく。
扉が閉められた。
「オー……」
私はオーに駆け寄った。
「どういうこと? なにが起きてるの?」
私がオーに質問を投げかけたと同時に、小屋の中から銃声が響いた。
その音はドーム跡の中を駆け回るように響き渡り、しばしの静寂を生んだ。
「小屋にいたのは、彼の息子だ」
「……え? あの、ミュータントが?」
「そうだ。昨日まではなんの変哲もない、十歳の男の子だったんだよ」
何も言葉が見つからなかった。頭の中が、その情報を処理できずにぐるぐると回る。
オーは私に目を合わせずに言った。
「ルィ。実は、キューは今のこの世界のことをほとんど知らされていないんだ。もし君が望むなら、できる限りの事を教えよう。今の……この世界のことをね」
小屋の中から、男性がすすり泣く声が聞こえてきた。
この場にいた誰もが、その鳴き声に耳を傾けることしかできなかった。
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