13話 キューへの疑問と遅延する世界
私は地面に落ちたキューに駆け寄って手を肩に回して支え起こすと、すぐに駆けだした。
目指すは目の前の廃ビルだ。あの中にひとまず隠れたい。
「どうして逃げなかったんですか!」
キューの声に怒りがにじむ。
「キューの任務は、私を連れて行くことでしょ? 私は一人じゃこんな世界で生きていける気がしないんだけど、いいの?」
「ルィの手を借りなくても倒していました」
「そう? ボロ雑巾みたいにあっちこっち叩きつけられてたけど」
「これから本気を出す予定だったんです」
全人類の九割は一度は口にしたことのあるような言葉をキューは小声で言った。
「傷は?」
私はそう言ってキューの顔を見る。痛みに耐えながら歩いているのがわかった。
「心配するほどじゃありません」
キューはそう言うと、私の方から手を離し、今度は逆に私の手を握って先行して駆ける。
後ろを振り返らずに廃ビルの中へ入り込んだ私達は、薄暗い奥の奥へ一目散に向かい、今にも崩れそうな柱を背にして身を隠した。
キューが顔だけを覗かせる。
「どう?」
私は小声で聞く。
「私達を探しているようですね」
それを聞いて、私もゆっくりと柱から片目だけを出した。
斬られた触覚を力任せに振り回して私達が隠れていないか探りながら、辺りを行ったり来たりしている。その動きから、犬型インルーラーの怒りが伝わってきた。
私は顔を戻し辺りを見回した。
逃げ込んだ廃ビルは、元々が何の建物だったのか想像がつかなかった。長い年月の中で内装は全て朽ちたか、もしくはいつかの時代に人や動物によって持ち去られ、がらんどうの空間が広がっている。
だがそんな長い年月の中でも壁面は綺麗に残っており、建物を突き抜けて逃げだすことは難しそうだった。
「入る場所失敗したかな」
「選ぶ余裕なんてなかったですから」
「このままやり過ごせればいいんだけど。諦めていなくなってくれないかな」
「難しいでしょうね。あのインルーラーは飢えているようですから。どうしても私達を見つけたいはずです」
「お腹が減ってるってこと? まぁ確かに食べれそうなものなにもないよね。私もお腹すいた」
そう言って、私はお腹をさすった。そのうち土でも食い出さないか心配なほど、空腹感は時間とともに強くなっていく。
「いえ、インルーラーは殆ど食事を必要としません」
「じゃあ、何に飢えてるの?」
「寄生するという行為にです。インルーラーの種としての本懐は寄生すること。核兵器投下でインルーラーも、人間も、他の生物もその数が減り、今では地球上にどれだけいるか。その中でずっと探していたのかもしれません」
「寄生できる生物を」
「はい」
キューは頷いた。
「それがあいつの存在理由……ってことか」
「……存在理由」
キューが私の言葉を小さく繰り返した。
「どうしたの?」
「いえ。それより、あそこの階段から上の階へ行ってみましょう。もしかしたら隣の建物に移れる場所があるかも」
キューの視線の先に階段が見えた。私達は音を立てないように階段へ向かった。
階段を昇ると、一階部分と同じように出口のないフロアが広がっていた。窓はあるが犬型インルーラーがいる場所を向いた方向にしかない。
さらに上階へ上がると、空が見えた。本来であればこの廃ビルも元はさらに上階があっただろうけど、今では崩落してしまいこの三階部分が最後となっているようだ。
そのおかげではあるが壁はほとんどなくなり、私達が入ってきた方とは逆の方角にある、隣接した廃ビルの姿が見えている。さらに運良く、こちらと同じ高さまで崩落していた。
「あっちに移れそうだよ」
私は隣の廃ビルを指差した。
「そうしましょう。ただ」
私はとキューは崩落した壁際まで行くと、下を覗いた。
隣とは3メートルは間が空いている。
「どうやってあちらへいきましょうか……私だけならともかく、ルィを抱えて飛ぶのは難しそうです」
「傷はまだ治らないの?」
キューは階段を昇るときに足を引きずりながら登っていた。よく見ると、足元に少し血が垂れている。
キューが肩と足に負った傷は、塞がることなく痛々しく裂けたままだった。これまでなら、あっという間に治っていたのに。
「ええ。けど、ご心配なく」
キューは1度大きく息を吐いた。痛みを我慢しているのかもしれない。
「ねぇ。キューはどうしてそこまでさ……私を連れて行くって任務を守ろうとするの?」
「どうしてって……それは私が女子攻生で、命令は絶対だからです。私は兵士ですから」
「けど、戦争は終わったんでしょ? その、女子攻生って組織だってもうないんでしょ」
「それは、そうですが」
「それに、前も言ったけど私を連れて行く理由を知らないんでしょ。それでも命を賭けれるの? 命令だから?」
「そうです」
キューは小さくそう呟くと、黙ってしまった。
今の私達は、この終末世界だからこそ相互の目的のために行動することに納得できている。そう私は思っている。キューは任務のために。私は、私が知りたいことを知って納得できるまで生きるために。
けど、改めて考えるとどうしてキューはその任務を忠実に、いや固執するかのように守ろうとしているのか不思議だった。先程私が言ったようにもう戦争は終わっていて、それどころか殆ど生物もいなくなってしまったようなこの世界で。
そもそもマザーとかいう人はどうしてキューにそんな任務を与えたのか。そしてキューはどうして任務の目的を知らずに従っているのか。
まだ出会って数日。私は、このキューという少女の事を知らなすぎた。そう考えると、キューに対する違和感がどんどんと大きくなっていくようだった。
髪に何かが触れた。上を向くと、頬に水が落ちてきた。
雨だ。
「早くここから逃げ出さないと。体温を奪われてしまいます」
キューも空を見上げながらそう言い、視線を戻すとフロアの奥へ足を向けた。
「これを使いましょう」
フロアの奥には無造作に堆積してある瓦礫の山があった。その中から、できるだけ音を立てないように鉄骨を取り出して持ち上げた。
かなり重さがあるらしく、ふさがっていないキューの傷口から血が新たに吹き出した。
キューはそのまま壁際まで持っていく。隣の廃ビルとの間に鉄骨を渡すと力が抜けたのか、膝をついてしまった。
「無理しないで」
私はキューに駆け寄り、その背中に手を置いた。
「大丈夫です。渡りましょう。私が先に行きます」
キューはすぐに立ち上がって、鉄骨の上に乗った。辺りに犬型インルーラーが居ないか確認しながら軽々と鉄骨を渡りきり、隣の廃ビルに降り立った。
「さぁ、ルィも。足元濡れていますので気をつけて」
キューが聞こえるか聞こえないかくらいの小声で私に向かって言った。
私は頷き鉄骨に足をかけ、1歩1歩慎重に進んでいく。雨足は強くなってきている。もう鉄骨は充分に濡れていた。
途中、思わず下を見てみた。3階分の高さは、想像以上に高い。私は思わず恐怖で濡れた鉄骨に足を取られて体勢を崩してしまった。
咄嗟に鉄骨に手をついて、しゃがみこむ。どうにか落下は免れた。
「ルィ……!」
キューが、声を潜めながら投げかける。
「……大丈夫……大丈夫」
私はもう二度と下を見ないようにしながら、手で鉄骨を握ったまま這うようにゆっくりと前へ進んでいった。もう全身がずぶ濡れだ。キューが言うように、体温が刻々と奪われていくのを感じる。
「ルィ、後少しです」
キューが手を差し出している。
後少し。あと数ミリでキューの手に触れられそうだと思った時であった。鉄骨に何かが絡まり、真ん中から力いっぱい折られた。
「キュー……!」
私はキューに手を伸ばしたまま。地上へ向けて落ちていく。
人は死を感じると脳がその処理速度を限界まで上げて時間の流れを遅く感じさせるという。
その現象が、今まさに私の脳にも訪れた。
世界の全てがゆっくりと見え、雨粒は綺麗な丸い水滴となり私と共に落下していく。体の動きも遅い。
どうにかゆっくりゆっくりと、眼球を動かし、キューを見た。
するとキューはすでに迷うことなく飛び出し、廃ビルの壁面を蹴って、私へ向かって落下していた。
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