12話 犬型インルーラーとの遭遇
私達は戦車の残骸に身を隠し、辺りに何かいないか探した。
「気のせいじゃないの……?」
「いえ」
キューが上を見る。すると、3階部分まで崩れた廃墟から、影が音もなく落ちてきた。
私は目を凝らしてその影を見た。するとそれは影ではなく、1匹の犬のような生き物であった。だが、明らかに犬ではない。体毛は無く、皮膚は血色が悪そうな紫色をしており、背中の部分に隆起した皮膚が一本、風になびくように突き出していた。
「なにあれ……犬、じゃないよね」
「あれは……インルーラーです」
キューが以前教えてくれたのだが、例えば地下鉄跡で私を食べようとしていたミュータントは、インルーラーが寄生したことで生まれた化け物ではあるのだが、正確にはインルーラーそのものではないそうだ。
インルーラーと呼称されるのは寄生している大元で、親機とも呼ばれている(父も言っていた)。
その親機が「命令受信体」という命令を送り込む器官を植え付けたのが、ミュータントと呼ばれる(父の研究所で襲ってきた研究員たちもそう)、元人間や元他の生物たちだ。
ミュータントはインルーラーに「命令受信体」を埋め込まれても、攻撃命令が送り込まれない限りは外見などに変化はなく、人間であればこれまで通りの生活を送る。
だが、ひとたび命令を送り込まれ、攻撃態勢に身体が変化すれば、記憶も知能もなくなり、ただ親機であるインルーラーの命令を実行する操り人形になる。
ミュータントのその殆どは戦争で人類と戦いを繰り広げたが、戦争後は親機からの命令を失いただ動くものを襲う。まさに映画に出てくるミュータントとなっているそうだ。
「じゃあ、あれは親機ってやつ?」
「ええ。あの背中の触覚。あれがインルーラーの証です」
「インルーラーって、ミュータントとはどう違うの?」
「インルーラーには知能も自我もあります。寄生した生物の記憶や知識、経験を奪うからです。だから中には、並の人間よりも知能のある個体もいたと聞きます」
じっと止まり、触覚のような部分が小刻みに動く。まるで何かを探しているようだ。
「どうする? 戦う……?」
「間違いなく私達に気づいてるので、戦うしかないですね」
「今、どれくらいエネルギーが落ちてるの?」
「今の私は、ルィ8人分くらいです」
「あーなるほどね……え?」
それって十分強いと思うけど。もしかして、私って8倍になってようやく1人前くらいって思われてる?
「それって強いの? 弱いの?」
そう小声で私は言いながら、犬型インルーラーの方を見た。
だが、そこには姿はなかった。
「ルィ、逃げて!」
キューが叫ぶ。体に強い衝撃が走り、私はその場から押し飛ばされた。
キューが力いっぱい私を押し飛ばしたんだ。
「キュー!」
顔を上げてキューを見ると、いつのまにか犬型のインルーラーは私達の背後に回り込み、触覚のように漂わせていた体の一部を硬化させてキューの胸を貫いていた。キューが背にした戦車の残骸に突き刺した触覚がぶつかった、金属音が辺りを包む。
キューは痛みに耐えるように顔をしかめ、刀を抜いて犬型インルーラーを薙ぐように振り抜いた。
しかしその斬撃は空を斬るだけだけで、犬型インルーラーは軽やかに後ろに飛び退いていた。
「大丈夫⁉」
「来ないで!」
私が駆け寄ろうとするのを声だけでキューは制止する。その目は犬型インルーラーを突き刺すように見つめたままだ。
「私は大丈夫」
キューは何事もなかったように立ち上がり、犬型インルーラーに刀を構えた。
犬型インルーラーは犬とは思えない奇怪な笑みを浮かべ、驚いたことに人間の言葉を発した。
「まだ生き残りがいたとは。やはり人間はしぶとい生物だ。嬉しいぞ」
「喋った」
私は驚き、思わず声にしてしまった。犬型インルーラーは、私の方に目を向ける。恐ろしさと、得体のしれない気持ち悪さが私の全身に走った。
「どこに隠れていた?」
犬型インルーラーはキューに突き刺した触覚部分を口元に持っていくと、長い舌で触覚についたキューの血を舐めた。味わうように舐めると、小さく頷き、キューを見た。
「この味。なんだ、人間ではないのか。お前はあの人間の玩具たちの生き残りだな。どうりでまだ生きているわけだ。だが」
犬型インルーラーが蔑むような目で私を見た。犬なのに間違いなく私を馬鹿にしているとわかるような目だ。
「お前は脆弱な人間にしか見えん」
どうしてかみんな私をひ弱な存在としか見てくれないみたいだ。当たってるけど。
「私は玩具じゃない。女子攻生だ」
そう言うとキューは犬型インルーラーに向かって駆けた。再び触覚がキューに襲いかかる。キューは触覚が当たるギリギリで上半身だけを後ろに反らし、膝を曲げてスライディングのような体制で避けた。キューを通り越した触覚が空を切る。
すかさずキューは片手で触覚を掴むと、反対の手に握った刀で触覚を切り裂いた。
犬型インルーラーが呻くような声を上げる。
そのままキューは犬型インルーラーに向かい、刀の切っ先を突き出した。
しかし突き出した刀は弾かれた。犬型インルーラーの体から2本も触覚が増えて飛び出し、またもやキューの肩と足を貫いた。その一撃でキューは刀を取り落としてしまった。
キューがすぐさま落とした刀を拾おうと、触覚が突き刺さったまま手を伸ばしたが、さらに犬型インルーラーから1本触覚が伸び、キューの刀を弾き飛ばしてしまった。
3本目の触覚がキューの顔めがけ向かった。すんでのところでキューは触覚を両手で掴んで止めた。
「キュー!」
私はまた叫ぶだけしかできない。
「ルィ! こいつは私が押さえておきます。今のうちに逃げて!」
「けど、キューはどうするの⁉」
「私のことはいいから……早く!」
キューがそう叫ぶと同時に、犬型インルーラーは触覚を突き刺したままキューを軽々持ち上げ、戦車の残骸に投げつけた。キューがぶつかった衝撃で戦車の残骸の側面がへこんだ。それでもキューは触覚を握ったままだ。
犬型インルーラーが小さく笑った。
「お前、弱いな。本当にあの戦いで、我々の仲間を多く殺した奴らか?」
しかたないじゃない。今、キューはエネルギー不足なんだから。
「ルィ、いいから行って! こいつは私がどうにかしますから!」
キューが私に叫ぶ。
「その弱さでどうするって?」
犬型インルーラーは笑うようにそう言うと、再びキューを持ち上げては戦車の残骸や地面に叩きつけていく。キューは痛みに耐えるような声を上げながら、なおも私に逃げろと言い続けた。
どうすればいい。どうすれば……って、逃げる以外に方法なんて無い。私にできることなんて何もないのだから。キューはどうにかするって言った。それを信じるしかない。
私は一刻も早くこの場から逃げ出そうと振り返った。
けど、逃げてどうする? この世界で私はキュー無しに生きていける?
いや、その前に。
ここで逃げ出すことが、本当に選ぶべき道なのだろうか。
これが、最善の手で、これが後悔しない選択なのだろうか。
私は立ち止まり、キューに振り返った。
やることは一つ。目指すべきは、一箇所。
キューが握っていた三本目の触覚が彼女の手から引き抜かれ、犬型インルーラーの顔の横でフヨフヨとキューを挑発するように動くと、先端が食虫植物のように割れた。中には幾つも小さな突起があり、中心から細長い針が突き出してくる。
「私にその体を捧げるか、その体が朽ちるまで私のために生き続けるのか。どちらがいい?」
犬型インルーラーはまた奇怪な笑みを浮かべた。
キューは空いた手で、肩に突き刺さった触覚を抜こうとしながら答えた。
「死んだほうがマシだ」
「そうか」
犬型インルーラーは思案するように首を傾げ、言った。
「4本脚にも飽きていたところだ」
音もなく、針がキューの額に向かって伸びる。
「キュー!」
私は飛ばされていた刀を拾い上げ、キューめがけて投げた。届け!
刀は奇跡的にキューへ向かって回転しながら向かっていく。だがそれよりも早く針の出た触覚がキューの眼前に到達しようとしていた。
咄嗟にキューは両手で触覚を掴む。そして体を少しひねると、飛んできた刀の持ち手を口で噛み、咥えた。
そのままキューは体をねじって刀を振り、触覚を3本とも切り裂いた。
犬型インルーラーから、痛みに耐えかねる悲痛な叫び声が上がった。
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