11話 自然へと還る戦争の記憶
2時間ほど歩いたところで私達は休憩を取った。いたるところに生えている木(これは桜の木だとキューが教えてくれた)の枝を折り集め、火を点ける。火はキューが持っている小型の燃焼装置で点火した。
「我々、女子攻生はいかなる場所でも長期間行動ができるように、このような最低限のサバイバルグッズを携行しています」と、キューは言っていた。
そうして生まれた火元に、道中で拾った銅製の鍋を乗せ、比較的澄んでいるところを選んで汲んだ雨水を入れて煮沸した。
「ちゃんとお湯だね」
煮沸が完了して、少し冷ました雨水を口に含み、私は言った。
「ルィが飲める飲料水を確保するだけでここまで手間がかかるなんて。もしかしたらシャングリラへの行程での最大の敵は、インルーラーやミュータント等ではなくて、飲食かもしれませんね」
「あと怪我と病気」
お湯をすすりながら私は付け加え、さらに言った。
「人間って脆いでしょ」
遺伝子を強化して人間を超えた存在となった女子攻撃型生体兵器、通称「女子攻生」。キューは見た目は人間だが(獣耳とシッポがあるが、パッと見はコスプレイヤーでも通せそう)、その体の構造は私とは全く違うという。
だから怪我もすぐ治るし、病気も殆どかからないそうだ。当然泥水を飲むこともできる。
「その人間であるルィを守るのが、私の任務です」
キューは火を消しながらそう答えた。私は、それに関しては何も言わなかった。
休憩を終えた私達は地下鉄跡から少し東へ歩いていく。この辺りは比較的背の低い廃屋が立ち並び、その中を通り抜けていくよりは、東へ走る道路跡を抜けたほうが効率がいいとキューが言ったからだ。
道路跡と言えども足元はアスファルト片と雑草とぬかるみが合わさり、歩きにくい。驚くことなかれ、私はいまだに裸足である。
「どこかにルィのサイズに合った装備が落ちていればいいんですが」
キューが歩きにくそうにする私を見ながら言った。それって、暗に私が小さいって言ってるのかな。まぁ小さいから何も言い返せないんだけど。服はサイズが合ってなくてもどうにかなる。けど、靴に関してはサイズの問題が必ずつきまとう。今の所、私の足のサイズに合った靴は落ちていなかった。
道路跡を抜けると、視界が開けた。
朽ちてはいるがその大きさ、広さから大通りとわかる直線が北へ抜けていた。通りに面して、背の高い建築物跡が並ぶ。だがほとんどの建築物跡は、三階より上は鉄骨だけが残され、外壁は残っていなかった。
「わぁ」
私は思わず声を上げた。通りには、いくつも大きな鉄の箱が落ちていたからだ。燃えて真っ黒になったものや、砲塔が折れ曲がっているものも多い。どれも通りに沿って並んでサビつき、苔だらけになって景色の一部になろうとしていた。
「これって戦車?」
「はい。この辺りから、インルーラーとの戦闘が活発だったエリアに入っていきます」
これまでの道のりでもいくつかは戦争を想起させる残骸は見ていたが、ここまで直接的な物量を目にしたのは初めてだった。
戦車だったものだけではなく、細長い機体に折れ曲がったプロペラから、ヘリコプターのようなものもいくつか落ちているようだった。
ふと、違和感を感じた。私の近くに残った戦車やヘリの残骸は北を向いて沈黙しているが、少し先の方、数百メートル北にある残骸はどう見ても南へ砲塔が向いて沈黙していた。
まるで、向かい合っていたかのようだ。私は、その疑問をキューに聞いてみようとしたが、いつの間にかキューは戦車の残骸の中に潜り込んでいた。
「……なにしてるの?」
キューが顔を出さずに答える。
「食料を探しています。戦時中に配給された携行栄養食は数百年は持ちますので。それに、もしかしたらFBSもあるかも」
「FBS?」
聞き慣れない単語だ。
「Food-for-Boosted-Soldier、私達遺伝子強化兵用のエネルギー食です。それが1本あれば、私はフル状態まで回復します」
なんて便利な食事だ。いや、体?
「……何も無いです」
シュンと獣耳を垂らしたキューが、戦車の出入り口から顔だけを覗かせた。
「インルーラーは人類に寄生し、さも人類であるかのように振る舞って地球上に溶け込みます。その個体が一定数を超えたと判明した時、人類はインルーラーと戦うことを決断しました。そうして戦争が始まったのです。だから戦いは、人類と、インルーラーが寄生した人類との間で起こったのです」
先程の違和感について、キューが答えた。
つまり、この残骸は人類のものもあれば、インルーラーに寄生された人類が操っていたものもあるということか。
私が眠ってから起きた、人類とインルーラーとの戦争。その結果、人類もインルーラーもほとんどが死滅した。私は眠っていたことで生きながらえたけど、誰もいないこの世界に目覚めたことは、果たして幸運なのか不運なのかわからなかった。
「……戦争か」
私はボソリと呟いて通りの先に目をやった。遠くに、半分くらいで折れてしまっている見覚えのある背の高い建造物が小さく見えた。
「あれ、東京タワーじゃない?」
私がそう言うと、キューがタワーの方へ視線を移し、目を細めた。虹彩が淡い青色に光る。恐らく視覚素子に情報を浮かばせているのだろう。
「そうですね。今は折れてしまっていますが」
「戦争で折れちゃったのかな?」
「どうでしょう。東京タワーを構成する鋼材の耐久年数はおよそ200年ですから、もしかしたら劣化で折れたのかもしれません。今では維持する人もいませんから」
「そっか」
こういう話を聞くと、私が眠っていた数百年という時間の長さをダイレクトに感じてしまう。少し落ち込み、視線を足元に向けた。すると、土や石ではない何か白くて細長いものを踏んでいることに気がついた。
「なんだろうこれ」
しゃがんで手で掘り返してみる。その何かはわずかに土に埋まっているだけだったので、すぐに掘り起こせた。立ち上がって眺めてみた。
30センチくらい。いや、もう少し長いかな。それくらいの長さの真っ白い棒。両端が少し膨らんでいる。
「人間の大腿骨ですね」
キューがしれっと告げる。
「え?」と驚いた拍子にそれを落としてしまった。そうして気がつく。俯瞰して見てみると、ボロ布と化した服を着ている白骨化した人間が1人分、そのまま地面に横たわっていた。
声にならない悲鳴を上げて、キューに抱きつく。
「人、人が!」
「今まで気づかなかったんですか?」
「気づかなかったって、何が!」
「これまでの道のりにも、何人も人の骨が落ちていましたよ。長年の風雨で大体は埋もれていましたけど」
そう言われて、つい目を周りに向けた。言われたから意識してしまい、そうして脳はその情報を正しく伝え始める。大通りにも、これまで辿ってきた道にも、骨のようなものが散乱していた。
当然だ。戦争が起きてこの世界は死滅した。東京だけでも多くの人が生きていたんだ。被害にあって命を落とした人が散乱していておかしくない。
逆によく今まで気づかなかったものだ。
「この人達は、戦争で……インルーラーに殺されたのかな」
「かもしれませんし、その後の核攻撃や放射能で亡くなったのかもしれません。もしかしたらその後も生き延びて、なんらか他の理由で亡くなったのかも」
そう言いながら再び歩き始めたキューの横に、小走りで追いついて私は聞いた。
「ちょっと待って。そうだ! 核攻撃ってことは放射能は? 大丈夫なの?」
「核兵器投下から300年以上経っているので、そこまで問題は無いです。ですが、全く問題ないわけでもないですし、放射線量が多い地域もあると思いますので、気をつけながら旅を続けないと」
「それもその目でわかるの?」
「ええ」
大丈夫と言われても、それでも恐怖はある。だからと言って逃げることもどうすることもできないわけだけど。
「私が眠った後……人間とインルーラーが戦争を始めたんだよね。最後には核兵器を落とさないといけないようなくらいの戦争が」
ほとんどが自然に帰ろうとしている光景から、その悲惨さの一端が伝わる。じゃあ、実際はどれだけ恐ろしい戦いだったのか。想像すらできない。
キューはそんな戦いを経て、私の前に現れたわけだ。
「キューはよく無事だったよね。まぁ確かに凄い強いし。戦争って、どんな感じだったの?」
私がそう言うと、キューの足が止まった。
「どうしたの?」
キューは下を向いている。その表情は暗い。
「キュー? ごめん、いい思い出じゃないもんね。嫌なこと聞いちゃった」
「いえ……そういうわけでは」
そう言ってキューは私を悲しげな目で見ると、「なんでもないです」とつぶやきまた歩き始めた。
その時である。
「ルィ、止まってください」
すでに表情の戻ったキューは手で私を制止すると、刀に手をかけた。
キューの獣耳とシッポが何かを探るように小刻みに動く。
「どうしたの?」
「何かに……見られています」
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