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ここは終末世界、私は女子攻生と旅をする。  作者: 播磨播州
はじまりは300年後編
1/43

1話 私は餌じゃない

 私は捕食されようとしていた。


 今、私がいるのは薄暗い地下鉄跡だ。夏真っ盛りのこの季節でも、地下はひんやりと涼しく、寒いほどだ。目に入るのは壁に描かれた矢印と、ほとんど消えて読めなくなった案内板。雑草に埋もれたレール。

 どこへ続くかわからない数々の通路。そして埃とカビ、生き物が腐ったような匂いがこの地下世界には漂っていた。


 恐らくここも数百年前は多くの人が行き交い、インフラとして生活を支えていたはずだ。私も、その一人だったのだから。

 だけど今この場所には餌候補である私と、捕食者であるミュータントの二人(いや、一人と一匹?)しかいない。




 目覚めたばかりの私は、溢れ出す好奇心と、ずっと着替えられていないボロ布に手足を通す穴を空けただけのようなこの惨めな服の代わりを探すという目的で、一人勝手に地上からここへインした。

 少しの間は優雅に廃墟となったこの空間を探索していたのだが、気がついた時には後ろにヤツが立っていて、目があった瞬間に一目散に逃げ出したわけだ。


 危機感がない? だって仕方ないじゃない。私の感覚ではつい数日前までは正常だった世界が、ほんの少し眠った(ような感覚)だけで、こんなに危険な世界になっているんだもの。

 

 私が生きていた時代の、私が認識していた小さな世界に存在する驚異は、せいぜいひったくりとか、陰部を露出する変態(いまだになぜそんなことをしたがるのかはわからない)くらいだったのに、今ではまさか人間を生きたまま捕食しようとする生物が闊歩しているなんて。


 こんなことならもっと、彼女の言うことを聞いていればよかった。いや、こういう注意事項は何度も言っていたかもしれないが。後悔というのは、先には立たないのだ。それに自分で言うのは変だが、十七歳の女の子というのは、同年代の男の子に負けず劣らずに好奇心の塊なのだ。




 一目散に逃げ出した私は、曲がりくねった通路を逃げに逃げた。逃げ込んだ先が一本道だとは気づかずに。そうして閉じたドアがあるだけの突き当りにぶつかった私は、ようやく自分がまさにデッドエンドだということに気がついた。


「あぁ、失敗した」なんて心の中で大きく叫ぶ。


 男女混声の悲鳴のようなミュータントの叫び声が聞こえて、私はドキリとして壁にピタリとくっついたまま、曲がり角の向こうを覗いた。先程駆け抜けて来た五メートル程の一本道の通路が目に入る。天井部分にところどころ亀裂が入り、地上に降り注ぐ太陽光を気持ちばかり取り込んでいる。


 そのおかげで、私は壁にぶつからずに逃げ続けられたわけだけど、奥の曲がり角から顔を覗かせた捕食者の体躯もはっきりと目に飛び込んできた。




 全身がヌメヌメとしており、まるで人間が裏返り、内蔵が全身を覆っているかのような姿。その身長は二メートル近くあり、てっぺん近くに顔のようなもの……顔のパーツを適当に投げつけた部分がある。最も目立つのは、骨だけのように見える地面まで伸びた長い腕。あれで餌を捕まえて引き裂き、食べやすいように細切れにするのかもしれない。


 ヤツは「ミュータント」「元人間」「インルーラーの被害者」等、様々な呼び名があると彼女は教えてくれた。「もし見つけたら、絶対に姿を見られないようにして逃げないといけない」「なぜなら生きたまま食べられるから」とも。


 そうやって教えてくれた彼女に、心の中で陳謝した。


 私を助け出してくれた、彼女。せっかく助けてくれたのに、無駄になりそう。彼女が言う目的も果たせないままに。いや、どのみち私は従うつもりはなかったわけだけど。

 考えろ、考えろ。どうしたらこの窮地を脱せるかを。ぐるぐると思考を回転させながら、壁に背を預けたままズリズリと床にお尻をつけた時、ふと目の前の壁の下側に小さな穴を見つけた。外れた蓋が床に転がっているところを見るに、もしかしたら換気口のたぐいかもしれない。




 私は、音を立てないようにゆっくりとその穴に頭を入れ込んだ。真っ暗で先は見えないが、風を顔に感じた。つまり、どこかへは繋がっているのでは。その先がもしかしたら水没しているかもしれないし、致死性のガスが出ているかもしれないけど。

 大きな鼻息を鳴らしながら、近づくヤツの足音が背後で大きく聞こえた。もうすぐそこまで近づいている。匂いで場所がバレているのかも。


 ええい、どうせ死ぬなら窒息か中毒かで死のう。生きたまま食べられるのだけは勘弁だもの。そう思って私は急いで換気口に飛び込んだ。体をねじりねじり、ねじ込む。換気口に対して、私の百四十八センチの体はギリギリだった。ラッキー。小さくてよかった。嬉しくはないけど。

 あとは足が入れば完全に換気口内に入り込めるというところで、右足首に硬い枝が巻き付いたような感触がした。矢先、すぐさま強い力で廊下に引き戻されそうになった。




 私は悲鳴を上げて足をバタバタとさせて暴れた。左足で右足首付近を蹴るのも忘れない。だが右足に巻き付いたものは、骨を折るんじゃないかというくらいの力強さで、さらに足に食い込んでくる。

 痛みに負けて一瞬、私は全身の力を抜いてしまった。あっという間に換気口から引き出され、右足首を持ったまま、宙ぶらりんの状態にされた。上下逆さまの世界で、ミュータントと目が合った。目だけはいやに人間ぽくて、それが更に恐怖感を増長させた。


 ミュータントは右手で私の右足を掴んだまま、左手の長く伸びた指先を私のお腹に押し当てた。クルクルというくぐもった音が、ミュータントから聞こえた。唸り声か、腹の虫か。

 伸びたミュータントの指先に力が入った。私のお腹に突き刺そうとしている。想像する。突き刺してどうするかを。引き裂いて、内蔵を出す? 何度も刺して楽しむ? どちらにせよ、私がひどいことになるのは変わらないわけで、当然、私は悲鳴を上げた。



「やめて! 離してよ!」



 どこまでも聞こえるように、そして悲痛に叫ぶ。だけど、どれだけ叫んでもこの地下には誰もいない。私とこの怪物だけ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。


 いや、ただで死んでたまるか! どうせ死ぬなら一矢報いたい。私は後悔した生き方も、後悔した死に方もしたくないんだ。自由な左足に反動をつけて、全力でミュータントの目をめがけて蹴り込んだ。私のつま先はなんとミュータントの目玉の一つにクリーンヒット。耳をつんざくミュータントの悲鳴が狭い廊下に響き渡った。

 どうだ! ざまーみろ。私を食べる時、この痛みを思い出せ。なんて意気揚々に思ったのもつかの間。ミュータントの口の部分が怒りの叫びを上げながら大きく開いた。吐き気をもよおす悪臭が鼻をつき、どこまでも深く沈んでいきそうな真っ暗な口内が目に飛び込む。この大きさなら私の頭なんて一飲みだろう。死までの猶予が一気に消えた。



 もう一度言う。後悔は先には来ない。今度こそ、死、デッドエンド、さようなら。



 もうだめなのかと思った瞬間、何かを殴りつけるような大きな音が聞こえた。音は、行き止まりにある閉じたドアからだ。私もミュータントも反射的にそちらの方へ顔を向けた。

 もう一度、大きく音が響いたと思うと、閉ざされていたドアが変形し、折れるように外れて床に倒れ込んだ。埃が舞い上がり視界を塞ぐ。



「見つけた」



 埃の向こうから、彼女の声が聞こえた。

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