【汚れ落とし】しか能のなかった幼女、みんなに溺愛されながら移動清掃屋始めました。
「ああっ!」
馬車から落ちた檻。
思わず悲鳴を上げた。
側面が地面に叩きつけられた事で、胸を強く打ちつけてしまう。
痛い。でも、それどころではない。
顔を上げる。深い、薄汚れた藻のような色のドラゴンがそこにいた。
「い、いや……」
「助けてくれ! 誰か……ぎゃあああっ!」
同じく馬車に取り残された奴隷たちが食われていく。
わたしも間もなく食われるだろう。
ああ、なんでこんな事に。
まだ八年しか生きていない、わたし……アニー・コニリアは今世のすべてを恨んだ。
わたしはとある辺境伯の次女として生まれた。
とんでもない毒婦の母と、その毒婦にすっかり心を壊してしまった父のおかげで、貴族令嬢らしい生活も教養も与えられる事がなく育つ。
わたしと姉に与えられたのは、名前と物置小屋、粗末な服と食事と家事仕事……そして母の世話。
それでも、わたしが生まれたばかりの頃よりはましかもしれない。
姉はそれにプラスして、わたしの育児を申しつけられていたのだから。
わたしに前世の記憶がなければ、きっとわたしも姉も生きてこれなかっただろう。
そう、わたしは転生者。
猛暑の中、仕事で外に出かけた際気を失い……おそらくそのまま死んだのだろう。
気がついたらアニーになっていた。
……でも、それはまだ不幸の始まりでしかなく……七歳の時に行われる『固有スキル鑑定式』で発覚したわたしの固有スキルが【汚れ落とし】だった事から、母に「ちょうどいいわ。掃除婦として、売り払いましょう。ちょうど新しい靴が欲しかったのよね」——と、本当に売り払われてしまったのだ。
それから一年、大好きな姉と引き離され、数多くの屋敷の掃除婦としてこき使われてきた。
わたしの【汚れ落とし】のスキルは凄まじく万能で、一度であらゆる汚れが取れるばかりか一度汚れを取ると一年はその状態が保たれるらしい。
だからたらい回しのように、いろんな貴族の屋敷に放り込まれたのだ。
最後に放り込まれたのお屋敷では、幼児趣味の旦那様が夜部屋に来るように言うし。
無視したら翌朝奴隷商に売られるし。
そこから別の国に売られる事になって、檻に閉じ込められて移動中ドラゴンに襲われるし……今ここね。
ねえ! わたしなにかした!? 悪い事した!?
ここまでの目に遭うような悪事、した覚えないんですけど!
「グルルルルル……」
「……っ」
檻はひと噛みで破壊される。
中にいた奴隷は皆一呑み。
喉の辺りを通過する時、ボキボキととても嫌な音がする。
悲鳴はついに途絶え、残りはわたしだけ。
声を押し殺し、自由を奪うだけの檻に、今は『特別頑丈でありますように』と祈りを込めるしかない。
「氷牙! 爆砕!」
「!?」
「ギャオオオッ!」
「悪の魔物め! 弱いものいじめはそこまでだ! 赤き氷結の戦士、リザルト・クールがお前を倒す!」
「!!??」
なんか、変なの出た!?
「やめろ」
「あいた!」
「その隙しかない口上、してる暇があるなら魔物を倒せ」
また別な人……。
現れた二人の男はどちらも武装しているから……冒険者? それとも傭兵、だろうか?
叫んで現れた方は赤い服を纏い、珍妙なマスクを顔に装着し、変なポーズをしながら槍を構えている。
もう一人はオレンジ色の髪、紫色の装備の剣士。
「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜー!」
変人の方がやっぱり叫びながら飛び出した。
槍を振り上げると、周囲に白い粉末が漂い始める。
ドラゴンは再び巨大な咆哮を放つと喉を真っ赤に染め上げた。……あれは、まさか!
「絶対零度スターンプ!」
ネーミングセンス悪……!
「グオオオオオオッ!」
「! きゃっ!」
いやでもすごいな!?
ドラゴンお得意のファイヤーブレスが、放たれた瞬間から凍りついて蒸発していく。
ほぼ爆発に近い轟音と衝撃波。
わたしの檻がまた転げてそこから離れる。
「!」
「じっとして」
突然強風が止まったと思ったら、オレンジの髪のお兄さんが檻を掴んでいた。
そして、素早い剣技で檻の上を破壊する。
で、出られた……? 助かったの?
「俺は冒険者のリヒト。あっちの騒がしいのはリザルト。……あれでも勇士」
「!」
勇士——勇者候補と言われる、冒険者の中でも国に認められるレベルの超エリート。
あ、あれが?
「あのドラゴンは討伐依頼が出ていた。俺たちはアレを狩りにきたんだ。……君は?」
「え、えっと」
のんびり話している状況ではないのでは、とドラゴンと騒がしい人の方を見る。
すると——。
「とどめだ!」
「ギャアァッ!」
ドラゴンの首が落ちた。
人を何人も呑み込んだ、おそろしい化け物が……倒れる。
「終わったぜ!」
「いちいちポーズ取らなくていいから。……生存者はこの子だけみたいだな……。というか、この檻ってまさか……」
「檻? ……なんだこれ、この馬車……鎖やら首輪やら妙なものがたくさんあるけど……」
「違法奴隷商の荷馬車かもしれない。君、話せる?」
「……え……! い、違法!?」
そう、と二人に頷かれ、わたしの体はまた震え始めた。
そうだ、わたし……今、危うく食べられそうに……。
「っ……!」
「大丈夫か? もう心配はいらない! 悪いドラゴンはこの正義のヒーロー! リザルト・クールがやっつけたぜ!」
「近くの町で休ませた方がいいかな。お前ドラゴンの死体回収しておけよ」
「もう回収したよ☆」
「じゃあ行こう。乗って」
「…………」
そう言って背中を差し出された。
背負ってくれる……?
「あ、ありがとうございます……」
「少女よ! 自分の名前は言えるかな!?」
「……ア、アニーと申します……」
「アニー少女だな! 俺はリザルト・クールだ! 困った事があればなんでも言いたまえ!」
「ウザ絡みされて現在進行形でお前に困り果ててるから黙れ」
適切なツッコミが大変ありがたい。
そうしてわたしは近くの町の冒険者ギルドに連れてこられた。
応接間に通され、お茶とお菓子、スープを手前に置かれる。
髭を生やしたおじさんとリヒトさんに、改めて事情を聞かれた。
わたしはこれまでの経緯を洗いざらい話す。
まず、心配なのは実家に取り残されている姉の事だ。
姉はわたしにとって母も同然。唯一の肉親だと思っている。
残してきた事が心配で仕方ない。
「……コニリア辺境伯が、よもやそのような事に……」
「ギルマス、この子の奴隷の首輪、外せないの?」
「通常の方法では無理だ。彼女を買い取った奴隷商のところになら、マスターキーがあるだろう。だが簡単ではないぞ。違法奴隷商は警戒心が強く逃げ足が速い」
「……そう。準備がいる、か……」
「ただいまー! リヒトー! 俺一人でドラゴンの死体、受付に渡してこれたぞ! 褒めろー!」
「ぎゃー!」
叫んだのはわたしである。
なにがどうしてそうなったのか、応接間に乱入してきたリザルトさん。
全身血に染まって真っ赤なんですが!
「シャワー浴びて来い!」
「シャワー壊れてるって言われた!」
「宿行け!」
いやぁぁぁ、滴ってる滴ってる!
……あ、そうだ。
「……あ、あの……もしよければ、わたしの固有スキルで……綺麗にします、か?」
「「え?」」
「わたしの固有スキル……【汚れ落とし】なんです……」
「「…………」」
顔を見合わせる三人。
リザルトさんがすぐに「頼む!」というので、ソファーから降りると自分のスカートの裾を破いた。
驚かれたけど、拭くものが必要なので仕方ない。
わざわざ綺麗な布を使う事もないだろう。
「……!」
リヒトさんに抱えてもらいながらリザルトさんの全身を、布でなぞるように拭いていく。
そうするとあれほどの血が蒸発するように消えていった。
「おお……」という感嘆の声に、少しだけ気持ちが高揚する。
ひどい汚れが落ちる瞬間って、最高に気持ちいいもんね。
「できました」
「おお! すごい! あれだけの汚れが全部なくなったぞ!」
「すごいな……最初聞いた時ちょっとバカにしたけど、これはバカにしちゃいけない威力だわ」
「素晴らしい! 君、もしよければうちのギルドで冒険者として働かないか? 町ごとにギャングの抗争で、落書き事案が多発していてね。困っていたんだ」
「え?」
「おいおい、ギルマス。それあとでいいだろう? まずは辺境伯の件。この子の話がほんとなら、なんとかしないとまずい」
「あ、ああ、そうだった」
そうだ、まずは姉を助けなければ!
「おねがいします! ねえさんを助けてください!」
「任せろ!」
「事情も聞いてないくせに安請け合いするな」
「あいだ!」
リヒトさんにグーで脳天を殴られるリザルトさん。
……大丈夫かな、この人たち……。
第10回書き出し祭りに提出した作品です。
幼女ものを書いてみたかったのでチャレンジしました。
こちらの作品は提出開始日当日突如降ってきたネタをなんも考えず書いたいつもの感じです。
『しなびたおっさん』に比べるとかなりいつものノリですね。
なのでこちらの作品で強みにしたのはキャラクターです。
アニー
付属属性は『転生者』×『幼女』×『平凡』。
転生者の設定をつけて、一人称にも耐えられるようにしました。
リザルト
付属属性は『仮面』×『外見と能力は氷属性』×『言動はニチアサ』。
リヒト
付属属性は『平凡』×『外見と能力は火属性』×『保護者』。
複数の属性の掛け合わせは、私がよく使うものです。
これだけでかなりキャラ立ちするようになるはずです。
また、私の場合は既存のキャラの性格を参考にする事が往々にあり、リザルトは『恋愛能オタクの初異世界生活と闇翼の黒竜』に登場するランスロット・エーデファー。
リヒトは『異世界アイドルプロジェクト!』の神野栄治をモデルにしています。
なお、「リザルトとリヒトの名前が似ているので、別な名前にすべきだった」と指摘した方がいたのですが、惜しい、と思いました。
リザルトとリヒトの名前は意図的に似せていたからです。
この話はマジで衝動のまま書いたのですが、その際二人の属性も書きながら決めました。
そしてその時に「双子にしよう」と名前も似せたのです。
ってわけでリザルトとリヒト、双子です。
リザルトが仮面をつけているのは単純に私の「仮面キャラ萌」の他に「戦闘の才能が自分にはあり、その事でリヒトが比べられて嫌な思いをしないように」という彼なりの優しさ……というか、闇。
実はこれがこの作品の『仕込み』なんですが、書き出しという事で今回はそこまでのネタバラシはしませんでした。
まあ、そこまで考察出来る人少ないよねー!
私の勝ち〜☆
って感じなんですけどこのままだと色々弱いので、この作品は連載にする予定はありません。
ねりねりし直すつもりです。
多分別物になりそう。
以上、私が参加した書き出し祭り作品でした。
私は割と「物語と作者がこの世界にたくさん増えればいい」と思ってる派なので、もし昨日の「しなびたおっさん勇者」と「【汚れ落とし】しか〜」を読んで「自分も書いてみようかな」と思ってくれた方がいたら嬉しい。