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ボクといとこ

需要があるかわかりませんが、リオン視点です。連続投稿しています。

 ーーボクは、昔から自分のことが大嫌いだった。


「今日からここが、わたくしたちのお家よ」

「うわぁー! おっきい!」


 母に手を引かれて、伯父であるミュラーリャ伯爵邸を訪れたのは、ボクが二歳になったばかりのことだった。病弱だったボクが外に出たのは、その日が初めてのことで、熱が出ていたにも関わらず、ものすごくはしゃいでいたことを覚えている。


 そのせいで、門をくぐる前に意識をなくしてしまい、気づいた時には知らないベッドで寝ていた。


「……おかーさま?」


 起きたとき、周りには誰もいなかった。知らない部屋で一人きり。これほど心細いことはない。怖いからもう一度寝ようとしても、目はどんどん冴えるばかり。それに、当時のボクは眠ることが怖かった。


 毎日毎日、眠る前に考える。明日、喉は痛くなっていないだろうか、熱は下がってくれるだろうか、ちゃんと目が覚めるのだろうか……そんな心配ばかりが頭をよぎる。それに輪をかけて怖かったのが、母の泣き声だった。母はボクが寝静まると、よく泣いていた。「ごめんね……。丈夫に産んであげられなくて、本当にごめんね……」って、泣いていた。


 それだけじゃない。その言葉の影に「あなたさえ丈夫だったなら、追い出されずにすんだのに……」という恨み言も含んでいるように感じて。ボクはそれが辛くて情けなくて、母を困らせることしかできない自分が、大嫌いだった。


 そんな状態だったから、その日も完全に眠れなくなり、仕方ないから部屋を出た。少し身体を動かせば熱が出て、嫌でも眠れると知っていたからだ。


 ーーそんな夜だった……アンヌに初めて出会ったのは。


 凛とした表情で、一人で廊下に立つ彼女は、ボクが幼かったことを差し引いても、ひどく大人びて見えた。


 声をかけずらくて、思わず立ち尽くしていたら、ボクに気づいたアンヌの方から声をかけてくれた。


「あなたは確か……リオン、だっけ?」

「うん。おねーちゃんは、なに、してりゅの?」

「星を……見ていたの」

「なんで? なんで、ほち、をみてたの?」

「お母様たちが星になったからよ」

「ほちに? なんで?」

「……流行り病で、死んでしまったから」


 その時のアンヌの顔が、今でも目に焼き付いている。大声で泣き叫びそうなほど、顔を歪めているのに、グッと涙を堪えて、悲しみに耐えている姿が、やけに神秘的で、妙に心がざわついた。

 女の人は悲しいと、母みたいに泣くものだと思っていたボクには、涙を見せずに遠くを見つめるアンヌの姿が、衝撃だったんだ。


 ーーそれからと言うもの、ボクはアンヌの後をつけるようになった。アンヌの真似もたくさんした。アンヌの強さの秘密が知りたかったのだ。どんなに悲しくても、泣かずに星を見上げるアンヌに、とても惹かれたのである。


 ーーでも違った。


「リオン、ねぇ大丈夫? リオン……」


 アンヌはよく、ボクが熱を出すとお見舞いに来てくれた。


「なにか……なにか私にして欲しいことはない?」


 必死でボクに語りかけるアンヌを見て、気づいた。アンヌは、ただ、ボクのお見舞いに来ているんじゃない。


 ……アンヌは、寂しかったのだ。


 ボクも同じものを抱いていたから、わかった。

 そういえば、廊下で見つけるアンヌは、いつも一人だった。伯爵邸(ここ)に来てから数年たっても、アンヌが伯父さんと話しているところは、数えるほどしか見てない。そもそも、伯父さんは、仕事で家をあけることが多かった。


 ーーいつだったか、アンヌに尋ねたことがある。


「……アンヌは、どーして伯父さんがいつもいなくても、『さびしい』って言わないの?」

「お父様は、お仕事でお忙しいし……それに、お母様の最期のお願いだったの。『もう泣かないで……お父様を支えられる子になって』って。だから、お父様の邪魔になるようなことは言いたくないの」


 寂しくないわけないのに。アンヌはそうやって約束を守ってがんばってきた。アンヌは別に強くなんかなかった。ただ、ひどく感情表現が下手で、ひどく臆病な少女だったんだ。


 ーーアンヌは、いつも一人だったから、泣けなかっただけなんだ。

 

 ……そう気づいてからは、アンヌがより一層、気になるようになった。そしてより一層、自分が嫌いになった。


 青白い顔に、異様に大きい瞳。ガリガリの手足。同い年の子より、数倍小さくて、数十倍脆い、この身体。アンヌの寂しさに気づいても、助けることも、頼ってもらうことも、慰めることもできない。こんな自分……好きになんて、なれるはずがない。


 それでも、少しでもアンヌのそばにいたいと、一人にしたくないと思って、アンヌにまとわりついた。アンヌも、本人は気づいていないかもしれないけど、ボクが傍にいくと、小さな笑みを見せてくれた。


 その笑みは、ボクが女装するようになって、より顕著になった。「お揃い……」って、小さく呟いていたのも知ってる。


 後でわかったことだけど、アンヌはお母さんと「お揃い」の格好をするのが、とても好きだったらしい。だから流行り病が終息しても、女装をやめなかった。伯父さんも母も困っていたけど、知るもんか。むしろ母親たちを困らせることができて、清々した。


 ーーそうやって、ボクとアンヌは、お互いでお互いの寂しさを埋めるようにして、生きていた。



***


 そんなボクたちの関係が変わったのは、ボクが七歳になった時だった。アンヌに婚約者ができたのだ。


 その話を聞いたとたん、ボクは何も考えられなくなって、気づいた時には、伯父さんの所で叫んでいた。


「アンヌの婚約を破棄して、アンヌをボクに下さい!」

「ど、どうしたんだ? リオン、藪から棒に……」

「だって、伯父さんはアンヌに相談しないで、勝手に婚約者を決めちゃったんでしょ? そんなの、ひどいよ!」

「誰に何を聞いたのか知らないが、アンヌのためを思って決めたことなんだよ? それよりもほら、そんなに怒ると、また熱が出てしまうぞ? 落ち着きなさい」


 小さい子どもの癇癪をなだめるような伯父さんに、イライラした。


「でも、アンヌの婚約者って、時々うちに来ていた、アー、アー……」

「アーダルベルト君」

「そう! そのアーダルなんとか何でしょっ!?」

「問題ないだろう? 爵位も釣り合うし、家のためにもなる。彼自身、前途有望な若者だし、アンヌと見知らぬ仲ではない。むしろ家のために、見知らぬ相手と婚約するよりも、良いと思うのだが……」

「伯父さんは全然わかってない! アンヌはあいつのこと苦手なんだよ!? ボクだって、あいつのこと大嫌いなんだっ!」

「何を言ってるんだ。彼が家に来た時は、リオンも一緒に、仲良く話をしているじゃないか」

「それはっ! アンヌが我慢してるから……」

「でも、そのアンヌが了承したことなんだよ」

「それは、伯父さんのために……」

「リオンにはまだわからないかも知れないが、貴族の結婚はそう簡単に決まるものじゃないんだ。私たちには、義務があるからね。アンヌもそれを理解しているんだよ。それに、アンヌが彼を苦手としているように見えるのも、案外、照れているだけなんじゃないのかな?」

「……は?」


 意味がわからなかった。どうして、アンヌのことを何も見ていない伯父さんが、わかったようなことを言うのだろうか。始めて殺意というものを覚えた気がした。

 でも、これ以上、何を言っても無駄なことはわかった。なら……


「……どうしても、ボクはアンヌと結婚できないんですか? 本当に? 嘘ついたら、伯父さんのこと一生恨みますよ? ゲホッ、ゲホッ……」


 わざと咳をして「これ以上落ち込ませると、具合が悪くなるかも」といった雰囲気を醸し出す。すると、そうした空気が苦手な伯父さんは、「何か、希望をもたせるようなことを、言わねばならぬ」と思ってくれるのだ。


「……うーん、そうだな。アンヌが十八歳なってもまだ、結婚していなければリオンと結婚させてあげてもいい」

「本当っ!?」

「ああ、約束だ」

「伯父さん、ありがとう!」


 とりあえず、言質はとった。今回はそれで良しとしよう。問題はこれからだった。

 ボクは身体が弱い。十歳まで生きられないと言われている。それを何とかしなくてはいけない。……でも、どうやって?


 考えてみれば見るほど、不可能なことのように思えた。ボクはアンヌが十八歳になるまで、生きていられない。もし生きられたとしても、きっと婚約してすぐに、アンヌを悲しませることになる。


 ーーそれだけは、嫌だった。

 

 悲しませるくらいなら、ボクがアンヌの婚約者になるんじゃなくて、アンヌの婚約者にふさわしい人を見つけよう。とりあえず、あいつ(アーダルベルト)は駄目だ。あいつは、男が威張って、やりたいようにやることを、当然だと思っている。次男で、婿養子にしか、なれないくせに。きっと結婚したら、平気で愛人を作るに違いない。


 アンヌを幸せにするために、ボクが頑張ろう……!


 そう決意したその日からしばらく、高熱を出して寝込んだ。……やっぱり、ボクは自分が嫌いだ。



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