私のリオン
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ーー私はリオンの告白を聞いて、心配になったことがある。
リオンが私を好きでいてくれたのは嬉しい。でも、本当にその気持ちは、異性としての「好き」なのだろうか? 家族としての「好き」ではないのだろうか? 私との結婚に執着するのは、私本人が欲しいわけじゃなくて、私というものが欲しいだけじゃないのか?
ーーつまるところ、今までの「ちょうだい病」と変わらない気がしたのだ。私はリオンのパートナーにはなれても、所有物にはなれない。だから、確認せずにはいられなかった。
「なんで? どうしてアンヌはボクの気持ちを疑うの?」
先ほどまでの笑顔が嘘のように、今にも泣き出しそうな顔をするリオンに、胸が痛くなる。
「だって……私はリオンに『姉』として扱われた経験はあるけど、『異性』として扱われた経験がないんだもの」
「そんなことないっ! ボクはあの日からずっと、ずーっと、アンヌを一人の女の子として見てきたんだ! だから、アンヌに男として見てもらえるように、最初は辛くて仕方なかった身体を鍛えることもがんばったし、勉強も、人脈作りも、全てアンヌの為になると思ったから続けられたんだよ? だって……アンヌが結婚相手に望んでいるのは、当主として領地をきちんと治めることと……
……『アンヌより長生きすること』でしょ?」
ーーーー時間が止まった気がした。
「ボク、昔から気づいてたんだ。アンヌがお母さんを亡くしたせいで、人の死にひどく敏感になったこと。そしてそれを隠すために、物事に無関心でいようとしたこと」
私が気づいていなかった、私の本心。……いや。気づかないフリをしていた、私の本心。リオンは、見事にそれを言い当てた。
ーー十三年前、私の世界は一変した。毎日、見知った誰かが死んでいく。庭師のおじいちゃん、仲良しのメイドたち、初めてできたお友達……。どんなに祈っても、どんなに叫んでも、私の願いは叶わなくて。そして、とうとう母まで失って。
ーー私は全てが恐くなった。
私は母を失ったあの日から、大切なものを失うことを恐れた。そして、大切なものを作ることを恐れるようになった。何を見ても、無感動でいたい。何を失っても、心を動かさないようにしたい。執着しない。したくない。もうあんな気持ちを味わうのは嫌だっ……。
「アンヌが、ボクの気持ちに気づかないフリをしているのも、ボクに諦めさせるために、婚約を急いでいたことも、全部知ってる」
私は、誰かに愛されなくて良かった。だって、私が誰かを愛そうとしないから。当たり障りなく、穏やかに過ごせれば、それでいい。一抹の寂しさを感じる自分に、そっと蓋をして。ずっと、そうやって過ごしてきた。
今までの婚約者なら、それでも問題なかった。でも、リオンは違う。リオンの瞳に宿った熱は、他の婚約者たちと全く違った。
私は、その熱が怖かった。リオンの、その熱にからめとられてしまったら……リオンの気持ちを認めてしまったら、私はきっと、それに答えてしまう。リオンが大切なものになってしまう。
だから私は、リオンと婚約しない。したくない。気持ちも認めない。私に、大切なものは必要ないのだから。
ーーねぇ、だからお願い。私から、私の覚悟を奪わないで?
「実はボクね……伯父さんに啖呵を切ったものの、最初はアンヌと本当に結婚しようとは思っていなかったんだ。十歳まで生きられないって言われてたボクじゃなくて、丈夫で長生きできて、アンヌのことをきちんと守ってくれる人と結婚するべきだって思ってた」
「リオン……」
泣き笑いのようなリオンの顔から、目が離せない。
「でも、アンヌの婚約者を見るたびに嫉妬して、ボクの気持ちに気づかないフリをするアンヌに勝手に怒って意地悪して、自己嫌悪に陥って。そんな時、気づいたんだ。ーーアンヌのものが欲しいんじゃなくて、アンヌに愛されたものが欲しいんだーーって。自分がそれほど、アンヌのことが好きなんだって、ね」
自嘲するように小さな笑みを浮かべたリオンは、今までで一番、リオンらしく見えた。
「アンヌが人の死に、ひどく怯えていることに気づいても、諦められなかった。だから、アンヌを怯えさせなくていい人間になろうと思った」
紫色の瞳が、近づいてくる。
「丈夫になったとはいえ、正直、何歳まで生きられるかはわからない。でもそれは、ボクだけじゃなくて、アンヌも伯父さんも同じだよね? 誰だって自分の寿命はわからない。なら、考え方を変えよう?」
一歩、一歩、近づいてくる。
「アンヌのこと、死ぬほど愛してあげる。毎日毎日、嫌になるくらい、心の底から愛を捧げてあげる。もしボクが先に死んだとしても、悲しいって思うんじゃなくて、清々したって思えるくらい、アンヌのこと、たくさん愛するから……」
鼻がぶつかりそうなほど、至近距離で。
「だから……お願い。アンヌの心をボクにちょうだい?」
リオンに言われた。言われてしまった。
そうしたら、もう、私の答えは決まってる。
「…………はい」
昔から私は、リオンのお願いを断れないのだから……
ーーちなみに。
「うぉほぉぉぉん! 私のことを忘れないでくれるかな?」
「あ、お父様」
「ちっ」
良い雰囲気はお父様によって壊されたので、あしからず。
***
数年後。
「アンヌー! ねぇ、アンヌってばー!」
ーー私には、困ったいとこがいる。
「アンヌー。やっぱりボクも行くよ」
「ダメよ。ご婦人方しか参加しないお茶会なのよ」
「大丈夫だよ。女装すれば……」
「却下」
「そんなぁ。ボクはアンヌと片時も離れたくないのに……」
ーー困ったことに、愛が重過ぎるのだ。
でも。
「なら、アンヌがボクの方を見て笑ってくれたら、我慢する」
「…………にこにこ」
「口で言ってるだけで、表情は全然変わってな~い!」
「……だって、照れるんだもん」
「え?」
「リオンに見られてると恥ずかしくて、笑えないの」
「っ! アンヌかわいすぎ! 大好き!」
「ちょ、リオン」
愛情表現過多な彼と、愛情表現に乏しい私。
ーー案外お似合いなのかもしれない。