私のいとこ
初投稿です。
ーー私には、困ったいとこがいる。
「ねえねえ、お姉さま。そのドレス、わたしにちょうだい?」
あの子が首をかしげながら、小鳥のような声でささやく。
すると、アラ不思議。
「アンヌ、リオンに譲ってあげなさい。今度また、新しいものを作ってあげるから」
「そうよ、アンヌ。病弱なリオンのお願いですもの。もちろん、聞いてくれるわよね?」
お父様が当たり前のように命令し、叔母様が当たり前のように圧力をかけてくる。こうなると私は、「……はい」しか言えなくなるのだ。
「お姉さま、ありがとう! 大好き!」
「良かったな、リオン」
「良かったわね、リオン」
リオンを挟んで、笑いあう家族。その中に私はいない。譲った瞬間、私のことなんて忘れてしまうのだ。だから、お父様が代わりに新しいものをくれたことも、一度だってありはしない。
ーーでも、仕方ない。
「……ッ!? ゲホゲホッ」
「リオン、大丈夫か!?」
「お、お医者様をっ!」
ーーそう。仕方ないのだ。
私の三つ年下のいとこは……ひどく病弱なのだから。
***
リオンが我が家にやってきたのは、十三年前。私が五歳になった頃だった。
当時、恐ろしい流行り病が猛威を振るっており、多くの人々が亡くなった。私の母もその一人で、あまりに突然の別れに、幼い心がついていけず、毎日ふさぎこんで過ごしていた。
ーーそんな時、リオンがやってきたのだ。
なんでも叔母は、流行り病で夫を亡くしたせいで、リオン共々嫁ぎ先から追い出されたてきたらしい。原因は知らない。……まぁ十中八九、嫁姑の反りが合わなかったことと、跡取りとしては病弱すぎたリオンを、厄介払いしたかったからだろうけど。
年の離れた叔母のことを、とてもかわいがっていたお父様は、二人のことを快く受け入れた。母が亡くなったばかりで、女手を必要としていたことも、一因だったのだろう。
二歳になるかならないかだったリオンは、私という姉ができたことに対して、それはもう大変な喜びようだったらしい。……正直、あまり覚えていないけど。
私が覚えているのは、毎日ひよこのように私の後についてきては、熱を出して寝込んでいたリオンの姿だけ。ベッドで寝込む姿が母と重なって、かわいいと思うよりも、辛いと思ったことの方が多かった気がする。
それでも、私は年上として、できる限りリオンの良い『姉』でいようとした。あの子のお願いはできるだけ叶えて挙げなきゃ、なんて使命感を持つくらい、リオンのことは気にかけていた。
……今思えば、リオンの面倒をみることで、母を失った寂しさを紛らわせていたのかもしれない。
だから、最初の頃は問題なかった。むしろ、月の半分は寝込んでいるリオンに同情して、自分から「何か欲しいものある?」ときいていたくらいだ。
それに、私は物に対する執着心が極端に弱かった。たぶん、母を亡くしたことが関係していると思う。母の死以来、あまり感情が大きく動かなくなってしまったのだ。
ーーそんな私の態度が良くなかったのだろう。
リオンは私のものは何でも欲しがった。
ドレス、靴、バッグ、アクセサリー、小物などの無機物はもちろん、友だちや愛猫、専属の侍女まで……。私の持っているものは手当たり次第に欲しがった。
だけど、誰にだって限界がある。特に愛猫や侍女は本気で嫌がった。でも、なぜだろう。気づいた時には、すべてあの子のものになっている。
ーーリオンは言った。
「お姉さまのそのアクセサリー、わたしにちょうだい?」
三時間後、細工が欠けた髪止めがゴミ箱に捨てられていた。
ーーリオンは言った。
「お姉さまの猫ちゃん、わたしにちょうだい?」
三日後、逃がしたらしく屋敷から猫はいなくなっていた。
ーーリオンは言った。
「お姉さまの侍女、わたしにちょうだい?」
三ヶ月後、彼女は暇を出されて故郷に帰っていた。
ーー小鳥がさえずるような声で、あの子は言う。
「お姉さまの婚約者、わたしにちょうだい?」
***
ーー私に一人目の婚約者ができたのは、十歳になった時だった。
我が国では、十歳でお披露目、十六歳で社交デビューして、男子は二十歳、女子は十八歳までに結婚することが暗黙の了解となっている。だからある程度の上位貴族は、十歳までに婚約者を決めることが多かった。
私のお相手は、強気な性格が勇ましい、二歳年上の伯爵家の次男坊。我が家の方から申し込んだもので、いわゆる政略結婚だった。
私は最初、彼の傲慢なところが鼻について、あまり好きになれなかった。とはいえ、当時の私は恋愛に興味もなかったし、十歳の頃から定期的に会っていれば、恋情は芽生えなくても、それなりの親愛は育っていく。
傲慢な性格は成長するにつれて男らしさに変わり、どちらかというと内向的な私は、何だかんだでお似合いの夫婦になれるかもしれない、なんて思うようになっていった。
……けど、いつからだろう?
「今日はお前じゃなくて、リオンに会いに来た」
……そう言って、彼が我が家を訪れるようになったのは。
日を追うごとに、私よりもリオンと会う回数が増えていく。そんな彼に苦言を呈せば、「薄情な姉だ」とか、「お前は心が醜いからそんなことを気にするんだ」とか、ひどく罵倒される日々。
そんな毎日に嫌気がさしてきたころ、唐突に現れたリオンは言った。
「お姉さまの婚約者、わたしにちょうだい?」
……その言葉で全てを悟った。薄々勘づいてはいたが、彼はリオンに籠絡されてしまったらしい。
さすがに私も、そんな相手と結婚する気にはなれず、お父様に相談して、双方合意のもと、婚約を解消した。
その後すぐ、彼とリオンは付き合ったようだったが、一年ともたずに破局したらしい。「リオンの本性を知った」とか何とか言っているようだが、私に言わせれば「なぜ今まで気づかなかったんだ」とあきれるしかない。
ちなみに、そんな彼からは未だに復縁希望の手紙が届く。
二股男という醜聞が広まって、二十歳になった今も、誰とも結婚できていないらしい。……ザマァ。
***
ーーこんな私に二人目の婚約者ができたのは、十六歳になった時だった。
本格的に社交デビューしたことで、婚約者候補は後を絶たなかった。特に私は一人娘だから、「私との結婚」=「当主になれる」と、次男三男たちからのアピールがすさまじかった。
そんな中でお父様が選んだお相手は、家柄では一人目に劣るものの、真面目で他人に優しいと評判の好青年。
……一応、一人目の反省は生かしてくれたらしい。
男性経験が乏しい上に内気な私は、なかなか彼に心を開くことができなかった。多少は、婚約破棄のショックが尾をひいていたのかもしれない。けれど彼はそんな私に、根気よく付き合ってくれた。
会いに来るときは、私が好みそうな手土産を必ず持ってくるし、行動は常にレディーファースト。私のとりとめもない話も、遮ることなく聴いてくれる。夜会でのエスコートもそつなくこなし、会うたびに私を癒してくれた。一人目とは大違いである。
そんな彼だから、私も自然と打ち解けていった。そうなると気になるのは、リオンの存在である。
一人目の時に色々と学習した私は、リオンと彼が出会わないように苦心した。私が気をつけてさえいれば、基本的に自室から出ないリオンとは、会うことはないのだから。
……けど、最初からその努力は無駄だったらしい。
「君のいとこ、幻の令嬢って呼ばれているらしいね」
……彼の方から、リオンのことを話題に出してきたのである。
当時、リオンはお披露目をしていないにも関わらず、幻の令嬢として有名になっていた。彼もその噂を聞いて、興味を持ったらしい。「婚約者として挨拶したい」と言うので、渋々紹介した……ところ。
真面目との評判通り、彼はリオンと出会ったからといって、私のことをないがしろにすることはなかった。でも。
……確かに彼は、優しかった。
私のことを気にかけながらも、リオンのことを邪険にできないくらいに。そしてリオンのお願いを断れずに、ずるずると深みにはまっていく程度に。
そんな毎日に嫌な予感がしてきたころ、飄々と現れたリオンは言った。
「お姉さまの婚約者、わたしにちょうだい?」
……やっぱり、と思った。けれど、私は彼との婚約を解消しなかった。一人目の時と違って、リオンに流されているだけで、完全に籠絡されたわけではなかったからだ。しばらく様子を見ようと考えた。
……けど。
「こんな中途半端な気持ちのまま、君を幸せにすることはできない」
……彼が出した結論は、婚約破棄だった。そんなところだけ、真面目な人だった。
ちなみに、そんな彼はつい最近、殺傷沙汰に巻き込まれたらしい。なんでも優柔不断な性格が災いして、泥沼の三角関係に陥ったあげく、逆上した令嬢に殺されかけたようだ。……ちょっとザマァ。
***
ーー今度こそ! と思っていた私に、三人目の婚約者ができたのは、前の婚約が解消されてすぐの、十七歳になったときだった。
お相手は、婚約者を立て続けに病気で亡くしたという、侯爵家の末息子。普通なら、侯爵という好条件の男性のお相手は、すぐに埋まってしまうものだが、いかんせん不幸が続き過ぎたせいで、忌避されていたらしい。
立て続けに婚約破棄された私も似たような状況だったから、渡りに船だった。彼が十歳年上というのが少し気になったが、結婚適齢期ギリギリになってしまった私には、選択の余地もない。侯爵との婚約を二つ返事で承諾した。
ーーそして、今日。十八歳の誕生日。
「……はぁ。これで三度目の婚約破棄だわ」
……私は盛大なため息を吐いた。
昨日の晩、相手方から一方的に、婚約を破棄するための手紙が送りつけられてきたのだ。理由はわからない。例によって例のごとく、リオンが暗躍していたようだが、話し合いもしてないのに、いきなりなんて……。
何かの間違いかもしれないと思って、侯爵家を訪れるための準備をしていたところ、父がやってきた。
「アンヌ、実はな……お前の婚約者の、侯爵様なんだが」
「婚約破棄の件についてでしたら、聞いておりますわ。ただ、あまりにも突然の事でしたので、侯爵家から正式なご説明を頂いてからお返事を……」
「ーー先ほど、捕まったらしい」
「………………は?」
「侯爵様、捕まってしまったんだよ」
「はいっ!?」
……本当に意味がわからない。侯爵、あなたは何をしたのだ。リオンのせいで犯罪に手を出したなんてこと、ないわよね?
唖然とする私を、気の毒そうに見つめた父は、去り際「落ち着いたら執務室に来なさい。実は、次の婚約者を見つけてあるんだ」と励ますように肩を叩いてくれた。
……けど正直もう、婚約も結婚も、どうでも良かった。私もいい加減疲れたのだ。家のためになって、私に迷惑をかけない人だったら誰でもいい。むしろリオンに奪われるくらいなら、一生独身でも良いかもしれない。
全てが馬鹿馬鹿しくなった私は、半日以上放心して過ごした。せっかくの誕生日が台無しである。
私に男運がないのか、リオンに騙される男たちが情けないのか。とりあえず父に人を見る目がないことは確かなので、婚約話は断ろうと思う。
私は重い足取りのまま、執務室に向かった。
こんな私の唯一の救いは、一人娘だから実家を追い出される心配がないことである。一応この国では、前例が少ないだけで、女でも当主になれる。ただ、配偶者の死亡などによるやむを得ない場合を除き、色々と迂遠な根回しが必要だった。今日、お父様に切り出そう。
ちなみに、独り身で女当主になった場合、お家の存続のため、親族の子どもを引き取る必要がある。
もしかしたら、いとこが私の結婚を邪魔したのは、自分の子どもを私の養子にしようという魂胆があったのかもしれない。もしそうなら、間違いなく叔母の入れ知恵だろう。
そんなことを考えながら、執務室の扉を開けた先にいたのは……
「……リオン」
「お姉さま! 一週間ぶりですね」
ーー底の知れない笑みを浮かべた、リオンだった。
「……どうして、リオンがここに?」
「私が呼んだのだよ」
「お父様……」
ーー半分冗談のつもりだったのだが、リオンのお家乗っ取りは現実になるかもしれない。
私がそう思って戦々恐々としていると、
「実はな、お前の次の婚約者なんだが……」
「伯父さん、まずはわたしからちゃんと言います」
父の言葉を遮って、リオンが私の真正面に立った。不敵な笑みはそのままだ。
ーーなんだ、なんだ。「お姉さまの当主の座、わたしにちょうだい?」とでも言うつもりか。それならば父の娘として、正々堂々と受けて立とう!
私は鼻息も荒く、リオンとしばらく見つめあった。しかし、澄んだ紫水晶のような瞳が、意味深に熱っぽく見つめ返してくるものだから、色々な意味でドキドキした。なんだか、初っぱなから負けそうである。くやしい。
……きっと、リオンの格好がいつもと違うのがいけないのだ。私は思わず二度見したうえ、「リオンにしては珍しい格好ね」と呟いてしまった。
「今日は特別な日だから、わたしも気合いを入れたんだ」
「……そう」
今日のリオンはドレスではなく、見事な刺繍がほどこされた丈の長い上着にズボンとベストという、男性貴族らしい格好をしていた。ヘアスタイルもアップではなく、緩く編んで背中に流している。そのせいか顔つきも凛々しく見えた。
「伯父さんと約束してから、お姉さまが十八歳になるこの日を、ずっと待ってたんだよ?」
「……何で? てかお父様何の話?」
「伯父さん……いやアンヌのお父さんが認めてくれたから、思いきって言うよ」
「いやいや、話聞いて。質問の答えは?」
私のツッコミを華麗に無視して、大きく息を吸い込んだリオンは、今まで聞いたことがないような声で言った。
「お姉さまの婚約者の座、わたし……いや、ボクにちょうだい?」
……
…………
………………
…………………………
……………………………………え?