天使の花束
ある日、天使が綺麗な花束を作りました。
花でいっぱいの綺麗な花束を。
「この花束を手にしたあなたに幸せが訪れますように」
そんなメッセージカードを添えて、
そうして、想いを込めて空の上から放り投げました。
ぽんっ。
最初に花束は、花を摘んでいる若い女の人の手に渡りました。
「まあ、綺麗な花束。誰かの落し物かしら?でも、不思議ね。まるで、空から落ちてきたみたい」
女の人は周りを見渡しましたが誰もいません。
そうしてふと花束に目をやるとメッセージカードに気がつきました。
「私が貰ってもいいのかしら?それなら、これをブーケにしましょう」
女の人は、天使の花束に白いリボンをつけてウェディングブーケにしました。
女の人は花嫁さんだったのです。
綺麗な純白のドレスを着る花嫁さんは花婿さんの|隣でとっても幸せそうに笑っていました。
結婚式の最後に花嫁さんは、ぽ〜んとブーケを投げました。
「次にこの花束を手にした人にも幸せが訪れますように」
ぽんっ。
次に花束を手にしたのは小さな女の子です。
「わあっ、きれい」
女の子は嬉しくなって、その場でくるくると回りました。
「お母さんにあげようっと」
女の子のお母さんは町の病院に入院していました。
今日もお父さんと一緒にお母さんのお見舞いに行くのです。
女の子は病院についてすぐにお母さんの病室にとびこみました。けれども、今日はいつも女の子を笑顔で迎えてくれるはずのお母さんがいません。
女の子は、あれあれあれっと少し悲しくなりましたが、なぜかお父さんはにこにこ顔をしています。
「すぐに来るからね」
そう言って大きな手で女の子をなでてくれました。
そのうちにお父さんの言った通りお母さんが病室に戻ってきました。
……その腕に、小さな小さな赤ちゃんを抱えて。
お母さんは赤ちゃんを産むために入院していたのです。
女の子はなんだか、もじもじとしてしまい何も言わずにお母さんと赤ちゃんに花束を差し出しました。
「ありがとう、お姉ちゃん」
お母さんは女の子を抱きしめながらにっこりと笑いました。
お母さんからはなんだかミルクの匂いがします。
お姉ちゃんになった女の子は、胸のあたりがあったかいようなくすぐったいような気持ちになりました。
お母さんを見上げると自然に笑顔が溢れてきます。赤ちゃんもなんだか笑っているように見えました。
お母さんもお父さんもお姉ちゃんも赤ちゃんもみんなとっても幸せでした。
お母さんが退院する日。同じ病院に入院しているおばあさんが見送りにきてくれました。
このおばあさんは病気で長い間、入院しているのです。
「退院おめでとう。どれ、最後に赤ちゃんに挨拶してもいいかい?」
そういって優しくおばあさんが微笑みました。
「ありがとうございます。ええ、ぜひ、抱っこしてあげて下さいな」
おばあさんが赤ちゃんを抱き上げると赤ちゃんはその小さな小さな手で花束をギュッと掴んで差し出しているのです。
まるで「プレゼント」とでもいうように。
おばあさんがびっくりしているとお姉ちゃんが赤ちゃんに顔を近づけました。
そして、おばあさんへとニコニコ話しかけました。
「この子からおばあちゃんにプレゼントだよ。いいことが、えーとね。しあわせがね、いっぱい、いっぱいありますようにって。うちのいい子でしょ」
えっへんとお姉ちゃんが胸を張りました。
おばあさんがまだ目を丸くしているとお母さんが言いました。
「ぜひ、貰ってあげて下さい。この子達の気持ちです。早くご病気が治りますように」
お母さんがそういうとおばあさんはにっこり微笑みました。
「ありがとう。ちょうど花束を持って行きたい場所があったんだ」
おばあさんの胸ははすごく温かい気持ちでいっぱいになりました。
そうして、少しあとのことーー。
花束を貰ったおばあさんの病気は少し良くなっていました。
主治医の先生がおばあさんに話します。
「これなら、一時退院の許可が出せますよ」
おばあさんは、すごく喜びました。
どうしてもどうしても行きたい場所があったのです。
一時退院の日、花束を持っておばあさんはとある場所に来ました。
町の外れにある墓地
小さな小さなちいさな十字架......それは、何十年も前に亡くなったおばあさんの赤ちゃんのお墓でした。
「しばらく来れなくて、ごめんね」
おばあさんはお墓を綺麗綺麗にすると花束をお供えしました。
そして、語りかけました。
入院中の事、お供えした花束花束の事、病気が少し良くなった事。
たくさん、たくさん話して、最後におばあさんは呟きました。
「愛しているよ。あなたの幸せを今も願っているよ」
ふわふわと漂う雲の上。
天使は花束をずっと、ずうっと見ていました。
そうして、お墓の花束とおばあさんを見てそっと呟きました。
「私も愛しているよ。ずっとあなたの幸せを願っているよ」
天使から溢れたのはずっと、伝えたくて伝えたくて、でも伝えることのできなかった言葉でした。
一筋の涙が天使の頬を伝い流れます。
ひゅぅっ。
ぽとん。
花束の上に涙が落ちました。
おばあさんは、雨が降ってきたのかと空を見上げます。
すると、そこには大きな虹が見えました。
今まで見たこともないような綺麗で澄んだ虹の橋。
天使の花束に落ちた涙が虹を咲かせたのです。
おばあさんは、何かに気づいたように「ありがとう」と呟き、にっこりと笑顔を虹の咲く空へと向けました。
少し涙の滲んだ優しいおかあさんの笑顔がそこにはありました。
その笑顔をみて、天使は幸せな気持ちになりました。
地上を見ながらにっこりと笑顔を浮かべます。
そうして、また再び花束を作り始めました。
「みんな幸せになりますように」