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包丁少女  作者: オーロラソース
4/10

妖精少女《マイフレンド》

前回までのあらすじ


うんちを漏らして失神したよ。

 妖精というものを見たことはないが、それはきっと、このような見た目をしているのではないか。


 目の前で眠っている少女を見て、彼はそう思った。


 つややかな黒の毛並みは「常闇蝶とこやみちょう」の羽、白くなめらかな肌は「涙百合リリティア」の花弁、閉じた瞳の奥にあるのは黒瑪瑙オニキスか、あるいは瑠璃ラピスラズリか。


 随分と長い間を岩と土塊つちくれの中で暮らしてきた彼にとって、少女の持つ瑞々(みずみず)しさは神聖で特別なものに思えた。だから彼は、少女のことを「妖精の国(ファタナシオ)」からきた妖精ではないかと思ったのだ。


 この可憐ではかなげな娘は、なにゆえ斯様かような場所に一人でいるのか。


 傷を負い、汚れた服に身を包んだ少女の顔には涙の跡が見える。


「どうせ、ろくな話ではあるまい」

 口減らし、孤児、追放、少女が荒野を彷徨さまよう理由は、彼にもいくつか想像出来た。

 

妖精の国(ファタナシオ)にも地獄はあるのか」

 憐れな少女の身の上を思い、彼は残酷な世界を憎んだ。




 誰時たれどきの薄暗い空には、「黄泉雀ヘレムス」の群れが集まっていた。彼は、少女を狙う魔鳥を雄叫おたけび一つで追い払い、地面に腰を下ろしてかばんの口を開く。大きなブラックカーフの肩掛け鞄の中には、水や食料だけでなく薬や医療道具も入っている。群れから離れ一人で暮らしている彼にとって、この鞄は命を守るための備え、相棒のようなものだ。


「血と水分を失い過ぎているな」

 水袋の管を少女の口に差し込み、鋭い爪があたらぬようにと気を付けながら、彼は彼女の顔から涙の跡を拭った。


 この花を散らせる訳には――


 呟く心の声には彼自身戸惑うほどの熱がこもっていた。彼は静かに息を吸い込み、一度だけ深呼吸をすると、顔を隠していた仮面を外して傷の手当てを開始する。


「咬み傷か……」

 洗浄、消毒、縫合、最も重傷である左手の咬傷こうしょうを、彼は手早く処置していく。痛みの中、苦悶の表情を浮かべた少女は、うわ言のように誰かの名前を呼んでいた。


 セガール、セガールと。


「家族……いや、恋人の名か。これほど美しい娘だ、オスも放ってはおくまい」

 少し切なげな表情で彼は呟く。


 応急処置を済ませた頃には、赤い荒野に朝日が昇りきっていた。彼はその明るさから身を隠すように「一つ目の巨人(キュクロプス)」を模した仮面をつけて、黒いマントにその身を包む。


 やはり、来たか。


 少女を運ぼうと、始動機スターターに魔力を通して「浮きソリ」を浮上させた瞬間、黒い影のような獣が岩陰から姿を現した。


影狼シャトルーヴ……」

 血の臭いに誘われてきたのか、漆黒の魔狼は少女を見つめ、低い唸り声を上げている。彼は少女を抱えて後ろに飛び退き、うような動きで「浮きソリ」の後ろへとその身を隠した。


「本能か、まったく忌々しい」

 こぼした声に屈辱と怒りがにじむ。緊張で喉が渇き、体は小刻みに震えている。

 その身を支配するのは恐怖、「鬼種」さえ狩り殺す彼は、自分より弱い相手――影狼シャトルーヴごときに怯えていた。


 まるで蛇に睨まれた蛙。


 種族を縛る鎖は硬く、引きちぎるのは容易ではない。彼が魔狼に感じる恐怖、それは種に刻まれた呪いのようなものだ。


「だが、想定の内だ」

 戦闘ばかりが手段ではない。彼は不敵な笑みを浮かべ、浮きソリの陰から静かに機を伺う。


「貴様にも同じ恐怖を刻んでやろう」

 彼は鞄から小さな木笛――鬼笛を取り出し、それを口に咥える。そうして大きく息を吸い込み、ゆっくりとおを数えたあと、肺の中の空気を一気に吐き出した。


「ブオボェェェェェー!」

 鬼笛からオナラのような音が響き渡り、周囲の空気を震わせる。それと同時に、彼は浮きソリの陰から飛び出し、奇声をあげて踊り狂った。


「泣く子はおらぬか! 泣く子はおらぬか!」

 大声で叫び、剣をブンブン振り回す。もちろんお手製の一つ目仮面をつけたままで。


 突然現れた小さい奇形のキュクロプス、それが口から屁を吐き剣を持って近づいてくる。よほど怖ろしかったのだろう、影狼シャトルーヴは身体を硬直させ、その場でジョバジョバ失禁した。


「泣く子はおらぬか! 悪い子はおらぬか!」

 影狼シャトルーヴは戦意を喪失している。しかし、小さな怪物(リトルモンスタ―)の奇行は止まらない。


「悪い子は……貴様かぁぁ! ブオボェェェ……ゲホッ…ウエッ!」

 なまはげ的狂気と「鬼笛」のコンボが魔狼を襲う。ついに影狼シャトルーヴは子犬のような鳴き声をあげて、その場から一目散に逃げだした。


「上手くいったな」

 彼は仮面を外し「ふう」と安堵の溜息をつく。

 彼にとっての影狼シャトルーヴがそうであるように、魔狼の天敵もこの「流血の地平(サンテーレ)」には存在する。


 影狼シャトルーヴを好んで食らう一つ目の巨人「キュクロプス」


 怪力と巨体を誇る「鬼種」――流血の地平を住処すみかとする狂暴な鬼人である。





 奇策により魔狼を退けた彼は、浮きソリのなかで新たな強敵と対峙していた。


 近い、近すぎる。ああ、また触れてしまった。


 可憐な乙女の肉体的接触ダイレクトアタックに、ピュアっ子である彼はタジタジだった。


「私が『浮きソリ』から降りて歩くべきか。いや、外からの操作は困難だ。ただでさえ『反発リプルション』の制御は難しいのに……」

 彼が浮きソリと呼ぶ魔道具は、地上を走るボートのようなものだ。平底の小舟を改造した船体には反発リプルションをはじめ、複数の魔術式が組み込まれている。


「とりあえず、この状況が長引くのはよろしくない。これは、何というか……不純だ」

 少しでも早く戻ろうと、彼は両手の肉球に魔力を集めた。力の高まりに応じて風の方陣が輝きを増していく。


「結局、離さなかったな」

 少しづつ速度をあげる浮き橇の中、彼は穏やかに眠る少女の右手を見た。


 彼女の手には一本の刃物が握られている。


 輝く銀色の刃に黒く滑らかな持ち手、その形状を見るに、戦闘用の武器ではなく生活用の道具として作られたものだろう。よほど大切なものなのか、彼女はそれを決して離そうとはしなかった。


 不思議な娘だ。


 その刃物は一目見るだけで相当な業物わざものだと分かった。着ている服も間違いなく上質だ。それ以外の物は何も持たず、少女は流血の地平(サンテーレ)の中心近くで倒れていた。

 貴族のような服を着て、ナイフ以外の装備を持たない“妖精のような”少女。それほど汚れていない薄い履き物は、荒野を歩いた時間の短さを示していた。


「飛んできた、というのなら理解出来るが……」

 呟く声にわずかな落胆が交じる。


 つややかな黒の毛並みは常闇蝶とこやみちょうの羽、白くなめらかな肌は涙百合リリティアの花弁……しかし、少女の背中に羽根はない。


 つまり、彼女は妖精ではないのだ。


「人間か……」

 朝日を背にした浮き橇の中、巻き上がる土煙に目を細めて、彼は小さな溜息をついた。

 

 



 その瞳が開くことなく、このまま自分の姿を見なければいい。そんなことを彼は思った。

 

 組み上げた丸太を赤土で覆った住居は、外から見ると割れた「血竜けつりゅう」の卵のように見える。


「彼女には似つかわしくない穴倉だ」

 彼は苦笑し、自宅の扉を外から三度ノックする。扉の向こうからは、何の返事も返ってはこない。


 まだ眠っているのだろうか。


「見られずにすむ」と感じた安堵は、心の弱さ故だろう。

 もちろん彼は、自分の容姿を恥じているわけではない。ふわふわの毛並み、ピンと立った耳、長くしなやかな尻尾、親から受け継いだそのすべてが彼の誇りであった。


 それでも……


 己を見た少女の顔が、恐怖に歪むのは見たくない。


 彼はそう思うのだ。


 人間――自らを女神の第一眷属ファーストと呼ぶ傲慢な種族。彼自身、「人」に対して良い印象は持っていない。そして、人間かれらが自分達に抱く感情も理解している。


 怖れ、さげすみ、拒絶、そんなものは、今さら気にすることでもない。そう思っていたはずだった。


 泣き叫ぶくらいは覚悟せねば。


 自分の中にある感情に諦めでふたをして、彼は静かに扉を開いた。




 小さな高窓から降り注いだ光が少女を照らしている。


「ふわぁぁ……く」

 木製の簡素なベッドの上、白いシーツに包まれた少女は、のんびりと欠伸あくびをしていた。彼女は右手の刃物と包帯を巻かれた左手を交互に眺め、何かに気づいたようにいまだまどろむ瞳を彼へと向ける。

 

黒瑪瑙オニキス……」

 髪と揃いの黒い瞳、その輝きに彼は目を奪われた。


 なんと美しいのだ。


 言葉を失い呆然と立ち竦む彼を見て、少女の黒い瞳が大きく見開かれる。 


「待ってくれ! 君に危害を加えるつもりはないのだ!」

 黒瑪瑙オニキスの輝きが恐怖ににごるのを怖れ、彼は懸命に叫んだ。この少女に怖れられることが、彼は何より恐ろしかった。


「私は、君の……」

 彼は呟き、言葉に詰まる。


 命を助けたのだから仲良くしてくれ、とでも言うつもりか。

 自分の浅ましさに彼は顔を歪める。


 こんなケダモノは、怖れられて当然だ。彼は目を伏せ、断罪の瞬間を待った。しかし、彼の耳には泣き叫ぶ声も侮辱の言葉も聞こえてはこない。


 わずかな沈黙の後、彼は顔をあげ少女を見た。

 彼女は彼のことをじっと見つめていた。闇よりも深い黒瞳がキラキラと輝いている。少女は少しの間考えるような素振りを見せて、納得したように「ウンウン」と頷いた。


「私は――」

 言葉を発しようとする彼を手で制し、少女は首を横に振って何かを言う。その言葉を彼はまったく理解出来ない。


「言葉が通じないのか……」

 彼の呟きに少女は静かに頷いた。

 どうすればいいのか分からず戸惑う彼に、彼女は平気だというようにピッと親指を立てる。


「君は私が怖くないのか?」

 言葉が通じないと分かっていても彼は尋ねずにはいられなかった。


 彼女は「ん……」と小首を傾げたあと、微かに笑みを浮かべて、舞うようにベッドから飛び降りた。そしてそのまま彼に向かって真っすぐに歩いてくる。変わらぬ身長の二人は向かい合い、二つの視線が絡み合う。


 彼は呼吸することさえ忘れて少女の瞳に見入っていた。彼女は彼を力一杯に抱きしめ、耳元で囁いた。


 サンキューマイフレンドと。

 

 

 木製の簡素なベッドの上、白いシーツに包まれた少女は再び眠りについた。石のように固まった彼はそんな少女を見つめている。


 その日、誇り高き「猫人ニャーマン」の戦士は、初めての恋に落ちた。


「人間の雌は、もっと恥じらいを持つべきだ」

 かろうじて口にした言葉は、精一杯の強がりだった。

次回予告。

救った者、救われた者、惚れた者、惚れられた者。彼らは互いを知りたいと願った。

世界の果てで出会った二人、結んだ絆は永遠か、それとも玉響たまゆらか。

すれ違った想いは、やがて一つに交わる。


次回「挨拶少女」

彼の戦闘力は53万ではない。

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