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包丁少女  作者: オーロラソース
3/10

解体少女《狂気》

なんだろうね、これは。

 大地からせり出した、とげのような岩山が地面に薄い影をつくっていた。

 少女はその影のなかで、包丁あいぼうの具合をめつすがめつ確かめている。


「刃こぼれなし、歪みもなし、包丁きみは今日も美しい」

 煌めく刃先をうっとり眺める少女の前では、かつて犬さんと呼ばれたものが、岩壁を背にしてぬいぐるみのように座らされている。


「……かわいい座り方しやがって」

 だが、少女は容赦しない。かわいいは正義と人は言うが、彼の犯した罪は、そんな程度のかわいさで許されるようなものではないのだ。

 

「乙女の臀部ヒップ陰茎ぽこちんを押しつけた罪、まことに許しがたい。よってそのほうをお料理の刑に処す! 犬さんよ……何か、申し開きはあるか」

 

「ないワン!」


「ん、いさぎよい。その潔さを性犯罪以外の場で発揮出来たなら……いや、もはや何も言うまい」

 裁きはすでに申し渡された。犬さんの運命は美味しいお肉と決まっている。

 

「せめてもの情けだ、その血肉のすべてを我がかてとしよう」

 荒野はいまだ夕暮れの最中さなか、光を失い薄く濁った罪人の瞳に、地平線へと溶けていく赤い火輪がにじんで見えた。


「ではこれより――」

 しかしこの時、現実リアルとまったくリンクしない少女のおなか時計は、夕方と宵のうちを飛び越えて、午前零時の半刻手前を指し示していた。


「刑を執行する!」

 そして少女時間PM11時30分(SAT)――「中坊チューボーですよ!」が始まった。



「えー……本日の『中坊チューボーですよ!』ですが、今回はちょっと趣向を変えまして、屋外からライブでお送りしたいと思います」

 食材の都合で不本意ながらね、と少女はちょっぴりふくれっ面で、きっとどこかにいるであろう視聴者にむかって話し始める。


「はい、それでは今夜のゲスト、血統書なんかクソ喰らえ、荒野で噂の荒ぶる狂犬、野良犬ファイターの犬さんです、はい拍手、パチパチ。そしてアシスタントは、下ごしらえなら任せとけ、サポート上手でおなじみの、ワイルドセクシー犬さんマークツー。そんな二人と一緒に扱う今日の食材は……なんとびっくりドッペルゲンガー、『私はたぶん三匹目だと思うから』、犬さん参号機です! ギュワワワワ、発進!」

 三匹の犬さんに自身を加えて、なんと驚異の一人四役。少女の少女による少女のための一人芝居、その狂気の幕が開く。

 

「ではゲストの犬さん、これから食材いぬさんをザクザクブスブスやるわけですが、何か気を付ける点はありますか」


「やめてほしい」


「マークツー(アシスタント)は?」


「やめてほしい」


「スポンサーとかいますので、それはちょっと難しいです。ごめんなさい」

 自らが生み出した架空の存在、犬さんと犬さんMarkⅡに頭を下げて、少女は首もとから学校指定のネクタイを抜き取った。


「ワンタッチ式じゃなくて良かったです」

 普段は面倒なネクタイも、ここでは便利なロープとなる。少女はそれを参号機いぬさんの後ろ足に結びつけ、「棒、棒、棒」と呟きながら、あたりをキョロキョロ見渡した。


「棒がない……棒がない! 犬さんを吊るすための棒がないよ! ちょっと棒……棒をさがしてくるから、少しの間カメラ止めてて!」

 存在しないカメラマンにカメラを止めろと指示を出し、少女は荒野を全力で駆ける。

 ダッシュに不向きなスリッパのせいで、時にふらつき、時につまずき、何度も少女は転びそうになった。しかし、それでも止まるわけにはいかなかった。なぜなら今日は生放送、はやく棒を見つけなければ収録時間がなくなってしまうのだ。


「ひぎっ! 三歳児並の転倒率っ!」

 そしてあわてんぼうの少女は、本日三回目の転倒芸を披露する。


「ひ、膝ボーイが……膝ボーイが……」

 通算三度のクラッシュにより、少女の膝小僧は限界を迎えていた。しかし、神は試練を与えるとともに、それを乗り越えた者に祝福を与える。少女が転んだその先には、一メートルくらいの長さだろうか、いい感じの棒が転がっていた。

 

「ぼ、棒を、はや…く、棒を…犬さんに……」

 棒を手にした少女は、足を引きずり岩陰スタジオへとたどり着いた。そして最後の力を振り絞り、犬さんに向かって棒を投げた。


「犬さん、キャッチして!」

 希望を託したバトンが夕やけの空に弧を描く。少女は夕日に目を細め、棒の行方をじっと見守っている。


 大丈夫、犬は棒を投げればキャッチするもの、ならば犬さんもきっと上手にキャッチしてくれるはず。

 犬さんとの友情、信頼、これまで築いてきたKIZUNAを信じて少女は祈る。そして乙女の真摯な祈りは、ついに奇跡を呼び寄せる。


 回転しながら真っ直ぐに飛んだ棒が、犬さんの股間を直撃したのだ。


「うおおお! やった! ぽこちんに当たった!」

 少女は歓喜した。棒が陰茎ぼうに当たったことを心の底から喜んだ。


「不適切! R-指定! 『中坊ですよ!』はR-指定!」


 そうしてひとしきりはしゃいだあとで、少女は陰茎ぼうではない方の棒を、そこら辺の岩と岩の間にヨイショと引っかけた。


「……そろそろ真面目にやるか」

 はしゃいだところで疲労が消えるわけもなく、空腹が癒えるわけでもない。

 

「これで死んだらさすがに笑えないからね」と、少女は真顔で呟いて、食材いぬさんを棒の側まで引っ張ってくる。


「はーい、では調理を開始します。まずは岩と岩の間に拾ってきた棒を渡して、その棒にネクタイを掛けるよ。ほら、見えるかな、ネクタイの端に犬さんの後ろ足が結ばれているよね。そしてこっちの端、縛った方の反対側を……こうやって、チカラ一杯、下に引っ張ってみよう。そうすると――」

 どうなるかなあ、とにっこり猟奇的な笑みを浮かべて、少女はネクタイを下へと引っ張った。逆さ吊りにされた犬さんの巨体は少しづつ引き上げられ、その頭がわずかに浮いたところで――


 ネクタイが切れた。


 張力ちょうりょくが、ネクタイの破断荷重はだんかじゅうを超えたのだ。

 犬さんは頭から落下し、少女はまたもや転倒する。


「アナユキッ!」

 少女は、ありのままの悲鳴をあげた。


「ギギギ……アイアム麦、アイアム麦……」

 もはや何度目かわからない転倒により少女のHP(ヒットポイント)PP(プライドポイント)は大きく削られていた。そこで少女は起死回生スキル「むぎ」を発動、屈辱と痛みを生命力へと変換した。


「ヒロポン!」

 少し危うい単語を叫んで少女は立ち上がった。

 

「ああくそ、仕方ない、吊るし切りはやめだ」

 少女は犬さんをテーブル代わりの岩へと運び、包丁で頸動脈けいどうみゃくを切り裂いた。勢いよく吹き出した血が「HOKUTEN」とロゴが入った青いジャージに赤いドットをつくってゆく。


「あーもう、ひどい格好」

 血まみれのジャージに包丁。クリミナルな自分の姿に、少女は「一仕事終えた通り魔みたいだ」と呟いた。



 血抜きをしている間に、夕日はその身を地平線へと隠していた。

 夜がそこまで近づいているのだ。

 このまま暗くなっては面倒だ。少女はそう考え、急ピッチで解体を進めていく。

 皮をぎ、内臓を取り出し、肉を切り分ける。そのスピードは速く、まるで三倍速の動画のようだ。


任務完了ミッションコンプリート

 作業の終わりを宣言し、少女は血だらけの手をジャージでぬぐった。洗い流す水がないため体も地面も血と油でギトギトだった。


「はあ、疲れた、疲労回復にレバーを一つ食べちゃお」

 切り分けた肝臓を指でつまんで少女はペロリと飲み込む。口内に血の味が広がり、可愛らしい顔がむむっと歪む。


「うーん……まずい! もう一個!」

「うーん」と「まずい!」を繰り返しながら、少女はレバーをあっという間にたいらげていく。


「さて、残りは生肉か……」

 レバーを完食した少女の前には、犬さんの刺し身が並んでいる。

 

「新鮮だな」

 少女はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そして私は、腹ペコなわけだ」

 少女のお腹が、ぐぅぅと鳴った。


「大丈夫、私の胃袋は鋼鉄であり、胃酸はあらゆるものを溶かすマグマである。私の胃袋は鋼鉄であり、胃酸はあらゆるものを溶かすマグマである! 私の胃袋は鋼鉄で――」


 今、肉を欲しているのだ!


 少女は自分に暗示をかけ、勢いよく肉にかぶりついた。


「なんだこれは……すごい歯ごたえ、すごい生臭ささ、最高だ……こいつは最高に――」


 まずい!


 少女は憤慨ふんがいした。

 寄生虫や食あたり、リスクを承知で食べたのだ。美味しいだろうとワクワクしながら食べたのだ。

 しかし、味付けもしてない生肉は、ただひたすらに不味まずかった。


「本日の料理、『犬さんの刺身』、頂きました! 星ゼロです!」

 当然の結果に少女はガックリうなだれる。


「もう寝よ」

 血肉のすべてを我がかてとしよう――その誓いと一緒に、少女は残った生肉いぬさんを荒野にソイヤと放り投げた。

 そうしてその場で横になり、少しでも平らな場所で眠ろうと地面をころころ転がり始めた。


「……この世界に平らな場所は存在しないのか」

 どこもかしこも地面はひどく凸凹だった。フラットな大地を諦めた少女は、回転を止めて空を見上げる。

 夜の帷が降りて、辺りは闇に包まれていた。無数の星が輝く空には青くて白い天体がぼんやりぷっかり浮かんでいる。

 月よりいくらか大きいそれは、食べかけのお饅頭みたいに端がちょっぴり欠けていた。


「地球じゃないってことかな」

 少女は呟き、深い眠りへと落ちていった。

  


 

「ふぁっく……うんち漏らしちゃった」

 地面にうつ伏せになり、少女はめそめそ泣いていた。下痢である――少女を襲ったそれは、凄まじいまでの下痢であった。


「恥ずかしいよう、うんち漏らしちゃったよう」

 屈辱に少女は震えていた。

 原因は言うまでもない。犬さんの刺身――やつである。低血圧、貧血、嘔吐、発熱、そして下痢による脱水症状、少女はすでに瀕死だった。


「ああ、いやだ。こんな死に方はいやだ。下痢で死ぬのはいやだ。うああ……走馬灯が見える。私の人生がB級映画みたいに編集されている。やめろ、監督は誰だ。エド・ウッドか! 撮り直せ! 監督を代えろ! なんだこの『沈黙シリーズ』みたいな人生は……」

 薄れていく意識のなか、少女はスティーブン・セガールを見た気がした。


「セガール……お前…その…耳は……なんだ?」


 謎の言葉を残し、少女は意識を失った。



次回予告。


別れがあれば出会いもある。

欲におぼれ、恥に沈んだ少女に手を差し伸べるのは、人か獣か、あるいは魔か。

異界に堕ちた愚かな異物、糞便にまみれた一等星、果たして少女は輝きを取り戻すことが出来るか。


次回「妖精少女」

少女に熱い視線が突き刺さる。

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