表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
包丁少女  作者: オーロラソース
1/10

包丁少女《プロローグ》

前回までのあらすじ


前回とかない、一話目だから!



 荒涼たる大地に少女が一人立っていた。


 青いジャージの上着にネイビーチェックのプリーツスカート、ジャージの胸元からは白いブラウスと緩んだネクタイが覗いている。


 女子高生か中学生、十代なのは間違いない。

 果てしなく広がる乾いた赤茶色の大地とそびえ立つ岩山群がんざんぐんの大国の観光地――モニュメントバレーを思わせる荒野にその少女は立っていた。


「台所が……壮大になってる」

 つり目がちの黒い瞳に困惑の色を浮かべて少女は呟く。荒野を吹く風が艷やかな黒髪を乱していた。少女は砂埃すなぼこりまばゆい日差しに目を細め、あごの辺りで切り揃えた髪を左手一つで整える。


「夢にしてはすごくリアルだ。足の裏とかけっこう痛いし」

 黒いハイソックスを履いた足を持ち上げて、少女は小さくため息をついた。足の先ではプラプラと室内用の青いスリッパが揺れている。


「台所で、サバをさばいていたはずなのに……」

 小首を傾げる少女の手元では、銀色のやいばが光っていた。

 


 赤くうねった大地は、荒れた海原うなばらのようにも見える。そこを彷徨さまよう少女の姿は、さながら小舟に乗った漂流者のようだ。


「このスリッパでは長い距離は歩けない。最短距離で、ガンダーラ的楽園ユートピアにたどり着く必要がある」

 異常な状況、しかし少女は足どりも軽く時折歌など口ずさんだりしながら、荒野をすたすた歩いていく。


「疲れタマキン、休憩しよ」

 そうしてしばらく進んだところで、少女は小岩に腰掛けて、ちょっと下品な弱音を吐いた。


「あー喉渇いた」

 どこか他人ごとのような軽い口調で少女が言う。

 青いジャージにネイビーチェックのプリーツスカート、足の先には室内用のスリッパ。

 立ち上がり再び歩き始めたその姿は、あまりに小さく弱々しかった。


 故に、である。


「導き手」は思うのだ。

 あの小さき命は、すぐに消えてしまうだろうと。

 そして彼女は少女にびる。

 巻き込んでしまったことを。


 その日、導き手によって「扉」は開かれ、一人の少年と一人の少女がこの世界へと招かれた。

 英雄となるべく選ばれた少年は、女神の祝福を受け大いなる力を授かった。偶然巻き込まれた少女は一人荒野に取り残されている。世界が求めたのは少年だけ、紛れ込んだ少女は異物でしかなかった。


「こんなことが起こるなんて……」

 導き手は悲痛な声を漏らした。

 彼女が世界を繋ぐ扉に施した厳重な認識魔法レコグニションマジック、「彼」以外通すはずのない結界をあの少女はすり抜けた。それは、少年と少女の魔力パターンが完全に一致したことを意味している。


「あり得ない。けれど、彼女は確かにここにいる」

 遠く離れた岩山のいただきから、導き手はその少女を見た。視線の先では転んだ少女が「シット!」だの「マイガッ!」だのと叫んでいる。


「不運……いいえ、これは私のミスだわ」

 彼女がひらいた「扉」と呼ばれる空間の結合部は、地面にあいた大きな落とし穴のようなものだ。穴の表面は魔術膜マギメンブレンによって覆われ、導き手である彼女以外に認識することは出来ない。

 他者の目を欺く「偽装カモフラージュ」と、指定した魔力パターン以外を拒絶する「識別アイデンティフィケーション」、二つの魔法効果を付与された魔術膜けっかいは、扉の影響下に存在するすべての魔力波形を瞬時に解析し、指定されたパターンの所持者――「彼」だけを膜の内側に通すはずだった。


「人間の魔力パターンが完全に一致する確率はおよそ千億分の一、同一の波形を持つ二人が同じ時間、あの狭い範囲に存在した」

 それは一体どれほどの確率だろうか。導き手は奇跡のような偶然を呪い、他の判別基準を設けなかった己の迂闊うかつさを悔やんだ。

 

「助けてあげたい。でも、あなたへの干渉は許されていないの」

 言い訳めいた呟きは、少女の耳には届かない。


「言の葉の加護だけでも――」

 言いかけた彼女の目に、少女に近づくせた魔狼の姿が映る。


「無意味ね……せめてその魂が迷わぬよう、女神に祈りを捧げましょう」

 導き手は少女の死を確信し、敬愛する女神に彼女の魂の安息を願った。


「さようなら、か弱き者。本当にごめんなさい」


 美しい蒼眼そうがんが涙でにじみ、一筋の雫が地面にこぼれ落ちる。導き手は少女から視線を外すと、陽炎のように揺らめく薄い影となって、赤い大地から姿を消した。




 そして今、導き手が去った荒野では、一匹の魔狼と少女が向かい合っている。


 狼の目はあかく血走り、口元からは大量のよだれが垂れている。対する少女の口元もなぜか涎でべちゃべちゃだった。


「おい、犬っころ、これが何だか分かるか」

 少女は右手をすっと突きだし、()()を逆手に構える。


 青いジャージにネイビーチェックのプリーツスカート、右手に銀色の刃。

 か弱き者――導き手は少女を憐れみそう呼んだ。

 しかし「野良犬は食ったことないな」と笑う少女からは、か弱さなどは微塵も感じられない。


 導き手は気づかなかった。

 少女が隠した獰猛な本性に。

 そして彼女は知らなかった。

 その包丁の切れ味を。


「さあ、料理を始めようか」

 舌舐めずりをして少女が呟く。


 刃渡りは少し長めの24センチ、持ち手は黒い積層強化木、刃に「UX10」の文字。


「覚えておけよ犬っころ、これは包丁――食材おまえをさばくものだ!」

 少女の声に狼の咆哮こえが重なった。わずかな静寂のあと、不意に鳴った腹のが戦闘開始の合図となった。

 空腹の限界なのか、魔狼は牽制もせず突っ込んでくる。猛烈な速さで迫るそれを、少女はかわさず包丁一つで受け止めた。


「生きがいいな、新鮮なのは良いことだ」

 腕をかすめた牙をものともせずに、少女は魔狼を地面へと押し倒す。少女と狼、二匹の獣は絡み合い、赤い大地を血に染めてゆく。


「食材が、包丁に勝てると思うなよ!」

 雄叫びのような声に反応して、白刃が銀色の輝きを放った。一筋の閃光が煌めき、狼の喉から鮮血がほとばしる。


「これは包丁、お前は食材……この結果は必然だ」

 少女は立ち上がり、黒い巨体が崩れ落ちる。スウェーデン製、高純度ピュアステンレス鋼のやいばは血に濡れていた。


「ファッキンクライストによろしく言っといてくれ」 

 とどめの一撃を加えると、少女は包丁で虚空に小さく十字を切った。




 強かった日差しも弱まり、荒野には夕暮れの気配が漂い始めていた。

 息絶えた獣の前には、一人の少女がたたずんでいる。

 彼女の右手には光り輝く刃があった。

 刃渡りは、少し長めの24センチ、持ち手は黒い積層強化木、やいばには「UX10」の文字。


 言わずと知れたミソノ刃物のハイエンドモデル――「ミソノUX10」である。


次回予告。

魔狼を打ち倒した少女を待っていたのは地獄だった。

渇き、飢え、孤独、目に見えぬ死神が命絶の鎌を振り下ろす。

魑魅魍魎、悪鬼羅刹、あらゆる異形をコンクリートミキサーにかけてぶちまけたここは、流血の地平、サンテーレ。

この過酷な世界で、果たして少女は生き残ることが出来るか。


次回「解体少女」

次も、少女と地獄に付き合ってもらう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ