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僕が知る限り最も美しい女性の最も悲しい物語

作者: こもん

フィクションです。

 従姉妹は死んだ。2010年2月14日午前4時48分、まだ朝日が出てきていない夜と朝の境界上で彼女はホテルから飛び降りた。そして18年の短い生涯に幕を下ろした。


 僕は彼女の事は大して知らない。そしてまだ中学生だった僕は深く考えることもできなかった。だからこれは不確かな情報の継ぎ接ぎのあらまし。嘘と真が混じった申告。そして僕の知る限り最も美しかった女性の最も悲しい物語。


 まず初めに彼女の名前は花。僕はずっと彼女の名前をハンナだと思っていたけど、花だと知ったのは彼女が死んだ後だった。すましたハーフ顔なのに名前が花なのは僕には何となく違和感があった。


 僕が思い出せる一番昔の記憶は彼女が中学生くらいの頃で僕がまだ小学生低学年くらいの頃。その時の僕から見た彼女はまさしく恵まれた人だった。ロシア人と日本人のハーフでスタイル抜群。顔立ちはロシア人の顔立ちの良さと日本人の朗らかさを持ち合わせていて美しかった。彼女の茶色い目には意思の強さと心の奥底の優しさが滲み出ていた。


絶対音感なんていう才能も持っていた。親族でおばあちゃんの家に集まった時には、僕たちがリビングで楽しんでいると隣の寝室から彼女のピアノの音色がよく聞こえて来た。曲は決まっておばあちゃんの好きなクラシックだった。


僕は何度か寝室に行こうと思ったけれど、窓からの陽射しだけが光源の西洋骨董家具でまとめられた基調な部屋はどこか神聖で、その部屋に立ち入ってはいけないと知らず知らずなうちに感じ取ってしまっていた。あの部屋はおばあちゃんと彼女だけだと何となく知っていた。


 だから僕は何となく彼女を特別視していて、少し怖くてあんまり話しかけられはしなかった。周りに目がいく彼女はきっとその事に気づいていて、ぼくたちはほとんど話さなかった。その時の僕はこんなに強い彼女が死ぬなんてかけらも想像もできやしなかった。


 けれど今思えば、この時から彼女の人生は崩れかけていて、どうしようにもバッドエンド以外の道がなかったのかもしれない。


聞くところによるともうこの頃から義父から彼女へのDVは始まってるらしかった。義父にとって血の繋がりのない彼女は他人以下だったのかもしれない。何かと怒られて、竹刀で叩かれるなんていう事はよくある事だったらしい。けれども僕は彼女の笑顔やふるまいからそんな事が起こっていたなんて、まるで考えられなかった。



話は少し飛んで彼女が高校2年生になったくらいのこと。ある日、花の財布を見た彼女の母は問い詰めた。


「何で財布にこんなに入ってるの?」


「売春してる。」

 彼女は正直に一言だけ呟いたらしかった。


「お父さんには言わないから、もうそんな事はしないで。あとね、高校生なんだからもう一人で生きていけるよね?」


 その晩に彼女は家を出た。そしてそこからの展開は早かった。一月毎くらいに姉貴から送られてる花の状況はその毎に悪くなっていき、救われない事は明らかだった。売春から不良と住んでる、果ては暴力団員の愛人をやってるみたいなところまで嘘か本当か分からないドラマのような話に聞こえた。でも多分、葬式参列者を見る限り、嘘とも言い切れない。


そして2月14日午前4時48分、ホテルから彼女は飛び降りた。飛び降り自殺をしたと一応のところはなっている。しかし姉から聞いたこの事の分かる限りの真相は、その日は花の泊まった部屋の隣室には花の友人がいて、花の部屋には花以外に男が一人いたらしい。そして花は薬をヤバい組み合わせで飲んで飛び降りて死んだ。これだけの不自然な状況は自殺という言葉でまとめられた。


 葬式の前日の真夜中、僕の姉は彼女が収まっている棺にもたれてむせび泣いていた。もう二度と抱きしめられない彼女をもう一度抱くように棺に手をかけて泣いていた。僕が花の弟が布団に入ってもう寝ようとしているところにちょっかいを出し続けて、本気で殴られるまで、少なくともそれまではずっとむせび泣いていた。皆が寝ても姉は泣き続けていた。


 葬式の当日はあいにくの雪だった。僕は葬式場の控室のくぐもった窓から雪がぱらぱら降っているのが薄く見えた。


「雪は死んだ人が喜んでるときに降るものなんだって。だから花は天国で笑ってるんだね。」

 叔母は誰かれに言うまでもなく、そうつぶやいた。焦燥して窶れきった叔母の横顔に掛ける言葉を持ってる人はこの場に誰もいなかった。でも僕は晴れなら晴れで『花がみんなに最後会いたいって言ってるんだね。』と叔母は言うんだろうなって心の中で思った。それくらい叔母は限界だったし、みんなが死の責任の所在を彼女に無言で押し付けようしていた。僕もまたその一人だった。


 葬式が何時に始まったとかももう覚えていないが、滞りなく始まって、滞りなくみんな悲しんでいた。ロシアから緊急来日した花の実父は棺の前で大きく泣き崩れていた。そんな光景を見て僕の姉はボソッと言った。


「泣きすぎだろ。」


 そうしてその声に同調するように従兄弟は声に出さずに笑っていた。こいつらは脳に障害があるバカだと思った。従兄弟達は彼女の一番近くにいたはずなのに、彼女が死んでも何でそうやって笑ってられるのかと、何で人が悲しむ姿をみて笑えるのだと不思議で仕方なかった。けれど僕も少しだけ笑うのも分かった。彼女が困ってる事すらも知らずに、いや知ろうともせずに、死んだらロシアから飛んで来て号泣する実の父をどうしようもなく都合がいい男に見えた。


 彼女が火葬場に行って骨壷に入り、葬式がひとしきり終わるまでの間、おばあちゃんと彼女の母は一言も交わさなかった。


 僕にはそれが彼女の死の責任を押し付けあってるように見えた。どうしようもなくこいつらはバカで愚かなんだと思った。僕はもう何も信じられくなっていた。人があまりにも愚かなんだと本当に思った。


 この葬式で泣いてる奴らは全員、彼女が死ぬことを知っていて、それでも助けようとせずに、そして助けられずに、そうして死んだら独りよがりに悲しんで泣いていた。彼女の死を仕方ないと勝手に納得しているようにすら見えた。僕にはそれがどうしようなく気持ち悪く見えた。本当に他人が空虚でくだらないと思えた。


 僕はもう花よりも二歳も年上になった。花のことは親族間ではもう触れられる事はなく、風化を待たれる物となった。僕はあの時よりも少しだ周りが見えるようになった。自分の無力さだったり、たった1人の人すらも僕は救う力はないことに少しだけ気づき始めていた。世界は無言で救いを求める人間を救う余裕なんかないのだと悟り始めた。


 けれど、今でも思ってしまうのだ。花の母を見ると、

「何故なのか。」

 と問うてしまいたくなるのだ。そしていつか自分が自分に問うてしまいたくなる時がくるのだろうか。自分が自分に免罪符を掛ける時がくるのだろうか。


 夏はもう終わりかけ。夜には冷たい風が吹く。窓から吹いてくる風はぼくの体を抜けていく。風は何も置いていくことなく、何も攫うこともなく吹いていく。






もう彼女の弟には娘が生まれました。新年に彼と呑んだ時に、彼が親を「人殺し」と言った時の顔が今でも忘れられません。自分のブサイクな嫁を世界一可愛いと言った時の顔を今でも忘れられません。


一昨年の夏くらいに書いて、今書き終えました。もう少したくさん書けたら良かったなと思います。

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