小さな少年 。
どちらに行けばいいのか分からなくてきょろきょろと周りを見渡す。見えるのは、遥か先まで続く人工的な道だけで、ぼくとフレアおねーさんは、その場から動けずにいる。…どうすればいいのかな。道が分かればいいんだけど…。うーんと唸りながら考えていると、ふと頭の中にあることが過ぎる。
「ねぇ、フレアおねーさんの魔法で何とかならないの?」
「あ、その手がありましたね!」
やっぱりフレアおねーさんは、どこか抜けている気がする。どこか、人として大切な部分が致命的に抜けている。天然なのかただの馬鹿なのかは分からないけど__。
「『彼の者に、正しき道を教えよ』《道標》」
ぼくの頭上に魔法陣が現れる。紫色の淡く発光した魔法陣は、まるでぼくのことを確かめるかのようにゆっくりとぼくに向かって落ちてくる。何があるのかと、どきどきしていると頭の中でどちらに行けば良いかがはっきり分かるが__。
__その瞬間、西の方向から唐突に声が聞こえてきた。
「__けて!」
必死に叫ぶ少年が、こちらに向かって走ってくる。目には涙が溜まっており、今にも零れ落ちそうで、何故かぼくは弟のことを思い出し、その少年を放ってはおけなかった。
「助け__…!!」
息を切らしながらまるで、猪突猛進の四字熟語を体現したようにこちらへ向かってくる少年。その小さな体躯からは想像も出来ない程に足が速い。
「ねぇ、足速くない…?」
「身体強化魔法でも使ってんじゃないですかね?」
こんな小さな子でも魔法が使えるんだと、思ったのも束の間、後ろから明らかに人ではない異形の姿をした者達が追いかけてきていた。その者達の姿は正しく"悪魔"。2本の大きな角が生え、背には禍々しく凶悪そうな羽、口には長く尖った牙が生えている。
『えっ__?!』
フレアおねーさんと声が重なる。…何、あれ。目を瞬かせるも、後ろの悪魔は消えない。明らかに殺意をもって、あの少年を追いかけてきている。少年を助けたい…。けれど、ぼくの力は非力だ。力になんてなれないかもしれない。だから、ぼくは、フレアおねーさんに、向かって、
「ねぇ…なんとか、出来ないの?」
瞳を潤ませ、懇願するように頼むぼく。フレアおねーさんは、熟考するように目を瞑り、腕を組んでいる。近付いてくる少年とそれを追いかける悪魔。…もうだめだ。怖い、怖い、
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ__!!
恐怖に支配され、震えるぼく。もう眼前に迫る悪魔は、ぼくを見るとにたぁっと不気味な笑みを浮かべる。恐怖から逃げ出したくても足が動かない。終わった、と悟った瞬間__。
__フレアおねーさんが目を見開き、悠然と唱える。
『聖なるものよ、邪悪から身を隠す術を与えよ《透明な聖人》』
目の前の少年と、フレアおねーさんの姿が見えなくなる。少年とぼくを辺りを見渡し、探す悪魔。ぼくは何が起こったのか分からず困惑している。それは、少年も同じようだった。
「え、え…?」
「しっ、静かにしてください。今透過の魔法を貴方達にかけました。この魔法は15分程しか持ちません。だから、今の間に逃げましょう。」
小声でもはっきりとぼくたちに聞こえるように話して安心させようとするフレアおねーさんに、やっぱり母さんみたいだなぁ…と、今の現状に似合わない思いを馳せていると、フレアおねーさんは、まるでぼくが見えているかのように腕を掴んできた。姿は見えないけれど、この手の暖かさをぼくは知っている。柔らかくて、暖かい母さんみたいな手。ぼくの心にあった今までの不安や恐怖はいつの間にか消えていた。ぼくと多分先程の少年も引っ張って、迷っていた、薄暗い森へと引き返す。
「ちっ、何処に行ったんだ。」
「良いから探せ!あの子どもを__。」
木の陰から様子を見るぼく。何故この少年を狙ってきたのか、追い掛けてきた理由は、訳が分からないことだらけだ。…それに、あの姿。思い出すだけで身震いしそうだ…。しばらくして、悪魔達は諦めたのか忌々しそうに見失った場所を見つめながら帰路につく。
「なんだったの…あれ…」
「私にも分かりません。」
いつの間にか姿が見えるようになっていることにぼくは、少しだけ安堵を覚えた。緊張の糸が切れたようにへなへなと座り込むぼくを見て、フレアおねーさんは、ぼくの頭を撫でてくる。フレアおねーさんの手が暖かく気持ちよくて、何故だかすごく落ち着いて、思わず撫でられ続けるぼく。
「助けてくれてありがとう!オレはリュウ=クレオネアって言う名前だから、よろしく!」
「ぼくは、アマギ・ミツルだよ。それで、こっちの人がフレアおねーさん!よろしくねっ!」
リュウはぼくにお礼を言い終わるとすぐに、先程まで、追いかけてきていた悪魔達の去る姿を、睨むように見つめ、歯を食いしばり首に掛けられている赤い天然石のネックレスを握り締めていた。齢8~9歳ほどに見えるリュウは、燃えるように赤く丁寧とまではいかないものの小綺麗に切り揃えられた短い髪。まるで、麦畑のように健康的に輝いている肌。目は髪と同じく燃えるように赤い。しかし、瞳の奥は闇を抱えているかのように仄暗い。
「それで、リュウはなんで追いかけられていたの?」
「___ッ!!それは…。」
言葉を濁すリュウ。ぼくは、何かまずいことを聞いちゃったかな…と少し罪悪感を覚える。ぼくよりも小さいのに、辛い思いをしていたんだと考えるだけで胸が痛くなる。しばらくの間、沈黙が続くがそれを破ったのはフレアおねーさんだった。
「じゃあ、リュウくんを追いかけていた悪魔みたいなアレは何なんですか…?」
「あれは、悪魔に見えるけど、実際は悪魔なんかじゃないんだ…実は__。」
瞳に溢れんばかりの涙を溜めているリュウは、必死に涙が零れ落ちないよう、堪えている。その小さな手足は恐怖からか小刻みに震えている。その震えた姿がどうしても、過去の弟と重なってしまう。そして、ぼくは、震えを取り除くために、恐怖という柵から解放させるために、リュウを、元の世界の自分の弟のように、抱き締めて頭を撫でていた。
「大丈夫だよ。リュウはもう一人じゃないんだから。ぼくや、フレアおねーさんがいるから。だから、一人で抱え込まなくても良いんだよ?」
優しく語りかけるぼく。本当は今すぐに大声で泣き叫びたかっただろう。
「ぼくが聞いてあげるから。」
誰にも言えずに、苦しかっただろう。
「大丈夫、大丈夫だよ 。」
ぼくは、小さな子どもをあやす様に、泣き叫ぶリュウの頭を撫で続け、抱き締め続ける。リュウが落ち着くまで、ひたすらに優しく声をかけ続ける。しばらくすると、リュウは事の始まりから今に至るまでを震える声で、誰に言うでもなく、ぽつりぽつりと小さな声で語り始めた。
見てくださった方、ありがとうございました!