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助け舟を出したのは引っ込み思案のマヤリだった。酒のせいかは分からないが、目が据わっていた。
「んん? なんだあ? お次は小娘のにわかファンか? いかにもにわかクンだな。小娘に助けてもらってちゃあ世話はない」
マヤリにも容赦ない辰三さん。純太がなんとか止めようとするが、そのタイミングも掴めずうろたえるばかりだ。
「さっきから黙って聞いてたけど、オジさんの言い分、やっぱりおかしいですよ。それじゃあ、刺青さえ入れればファンになれるんですか? 入れなきゃファンになれないんですか? ファンの世界って、そんなに閉鎖的なものなんですか?」
「そうは言ってねえ。ただ、ファンってのは楽しいことばかりじゃねえんだ。辛いこともたくさんある。その辛さを知ってる奴こそ本物のファンと言えるんだ。このスミは、その辛さを一生噛みしめていくってえ、決意表明みたいなもんだな」
「馬鹿馬鹿しい。辛いのを我慢すれば偉いみたいな理屈じゃないですか。見たとこオジさんはプードルズのファンみたいですけど、どれだけコアなファンなのか教えてくださいよ」
「誰に物を言ってやがる。プードルズはな、俺が昔応援していた楼才建機が前身の……」
「知ってますよそれくらい。で? オジさんが応援してたのは創部からだったんですか?」
「タリの前田よ。弁地、日加江、法華津。あの頃はいい選手が揃ってた」
「誰でも知ってる名前ですね。初代監督って誰でしたっけ?」
「え? ええっと、確か、江来さん……だったかな?」
「なに言ってんです。江来監督は二代目でしょ。最初に就任したのは板井さんですよ。もっとも、就任二ヶ月目くらいで胃潰瘍を患って入院しましたけど。知らないんですか?」
「う、うるせえな! こっちはもういい歳したオッサンなんだ。そんな昔のことは忘れらあ。それより今は、プードルズだぜ!」
「プードルズのエースって誰だと思います?」
「決まってらあ。上半期のMVP。桐込泰蔵よ!」
「桐込選手の出身校ってどこでしたっけ?」
「ええ? 確か、府稜野工業、じゃなかったっけ?」
「それは揖斐里キャプテンでしょう。桐込選手は士農商工」
「なんだよお前は! どうでもいいような細かい情報ばっかり集めやがって! そんなもんが一体なんの役に立つ!」
「立ちませんよ。ただのファンなんですから。でもファンならその程度の情報集めて当然でしょう」
なおもマヤリの質問攻めは続き、辰三さんは知識においてはマヤリの足元にも及ばぬ事実を露呈した。面食らった純太が沙耶子に質問する。
「あのー。マヤリちゃんって、あんなコアなポンピーファンだったんスか?」
「全然ー。ウチと同じにわかだよー。ただあの子オタクっぽいとこがあってえ、好きなものにハマリ込むとこあるんだよねー」
「それにしちゃ少しハマリ過ぎじゃないっスかあ? 選手の出身地や誕生日や家族構成まで調べ上げるなんて、ほとんどストーカーっスよ」
「まあ、今はネットで簡単に調べられるしねー。あの性癖のせいでずっとカレシができないのも困りもんだけど」