起きたけど
よろしくお願いします。
「ハローアユメ」
耳が音を拾ったとき、足の平が冷たく感じだ。変な言い方だが背中は腰上に立っている。尻の下は固いものがあり……そこで私は自分が椅子に座っているのだと理解した。
瞼を開く。目の前には白髪の白衣を着た男性が正面に立っている。彼はにこやかに両端の口角を上げて言った。彼の後ろには沢山の本がある。棚の中に隙間なく埋めつくされ、入りきらない本は床に散らかって置かれている。
「目覚めた気分はどうかな?」
「……気分」
「僕が言うのも可笑しいのだけども、気分だよ気分」
「うーん」
私の今の気分。足先が冷たく椅子が固くて尻が痛い。
「足が冷たくて、お尻が痛いです」
「そうかい、後で服の手配をしようかな」
「……」
「アユメ」
そう言って、彼はぱかぱかと歩き出す。私は、椅子から立ち上がり、素足のまま、本を踏まないように歩く。床はひんやりと冷たく、ぺたぺた歩くたびに冷えがしたから上へとゆっくりとやってくる。彼は白衣を着て、その下には真黒なズボンにスリッパ。私は何もまとっていない。
「あの、私はどうして裸なんですか?」
背中の彼に質問をする。冷気が全身を覆いだんだんと身体が冷たくなってくる。
「そうだなあ、こんな歩きながら言うものでもないのだけど」
彼は横に少し頭を倒した。
「僕はネクロマンサーをしているんだけど、ある日、キミは僕の屋敷に死んだ状態でやってきたんだよね」
「死んだ状態でやってきたんですか」
「うん、可笑しいよね。死んだ状態なんて」
それはどういうことなのか。
「きっと誰かに起こされたんだろうね。一人で歩いて、そして僕の屋敷の前で眠って、僕がキミをまた起こしたんだけど。何か記憶ある?」
死体で、歩いてきた。それはどういうことなのか。どうしてそんなことが起こっている。私は彼に会う前のことを思い出そうとするも、そもそもなにもない。さっき彼と会ったばかりだ。
「いえ、全く。もしかして裸のままだったんですか?」
「うん、生まれたままの姿だったよ。怪我も一つもない状態でね。記憶もないのかあ。どうしたんだろうね?」
「私もわからないですね」
「綺麗な状態で亡くなってたけど、即死魔法でも喰らったの? 起こしてもらえるなら蘇生魔法をしてもらえれば良かったのにね」
ははは、と軽い口調で彼は笑う。そんな高度な魔法を。
「私、即死魔法を喰らったんですかね?」
「キミ、見た目若いし自然死はないと思うからね。やっぱ即死魔法じゃないかな。詳しいことはわからないけど」
「あ、私は若いんですね」
「うん、見た目ね」
言いながら、私は自分の身体と服を着ている彼を比べる。彼は私よりも身長が高い。彼は白髪だけど、私は自分の髪を一本抜いて見る。黒髪だ。髪をぽいと捨て、両手を見る。血管が少し青く浮いている。皺も少しある。両腕、傷はないけど健康的な肌の色をしている。両胸。少し膨らんでいる。お腹は縦にはうっすらと一本の線。横には二本線がある。そう、私が自分の肉体を見ていると
「アユメ」
「はい」
口が勝手に動き、歩いていた足が止まる。腕はだらんと下がり、直立不動になる。彼は立ち止まると、上半身だけこちらに向けた。
「勝手にだけど、キミを起こすワードをアユメとした」
「はい」
「ボクがこのワードを口に出すと、キミは眠っていたならば即座に起きる。起きていたら、ボクが思っている意思に近い状態になうように反射で動く」
「はい」
アユメ、私の名前だと思ったけど違うのか。ハロー、アユメ。と呼ばれたので、自分の名前なのかと思ったけど違うのか。
「まあ、あまりこのワードは使わないようにするけど、なんとなくでいいから覚えておいて」
「はい」
彼は再び、ぱかぱか歩き出し、私はぺたぺた続く。
「あー、僕はさ」
「はい」
彼は「うーん」と「いいのかなー」と呟き続けた。
「同性が好きなんだけどどう思う?」
「いきなりですね」
「まあね」
私は、瞼を数回ぱちくりさせると、「いいんじゃないんですか?」と返した。好きとかよくわからない、と私は思うからだ。同性を好きってなんだ?
「そう、なら良かった」
彼は、続けて言う。
「キミが嫌悪してたら、せっかく起こしたけど眠らそうかと思ってね」
「そうなんですか」
一瞬、不審な言葉が聞こえたが、私は眠るのも良かったのかなと思った。
「うん」
同性が好き、同性が好き。別に、いいのではないか? それきり彼は黙って歩く。私もそれに続いた。