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つながり

作者: なすみそ

 電車に揺られながら外の景色を眺めていると、自分の存在がまるで塵のようにちっぽけなものに思えてくる。

 外界から努めて自分を遠ざけた結果だろう。自分というものが何たる存在か、それが薄れてゆく。

 上京してから二年が経過した。なるべく人間関係を挟まないような仕事に就いて、極めて平和に過ごしている。ただ、胸にぽっかりと空いた不思議な虚空は、それをまるで否定するように自分の心へ突っ込んでくる。

 去年、父が亡くなったと聞いた時は他人事のように聞き流し、いつものように独りで職場の仕事を済ませていた。

 その一週間ほどあとに、近所の人から母が精神を病んだと連絡が入った時ばかりは流石に焦った。

 それでも帰ることは無かった。咎められる事が怖かった。

 父の訃報が届いた時に帰っていれば、こうして恐怖に怯えながら過ごすことも無かったのだ。

 ようやく帰る機会を見つけたのが、今日、この日の墓参りだった。

 父の一周忌にも顔を出さなかったため、気が重いし行きたくなかった。それでも、このわだかまりと恐怖を払うためにこうして勇気を奮い立たせたのだった。

「次は、終点───」

 電車に揺られること三時間。重い足取りで電車を降りると、そこには廃れ、二年前の見る影もない駅の姿があった。


 かつて多くの人がこの駅に寄って光景を楽しんだかつての故郷は、今となってはただ活気のない農村へと姿を変えていた。

 悲しい、とか寂しい、とかそんな感情は湧かず、ただ人々の記憶と共に風化した村を無感情の目が映していた。

 駅を出るとすぐに大きな通りに出る。大きい、と言ってもその幅は車道でいう一車線程度のもので、これが村まで続いている。

 夏の陽射しが照らす畑には何も植えられておらず、完全にただの土壌となっていた。子供の頃、ここでよく烏の羽を拾って親に見せては「捨てなさいそんなもの」と言われた事を覚えている。

 幼少の心は「そんなもの」という単語に異常なほどの反応を示し、その度に深く傷ついた。

 今では自分自身、何であんな物を拾っていたのだろうと思う。大して人々に何か影響を与えるわけでもないものを。

 その羽を落としていた烏さえも、この村の上空にはいなかった。


 墓地は村の家を越えたところにあるため、嫌でも誰かに会うことになる。

 人と会うことはよくあるが、会話する事は半年ぶりほどだ。

 そんな状況で村の誰かに会ったら、間違いなく偏見の眼差しを向けられることだろう。──まあ、この村の人たちはみんな歳食ってるから、そうそう出てくる事はないと思うけどね。

 そんな自分の予想は、完全に当たっていた。

 家が立ち並ぶ通りには本当に人っ子一人おらず、それどころか動物さえもいない。これではまるで拒絶されているようだ。

 そして時折感じる、まるで罪人を見るような視線があった。さっと後ろを振り向いてもそこには誰もいない。ただの勘違いだろうと、ただただ自分に言い聞かせていた。


 家々を越えると、雑草が生え放題になっている、恐らく道路であろうそこが見えてくる。その道を真っ直ぐ歩いて行くと、そこには丁寧に整えられた墓地があった。

 ようやく着いたのだ。自分は不思議な嬉しさを覚え、それぞれの墓を確認して回った。だが、どこにも父の墓は無かった。

 探しているうち、草の塊のようなものを見つけた。よく見ると、中に墓石がある。急いで草を取り払ってみると、それは父の墓だった。

 これはあとに分かったことだが、母が毎日ここに来ては雑草の山を積んで帰って行くそうだった。完全に精神を病んでしまった母の、精一杯の行為だったのだろう。

 だが、自分にとってこれはただ単なる嫌がらせとしか捉えられなかった。自分は強い怒りに苛まれ、父の墓の草を全て取り払うと他の墓石をきっと見つめた。

 しかし───ここで少し、そして不思議と───自分に落ち着きが

 戻ったとき、その怒りは全く違う所へ向かっていた。

 違う。父が嫌われてこんな事をされた、ましてやあんなに優しかった村の人々がこんな事をするわけがないのに───そう思える心のゆとりがあったのが、自分にとってせめてもの救いだっただろう。

 本当に悪いのは────村の状況を直視せず、努めて人から距離を置いた自分ではないだろうか。

 これまであらゆる連絡も無視してきた自分の行いが招いた結果ではないだろうか───そう考えるととてつもない罪悪感と自身への恐怖に襲われた。

 だが、もう遅い。

 自分が償いをできる場は、もうとっくに消え去っていたのだから。


 出来ることなら家を訪ね、これまでの行為を謝りたかったが、まだ自分の中にある形だけの自尊心がそれを邪魔していた。

 もう本人でさえ嫌悪するほど腐り切っていた自分の心は、磨いてどうにかなるものではなかった。

 それでも、元の姿に限りなく近付ける事はできる。

 電車が、走り出した。


 あれから三年が経過しようとしていた。

 私は二月に一度のペースであの故郷へ帰っている。

 初めのうちこそ抵抗はあったものの、今となっては村の人たちと楽しく会話を交わせるようになっていた。

 母は亡くなった。二年前、私があの日、訪れてから僅か一年の事だった。

 できれば母に謝罪したかった。その前に逝ってしまった。

 やはり強い罪悪感が私を襲うが、今はただ自分にできることをし、なるべく人のために貢献しようと思っている。

 村の人々から母が父の墓に雑草を添えていた事を聞いた時は、村の人にも、母にも申し訳なさを覚えたが、村の人々は優しく答えてくれた。

 村も少しずつ活気を取り戻し、元の姿へ戻っている。

 今日もまた、私の新しい人生の一ページを飾ろうとしている。

 今はただ、前を向いて進むだけだった。

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