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そこに火星人のいた頃  作者: 安里優
第五章 曙光の悪夢
13/18

5-1 終わりの始まり

質問者:あなたは、人類という種が、ノーランダーという新しい種に進化すると、こう言うのですか?


イム:間違ってはいけません。宇宙に出ただけでは、進化などしませんよ。だが、その可能性はある、と言っているんです。


質問者:つまり、低重力や空間そのものなど、さまざまな環境に適応していくということが進化を促すと、そういうことですか?


イム:ええ、そのとおり。けれど、もし、人類が宇宙という場で進化をするならば、環境以上に必要なものがあります。


質問者:それはなんですか?


イム:宇宙で生きようとする意志です。


――ハルパ・イム問答集3巻より




 ロン・Kはさまざまな宇宙船を持っている。

 総評議長のためにしつらえられ、政府機構をそのまま運べるような専用艇から、戦闘指揮用の司令艦、あるいは個人所蔵のものもいくつかあった。

 しかし、いまロンが乗ったシャトルは、二人乗りの小さなおんぼろだった。


 廃棄処分になるとまではいかないものの外装はつぎはぎだらけ。

 これまでに何度もデブリにぶつかったりして、ありあわせのもので補修されてきたのが一目でわかる。

 宇宙線防護設備もかなり古い世代のもので、こんなものにずっと乗っていたら、いまどき流行らない宇宙白血病になってしまうだろう。


 だが、これは、ロンにとってはなじみ深い機体だった。

 昔、月に流れた父親とふたり、鉱山小惑星を探しに出たあの頃。そう、はるか昔に乗り込んでいたシャトルと同型なのだ。

 しかも操縦桿を握るのは、ロンその人。

 あの頃は、みな、こんなシャトルに乗り込んで、彼らの前に広がる開拓地へと、喜び勇んで飛んでいったものだった。


 いまは、そんな姿は見ることもできない。

 たくさんの装甲や機械に囲まれて、安全な場所で宇宙を眺めるのみだ。それですら、事故や不測の事態を乗り切ることはできずに、人は死んでいく。

 その屍を乗り越えて、いや、その屍で作られた橋を通って、人々は行く。

 死をもって、宇宙に生命を満たすために。自らではなく、その子孫をどこかへ送り出すために。


「さて、おれの屍はどれほどの礎となろうか……」


 ロンは、センサーが示す数値だけを便りに艦を操っていった。旧式のこの艦には、ホロディスプレイなどあるはずもないからだ。

 それらのデータが、目指す宇宙ステーションへ近づいていることを示してくれている。


 その船の中では、特殊硬質ガラスで作られた小さな窓からしか、宇宙はその姿を彼に見せてくれない。

 だが、その窓から見えるだけでも、ステーションは圧倒的な巨大さを彼に伝えてきていた。


 かつて、ミールと呼ばれる宇宙ステーションがあった。

 人類が初めて宇宙へ築き上げた恒久的宇宙ステーション。

 国際宇宙ステーション建設のために廃棄を決定され、地球へと引きずり落とされたそのステーションは、最大長33メートル、質量約140トンを誇った。

 だが、いまロンが近づく宇宙ステーション『ホーキング』は、優にその30倍を超える雄姿をゆうゆうと宇宙に浮かべていた。


 かつて、第三次非核大戦の最中、戦火にゆれる地上を冷然と見下ろし、一個の国家として独立と栄華を誇ったほどのそれ。

 いまは往時の繁栄こそ影をひそめてはいるが、月面や火星への貨物船や客船が必ず立ち寄るほどの宇宙港としての役割を果たしており、常時二千名ほどの人間がつめているはずだ。


 この中では同盟のスパイや、神月の手下たちや、連邦の大使たち、それに善良な商人――これほど矛盾した存在はありえない――や旅行客など、さまざまな人種が日々それぞれの営みに精を出している。

 まさに宇宙への(ステーション)としてにぎわう、連邦随一の宇宙ステーションであった。

 ロンの操るおんぼろシャトルがようようドッキングしたのは、朝10時、そのステーションが一番にぎわう、そんな頃だった。


          †


 ホーキングにおける時間は、グリニッジ標準時間で流れていく。

 たとえホーキング本体がどこにいようとも関係なく。

 衛星軌道上の宇宙都市のほとんどが、その方式を用いていた。

 だが、惑星上の人間はそれにあわせるわけにもいかない。地球各地からホーキングに集まった面々は、昔ながらの時差ぼけに苦しんでいた。


 だだっ広い部屋の中に集まったのは、男が八人、女が三人。

 濃い珈琲を飲んだり、紫煙をくゆらせたりと、それぞれ思うように動いている。

 遮蔽フィールドが強く何重にも張られているために、部屋には薄蒼い霧がたゆたい、水底にいるかのようにも思えた。


「同盟崩壊……か。早すぎるな」


 男のうちの一人が、そう口を開いた。四十代後半のその顔には、年齢を思わせない若々しさが満ちている。


「確かに。一時的な停戦の予定ですらあと十年は間があるはずだったがな……」


 これは連邦の軍服に身を包んだ、恰幅のいい男。


「ふむ……」


 沈黙が部屋に満ちる。

 十一の顔がめいめいの方向を見つめて、何事かを考えているようだった。

 もし、その場で彼らの姿を見る者がいたら、それほどの人々が集まっているという驚きに腰を抜かしてしまったかもしれない。


 最初に言葉を発した男は、UO(環太平洋連邦)の盟主・中華連合の首相であり、UO内務大臣でもあるグエン・ホイ。UOは神月の傀儡と称されるが、それが完全なる真実となるのを防いでいるのが彼だと言われる。

 連邦の軍服を着た男は、その階級章と青い制服を見ればわかるとおり、陸海統合軍大将にしてショルイコの反乱の英雄アラカキ。

 連邦宇宙軍中将アンジェラ・ケリーは緑の制服に身を包み、神経質な顔で皆を見回している。

 連邦空軍の漆黒の軍服を際立たせているのは、麻薬地帯を焼き払い、テロ集団を壊滅させるので有名な『正義の剣』ヨシュア・ハンター。

 彼らの隣にいるのはリーフ条約機構の評議長だ。ユーラシアの大地を駆け抜け、ついにその復権を果たした勇猛なる民族コサックの血を引くイェルマーク。

 南北アメリカ合衆国からの二人のうち一人はマイケル・ダナン。合衆国上院議長にして、南極の大農場主であり、民主党を率いる。

 もう一人は史上最高の支持率で迎えられた若き現職大統領、共和党のケビン・マーク=サウス。

 ファーティマは連邦の顧問委員会の議長を務め、実質的に連邦の政策を決定しているとされる『三人委員会』の一人だ。

 大イスラム共和国からは、預言者の生まれ変わりともされる、大実力者クブー。

 神月と対抗する大企業グループ『ホイッスラー』を率いるCEOレントは病床にあると公表されているはずなのに、いまは、スーツをりゅうと着こなし、悠然と座っている。

 そして、もちろん、世界一の大企業にして、月面の諸都市を支配する神月の代表、第32代ミツキ・コウヅキ。


 人種も民族も性別もさまざまな人々。

 けれど、彼らこそがこの世界を動かしているといっても間違いない、そんな十一人であった。

 彼らは待つ。

 凶報を持ってやってくる、火星の主を。


 けれど、まさかその男が、より禍々しい運命を運んでこようとは、誰も思ってもみなかったに違いない。

 世界をその手に握っている、そう信じるに足る彼らですら。

 いや、まさにそう信じるが故に。


          †


 ぴりぴりと張り詰める時間の中で、カンザキはディスプレイの時計をずっと見つめていた。

 ロンから指定された時間まで、あと30分。


 ここまで、何ら疑われることなく、民間船の使うコースにのって、地球の周りを回っている。

 目標となる小惑星までは、最短時間の経路をとれば10分以下でたどり着ける。

 周囲を見渡す限り、小惑星に着くまでの間に、自分たちにちょっかいを出せるような艦や衛星は見当たらない。

 もちろん、用心にこしたことはないが。


 さて、秘密会談とやらは、どこで行われているのだろうか。

 ノーランダーたるロンが地球上までのこのこ降りていくとは思えないから、衛星軌道上での会談となるだろう。

 まさか、戦闘空域にいたりはしないだろうな、と一抹の不安をカンザキは抱く。

 おそらくは地球を挟んで逆の側ででも行われているのだろうと考えはするのだが……。


「隊長!」


 『抱擁者(ハグ)』として同調・操縦をしているリャンをサポートしていたパットが、ディスプレイに流れるデータを解析し、大声をあげた。


「ん?」

「小惑星から大質量が離脱しつつあり!……おそらくは、目標と思われます」


 消えていたメインディスプレイがよみがえり、宇宙空間を映し出す。

 しかし、目標と思われる物体はぼんやりとした輪郭をその中に描いているだけで、どんなものなのかもよくわからない。

 センサー群が得られた情報から最も高い確率を予測し、めいっぱい再構成してこれなのだ。


 さすがの情報欺瞞能力といえた。

 民間船の積むようなレーダーには影も形も見せないに違いない。

 まさに、彼らはその『影』だけをとらえているのだ。


「相手に先にみつけられたか!」


 ムスタファがぐぐっと奥歯をかみしめる。

 相手と違ってこちらは民間船を装っているため、ステルス機能は働いていない。

 疑いをもって走査されれば、正体までは探れなくても、民間船にしては不審な点があることにすぐ気づくだろう。

 なにしろ、機関をはじめとした各所の熱量が違いすぎる。


「いや、まだわからん。相手の出方を見つつ、B対応に切り替え! パット、リャンといつでも代われるようにしておけ」


 カンザキはきびきびと指示を下す。

 こういう時、自分が極度の興奮につきものの冷静さと共に、しびれるような快感を覚えていると知ったら、まじめに戦っている部下たちはどう思うだろうか。

 あるいは、みな、そんなことを感じているんだろうか?

 戦いが終わったらパットにでも聞いてみようと、彼はいつも通りに考え、そして、すぐに忘れた。


 B対応は正面衝突を想定しつつ、目標に出来うる限り近づくパターンだ。ばれるぎりぎりまで、擬装は保ったままにする。

 小惑星への侵入という最も穏便な手はもはや使えないが、これでも砲撃戦を避けられる可能性はある。

 撃ち合いではこちらが不利なのだから、出来れば避けたい。


「できる限り近づいてデータを手に入れろ! 定期的に通信筒を射出!」


 通信筒は、小型の発信機だ。内蔵した小型核融合電池の電力が切れるまで、中に封じ込められたデータを圧縮通信として吐き出し続ける。

 時間設定も可能なため、カンザキたちの場合は、射出後しばらくたった後にパルス圧縮の通信を送り始める設定になっている。

 火星側が持つ秘密の通信衛星が、受けた信号を中継、月面もしくは火星にまで届けることになる。


 要は、カンザキたちが自分で情報を届けられないような事態になっても、手に入れたデータを残すための予防策だ。

 そんなものをあてにしたくはないが、生き延びられるとは限らない。


 ファウスト三世は、目標の艦と小惑星にじりじりと近づいてゆく。

 近づくことで、データの精度は上がっていくものの、それでもまだはっきりとした相手の形状をとらえられていない。

 自分たちはすでに見つかっているかもしれない。

 見つかっていないかもしれない。

 そんな疑念を誰もが持ちつつ、じれったい時間だけが続いていく。


 操縦をつかさどっているリャンは、さぞ最大加速をかけたいところだろう。

 しかし、そんな事をするわけにはいかない。

 ここが我慢のしどころだった。

 そんなとき、パットが再び叫んだ。


「見てください。全周波数に割り込みがかかっています!」


 言うと同時にメインスクリーンの映像が、目標の艦から切り替わった。そこに、緑の軍服に身を包んだ、一人の女性の姿が現れる。


「なにを言っている?」


 カンザキはその姿を見つめ、その発する言葉に衝撃をうけて、つい言葉をもらす。

 それはブリッジに集う全員の心を代表するものであった。

 ファウスト三世のクルーたちは、その映像と、それが意味するものを理解しようと、むさぼるように見つめつづけた。


          †


 ――カンザキたちがあっけにとられつつディスプレイを見つめるしばらく前。


 コトリ・オオサキ大佐をはじめとするプレリュードのクルーたちは、プレリュード号の進宙に向けて、おおわらわだった。

 正式な進宙式は、プレリュードの公表もかねて後に行われることになっている。

 だが、なにしろ宇宙軍初の戦闘艦だ。進宙式前に試験運用と慣熟訓練のための試験航海を繰り返すことになっていた。

 今回はそれもはじめてとあって、クルーたちもまだ慣れていないのが一目瞭然。


「こんなので大丈夫なのか?」


 司令席に座って、ブリッジのあわただしさを眺めながら、オオサキ大佐は副官にたずねた。

 叱責する調子は少しもなく、面白がっているような感じだ。


「まあ……もともとこの艦はAIでの自律起動も可能ですから……」


 ツキモリは苦笑しながら答える。

 機密保持のため、プレリュード号は完成まで、クルーたちにも触れることができなかった。今日はじめて、実物に触れるクルーすらいるのだ。

 シミュレーション訓練は十分に繰り返したとはいえ、浮つく者が出てもしかたのないところであろう。


「そのようだな。そういえば、この艦のジャミング機能はすばらしいな。まあ、火星圏への突入が前提の機体だから当然といえば当然だが」

「はい。電磁波のかく乱だけではなく、優先割り込みも可能となるようさまざまに仕掛けがあるようです。プロパガンダ放送用だという話もありますが」


 プロパガンダねえ……。

 コトリはそれを聞いておかしくなってしまった。だが、それが彼女の役に立ってくれるのだから、世の中というのはわからないものだ。


「ふん、火星本土までいくというのにか? ばかばかしい話だ」


 ツキモリは、心ここにあらずという風で頷く。

 彼としては、各所を監督するのに忙しく、彼女と悠長に話している余裕などないのだった。

 まあ、いい、とコトリは思う。

 皆が忙しくしてくれていればいるほど、私のほうが楽になる。


「そうそう、私はこれからAIの自律起動に関しての習熟訓練をしてくる。何事かあったら報告するように」


 予定にない行動をとろうとする彼女に、ツキモリは少しびっくりしたようだった。

 だが、上官の気まぐれには慣れているのだろう。しかたないというように頷いてみせた。


「よろしい」


 そうしてコトリ・オオサキ大佐は、ひとり、プレリュードのAIに接続を開始した。

 それから30分……。


 コトリは一つ息を吸い、もう一度自分に問いかけた。

 これでいいのだろうか。

 全てが無くなる

 キャリアもなにもかも。

 自分が信じて歩いてきた、今から思えば自堕落な道も。

 いま手にかけたスイッチ一つ押せば、すべてが終わる……。


 ふと、横を見た。

 そこには、こぼれ落ちる脳漿をひろいあげてはこぼし、ひろいあげてはこぼし、と何度も繰り返す開発主任がいた。

 その行為を徒労というのだろうか。

 いくら脳みそを詰めてみても、彼の頭はぱっくりと割れ、いつまでもいつまでもぬめぬめとこぼれ落ちつづける。


 それは当たり前だ。

 彼はもう死んでいるのだから。

 コトリがその手で殺したのだから。


 彼女自身の行動も、これと同じようなものなのだろうか。

 こぼれおちていこうとするものを、なんとか押しとどめ、元に戻そうとすること。

 コースを変えようとする河の流れを、堤防を作ってなんとか押し戻そうとしているかのような。


 それが、自分の大事なものを守ることになると信じているけれど……。

 その大事なものさえ、自分で気づいたのは、これが始まってからだというのに。


 もう一度、彼女は開発主任を見上げた。

 そのよどんだ目は、コトリを見つめているようで、実は何も見つめていない。

 そこにあるのは虚無だ。コトリの存在を吸い込むほどの。

 なにもかも混沌へと突き落とす虚無。


 彼女が大事と思うものは、その虚無の暗闇にこそ浮かんでいる……。

 蒼い蒼い姿で……。


 虚無の迫力に後押しされるように、コトリはそれを押した。

 一つのスイッチを。

 途端に、わずかな振動が彼女の体を揺らす。

 プレリュードの機関が本格的に始動を始めたのだ。


 耐G機構が作動し、そこからの動きは体感できなくなる。すべるように動きだし、小惑星から発進するプレリュード。

 その姿をブリッジのメインディスプレイで目にすることが出来なかったのを残念に思いながら、彼女は自分の艦がゆっくりと基地を離れるのを待った。

 それから、おもむろにもう一つのスイッチを押し込む。


 すると、周り中のスピーカーからコトリの声があふれてきた。


『みなさん、緊急の割り込み、失礼いたします。私は連邦宇宙軍大佐、コトリ・オオサキです』

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