世界 -1st sectionー
「おーい、起きぃや!」
特徴のある口調でクロウは起こされた。
「あれ? 俺…… なんで寝てんだ?」
眼に入ってきたのは、白くて埃一つ無い天井と、そこに光る蛍光灯
の明かりだった。
「ん? どこだ此処? さっきまで、宇佐美ってやつとバール娘に
着いて歩いていたはずなんだが」
まったく覚えの無い展開にクロウは首をかしげる。
「ちょい待ち、バール娘てなんやの失礼なヤツやな。うちは雛子。
雛子=ツェペシュや。まぁツェペシュゆうんは宇佐美が勝手に付
けただけやけどな。ってことで雛子って呼んでや」
そう言ったのは、ベッドの傍にある椅子に腰掛けたバール娘だった。
…………。
「どぅわっ!! なっ、何やってんだお前!」
「なんやねんいきなり。アンタの面倒見たってたんはうちなんや
で? 世話になった相手にそんな口の利き方するんかいな」
(面倒を見てた? こいつが? 俺の? だが、たしかに見た感じ
嘘はついて無さそうだな)
「んじゃぁ雛子…… さん?俺はなんでこんな所で寝てたんです
か?」
何よりも大事なのは状況把握だと、クロウは探り探り質問をしてみ
た。
「雛子でかまへんよ。うちらと此処に向かってる途中に、アンタい
きなり倒れたねん。聞けばアンタら機獣に追われてたらしいやん
か。あいつらからアリアちゃん担いで結構な距離を逃げてきた訳
やろ? そりゃぁ相当疲れも溜まるわな」
わかるわかると目を瞑って頷く少女は、最初に抱いたイメージとは
随分違って見えた。
「うちと対峙した緊張もあったやろ。それら全部の疲れが一遍に出
たんちゃう?」
「たしかに…… 今もまだ体がダルいからな。気付かなかったが、
体力的に限界だったのかもしれないな」
「あー、ちゃうで。アンタが今ダルいんは、ただの寝過ぎ。丸一日
寝とったからなぁ」
「丸一日…… そうか、そんなに…… そうだ! アリアは?」
「クロ、起きたの?」
…………。
「どぅわっ!! 居たのかアリア!」
クロウを挟んで、雛子とは反対側にアリアがちょこんと立っていた。
「天丼かいな。まぁ、悪ないけど…… ベタやな」
「そこは別にいいだろっ!」
雛子のほんのりと馬鹿にした発言に、クロウは何故か無性に恥ずか
しさを覚えた。
「クロ、もう大丈夫?」
強引にテンションを上げられたクロウをアリアが見つめる。その顔
は無表情で判り辛いが、心配している様だ。
「お、おう。なんか心配かけちまったみたいだなアリア。もう大丈
夫だ」
「そう、なら良かった」
そういって、アリアは薄っすらと笑った。
「つーかアリア、お前なんだか雰囲気変わったな。前に比べて、か
なりハキハキと喋ってると思うんだが」
「あ。うん。それはね――」
「そらアンタと会った時は初期不良起こしとったからや」
と、雛子が割って入ってきた。
「初期不良?」
「そうや。アンタももう分かってると思うけど、
この子は機人…… 人によって造られた存在や」
「機人…… 造られた存在……」
思い出してみれば確かに。やつらから逃げている時のアリアは普通
じゃなかった。何より、彼女との出会いの時から既に異常だった。
思い出したのは無数のケーブルに繋がれていたアリアの姿───。
椅子に腰掛けてリンゴの皮を器用に剥きつつ、雛子は続けた。
「アンタに出会うまで随分と眠っとったんやろう。その間に何かし
らの不具合でも発生して、目覚めてから暫くは初期不良起こしと
った…… って宇佐美が言うてたわ。ん」
そう言って、皿に乗せたリンゴをクロウに手渡した。
アリアが普通じゃない事に感付いていたとはいえ、すんなりとは得
心がいかないクロウは、手渡されたリンゴに手をつけずに傍に立つ
アリアを黙って見つめていた。
見続けられることに我慢出来なくなったのか、アリアが口を開く。
「クロ、どうしたの? クロは私が機人って聞いて嫌になっちゃっ
た?」
何も言わずに見つめるクロウが、自分に不信感を持っていると思っ
てしまったのだろう。
「いいや、そんな事はない。変に気を使わせてしまったな、すまな
かった」
そう言ってアリアの頭を撫でてやった。
アリアは眼を細めながら、「ううん、私こそありがとう」と小さく
言った。
「なんやアンタら親子みたいやな。なんかそういうの…… ちょっ
と羨ましいわ」
雛子はそんな二人を見つめながら、誰にも聞こえないように呟いた。
「ところでアリア。どうしたんだその格好?」
実は随分前から気になっていた。
アリアは着ていた病衣から、どこにでもありそうなグレーのかな
り大きめなパーカーに着替えている。
なんというか…… 大人用なのだろう、最早そのパーカーがワン
ピースみたいだ。
「んー…… なぁアリア。だぼだぼ過ぎて動きづらくないか?」
「そんな事ないよ? これね、雛子が昔着てたんだって。似合って
る?」
アリアは見せびらかす様に、その場でくるりと回ってみせた。
「どーや? 中々似合ってるやろう。着こなしも昔のうちと同じや
ねんでっ」
ドヤ顔の割りにどこか照れくさそうな雛子が笑っている。
「まぁ実際似合ってるからなぁ。うん、そうだな、アリアが気に入
ってるならそれでいいんじゃないか。よかったな」
それを聞いてアリアは満面の笑み。
「ちょっとお父さん。娘さんを可愛くコーディネートしたうちには
何も言わへんの?」
わざとむくれて見せる雛子。
「だぁーっわかったよ! ありがとーよ!」
「にっひ! それでよろしい。っと、それじゃぁうちは宇佐美にア
ンタが起きた事知らせてくるわ。アンタはもうちょい此処で安静
にしときぃや。アリアー、よろしく頼むで」
「ああ、そうする」「わかった」
本当の親子の様に、二人は同時に返事を返す。
それを見てクスッと笑って、雛子は部屋を出て行った──。
扉が閉まるのを確認して、クロウは再び横たわり頭の後ろで手を
組み、そして眼を瞑り考え込む。
一体全体どーなってんだか。俺が知ってた世界ってのは、あん
な機械の獣が出て来たり、女の子がバール持って人を襲うなんて
事はなかったはずだぞ……
アリアはどうやら良い子だが機人だっていうし…… 宇佐美っ
てやつは色々と知っているのだろうか。
まぁ何か目的があってあの白い部屋から出てきた訳でもないし、
これからの事は宇佐美から話を聞いてから…… だな
「クロ!」
クロウがずっと一人考え込んでいたせいで、暇だったのかアリアが
声をかけてきた。
「ああ、すまんすまん。ちょっと考え事してたんだ。なぁアリア。
お前は機人なんだろ? 俺と出会う前の事とかって何か覚えて無
いのか?」
「えっと、その事なんだけど……」
言いづらそうにしている。
「ん? なんだよ?」
「さっき雛子から聞いたでしょ? 私が初期不良を起こしていたっ
て。それでね、初期不良を起こしていた部分っていうのが、私の
人工知能の中でかなり重要な部分だったの」
恥ずかしそうに目を伏せながら続ける。
「だからね、クロにね、あの部屋で起こしてもらってからの事しか
覚えてないの…… ごめんなさい」
言い終わってアリアは、申し訳なさそうに俯いた。
「なに気にしてんだよ。わかんねぇもんは仕方ないじゃないか。そ
んな事でお前を責めたりしねぇよ。だから顔あげろよな」
ポンポンとアリアの頭に手を乗せてやる。
「そういや、アリアはこれからどうすんだ? 俺と一緒に居たとこ
ろで、俺には特に目的ってのがないんだけど……」
「それでもいいよ。私はクロウと一緒が良い」
迷い無く即答するアリア。しばらく考え込んでクロウは答えた。
「そっか、じゃぁ一緒に居るか。これからもよろしくな、アリ
ア!」
「うん! よろしく、クロ!」
二人は穏やかに笑いあっていた。
二人がゆっくりとした時間を過ごしていると、
コンコン
不意にノックする音が聞こえ、同時にそちらを向いた──。